第24話

「また飲酒して現場に……いい加減にしてよ!」

 遅れてやってきた大隈さんに近付く源さん。

 この仕事に懸ける想いが強いからこそ、遅刻に飲酒などという怠慢が許せないんだろう。当然だ。


 全員が真剣な状況で不協和音を奏でる人間は率直に言って邪魔なだけだ。

 不穏な空気を感じ取った僕は護衛のために源さんの後ろに着いていく。

 すると《未来視の魔眼》が彼女の危険を伝えてくる。


 源さんを追い払おうとした手が頬に触れて出血する光景。

 僕は考えるより早く彼女の前に立ち、振り払うはずだった手を押さえにかかる。女性の顔に傷をつけるような男は死んだ方がいい。


「なにすんだこのクソガキ!」

「それはこちらの台詞ですよ。いま源さんに手を出そうとしましたね?」

「あアん? たかが数年アクションをかじった女が生意気な口をきいたんだぞ? しつけだよし・つ・け!」


 強いアルコール臭と共に吐かれる暴言。とても不快だ。

 手首を握り締めるチカラが強くなる僕。

 けれど信じられないことに大隈さんは痛がる素ぶりを見せず、それどころか俊敏な動きで僕の胸ぐらを掴もうとしてきた。

 

 認めたくはないけれど、驚くほど無駄のない動き。達人の域だ。

 僕はすかさず彼の手首を離してバックする。

 って、ちょっ……!


 この際、飲酒している事実に油断していたことは歪めない。

 けれど僕の回避が甘かったのか、強烈な蹴りが顔面をめがけて

 急いで腕で顔面を庇ったものの、強烈な一撃であることを物語るように軋む音が聞こえてくる。


 このおじさん……素行に反して相当の実力者だよ。

「へえ、やるじゃねえか。今ので倒れなかったことだけは褒めてやる」

「だっ、大丈夫⁉︎」


 すぐさま心配してくれる源さん。

 僕は手を上げて問題ないことを示す。

「知らない人にまで暴力とか何考えているの!」


 源さんは刺すような視線で大隈さんを睨め付ける。

「ごめんね龍之介くん。変なことに巻き込んじゃったね」

「いえ気にしないでください。このぐらいじゃ痛くも痒くもありませんから」


「大隈さんはアクション俳優に転身する前は武道家だったの。だから龍之介はすぐに逃げて。これは私たちの問題だからさ」

 なんて言われて尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないよね。

 相手は武術を齧っていた酔っ払い。女の子を置いて逃げるようじゃ男が廃るってもんだ。


「アクション撮影なんざ適当でいいんだよ、適当で。どうせ視聴者なんて画面に映る俳優と女優しか見てねえんだから。こっちは命懸けで危険な撮影に挑んでるってのに、評価されるのはあいつらだけ。ほんっっとうにくだらねえ、割りに合わない仕事だっての」


 その言葉を耳にした瞬間、錯覚じゃなく全神経が逆立ったのが分かる。

 仮にもアクション俳優である人間が己の職業を侮辱しただけでなく、それを源さんの前で言ったことが許せなかった。

 怒りに我を忘れてしまった僕の奥底に眠る荒い人格が出て来てしまう。


「おい、お前今なんて言った?」

「さっきからなんなんだよてめえは。もしかしてこのしょんべん臭い女の男か? カッコつけたい年頃なのは分かるが……悪いことは言わねえ。部外者はさっさと消えろ。お前のために言ってやってんだぞ?」


 やろうと思えば今すぐ《破》で魂と肉体を分離させることもできるんだけど……。

 社会のルールも守れないような――まして酒癖が悪く、すぐに他人を傷付ける恐れがある人間には身体で分からせる必要がある。


「貴方が撮影するはずだったシーンはすでに撮り終えているので、そっくりそのままお返ししますね――お前が消えろ」

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