第21話

 ひったくり犯は躊躇なく拳をふるってくる。

 その軌道を見切った僕は首を捻って躱し、二発目の拳を握る。

 まずはこの体勢をひっくり返さないとね。


 握りしめたチカラを強めて手首を外側に捻る。

 それによって「うっ」と短い悲鳴をあげた男の重心が片側に寄ったところを見逃さない。


 よし! これなら――。

 頭をめがけて脚を上げる。

 完璧にこめかみに入ったと思ったんだけど、ひったくり犯は頭を下げて躱し、僕から距離を取る。


 ええっ、嘘でしょ? 自分で言うのもなんだけど、今のは入る一撃だよ?

 どうやらじゃないのかもしれない。

 身のこなしが一般人のそれじゃない。明らかに熟れている。


 僕はアクションシーンでよく目にする跳ね起きで立ち上がり、ひったくり犯と対峙する。

 なんと男は胸のポケットからナイフを取り出してきた。

 

 いやいやいや! ここ日本だよね⁉︎ 世界一治安の良い国だよね⁉︎

 何で三井くんといい、ひったくり犯といい、高確率で凶器を取り出してくるのさ⁉︎ ないわー、本当にないわー。


 さすがにげんなりする僕。

 いっそ腹いせに異空間から《聖剣》を召喚しようかな。

 そんな狂気じみた発想が浮かんだほどだ。


 もちろんごときに一振りで建物が崩れ落ちる《聖剣》を引き抜くわけにはいかず。

 僕は右手を後ろに回す。刃物で切れない頑丈な棒を魔法で造り上げる。

 

 出来上がったそれを手首で回してから、僕はナイフを奪いにかかる。

 厄介なのが走行による揺れだ。

 顔面めがけて降り下ろした棒が、ぶれてしまう。


 今度はひったくり犯のターン。

 難なく棒を躱した男はナイフで切りつけようとしてくる。

 僕は前方の車道も頭に入れながら、体を捻って避ける。

 振り下ろされた手首をめがけて、ここ一番の速度で棒を振り下ろす。


 ――今度こそ入った!

 完璧なカウンター。座布団一枚欲しいレベルだ。

 しかし、信じられないことにすぐさま手を引き下げ、あまつさえ保険として回し蹴りしていた脚さえすり抜けていくひったくり犯。


 はっ、はぁ〜ん⁉︎ 

 今の動きは手首だけじゃなくて、蹴りを入れることまで計算してないと回避できないはず。

 それを危なげなくやってのけるとか、どんな身のこなしをしてるんだよ⁉︎


 ここまで動けるんならひったくり犯なんかせずとも色々と道があっただろうに!

「どうした三下? その程度か?」

 舌を出して挑発してくるように言うひったくり犯。


 カチン。ああもう怒った。怒ったからね。

 仮にも異世界で魔王を制した僕に向かって三下とは。言ってくれるじゃないか。命知らずにも程があるよ。


 安い挑発にあえて乗る。もちろん追加で魔法は行使しない。

 それどころか両脚にかけていた《付与魔法》も解除する。

 相手はこの揺れる車体の中であれほど動いてみせたんだ。


 現実世界に帰還してから筋力が格段に向上している僕が遅れを取るというのは何というか気にくわない。


 僕は目を凝らして彼の動きを読みながらナイフをさばいていく。

 視線や車体の揺れに注意しながら、慎重に、それでいて攻めの防御に出る。

 やがて最後尾にまで追い詰めることができた僕はひったくり犯の首筋に棒を押し付ける格好。男はそれを必死にナイフで防いでいる。


 やがて決着の時は訪れた。

 突然急ブレーキがかかり、車体が大きく揺れたからだ。

 前方に全体重を乗せていた僕もその影響を受けることになり、棒に預けていたチカラが外に逃げてしまう。


 その隙にひったくり犯はナイフを突き刺して来ようとする。

 今度こそ決める――!

 強い決意と共に後方に重心を持っていく。

 繰り出すのはサマーソルトキックだ。


 それは見事に男の顎にヒットし、ドサっと倒れ込む。

 確かな手応えを感じた僕はすぐに運転手に駆け寄ろうとしたのだけれど、

「はいっ、カット!」

「えっ?」

 

 あまりに不釣り合いな掛け声に素っ頓狂な声を漏らしてしまう僕。

 周囲を見渡してみると、音響やカメラ、スタッフと思われる人たちが群がっていた。


 ……ん? んん?

 結論から言う。アクションシーンの撮影に乱入していました。

 嘘やん。

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