ミロクのダイアローグ⑨夏の日に芽映える雛たち


「あの……おふたりは少年少女にしか見えないのですが、準社員にスカウトされたことから察するに、確実にアタシより齢上としうえ。と云うことは大丈夫。ヒトの成長期、終わっているんですもの。今以上に大きく成りませんワ」


 百七十センチの大台に乗る前に、早く成長期、終わってほしいってねがう十八歳の意見です。適当に云ったのだけれど、月彦つきひこさんと日芽子ひめこちゃんの心のピースにまっちゃったみたいよ。


成程なるほど。成長期の病だったのか。たしかに、日増しに変わりゆくフォルムをうれえていたのサ。そして、二十代の今の姿は完成形ってことで、もはや憂いは皆無だ。最終完全形態だ」

「ミロクちゃん、鋭いのね。有病率が成長期に限局されて多いのが拒食症アノレキシアなの。現代ではわかい期間が長過ぎて、まれに二十代以降も発症する。う成長期は終わったの。そう云い聴かせて頑張るわね」


 おふたりとも、前向きにってくださったみたいで良かったワ。


 ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


「でも不思議。三年越しでマダム・チェルシーを追いかけていたのに、アタシたちは何故ナゼ、ワンマン・ライヴの日まで逢うことが無かったのかしら?」

「それは……」

 月彦さんはカタチの花唇くちびるに秘密の言葉をかくしている。


 このヒトは他にも色々、かくしていそうね。積極的に引き出してあげる。

「ねぇ、何故?」

「……ライヴ中、低血糖発作を起こしたんだ。最前で失神して救急車で運ばれた十九の青い夜以来、特別席から観ていたからサ」

 特別席? 何それ!?

「アリーナ席みたいな感じかしら」

 そんな席、ライヴハウスに無いけれど。大抵、オール・スタンディングなんだもの。月彦さんはオーガニック・ティーを苦そうに、お口の中で転がしている。


 しゃべってよ。アタシに特別席の意味を教えて。

「これを云うとずるいって思われるから」

「思わないから教えてよ。教えてくれなきゃねちゃう」

 ちょっと駄々だだねてみた。

 日芽子ちゃんも気になるみたいよ。

 大きい双眸ひとみを瞬きもせず、月彦さんの答えをじっと待たれているじゃないの。


「だからサ……ライヴハウスに救急車が再来したら困るだろう? 僕にはうライヴの最前で頑張れる体力が無い。そう判断したマダム・チェルシーが、舞台のそでにソファを設置してくれたんだ。照明に映える横顔ばかり観ていた。特別席だったけれど、やっぱりライヴは正面から観るのがしあわせなのサ」


 神対応。

 元気になったら、またおいでじゃなくて、マダム・チェルシーは、その当時ときの月彦さんが無理なく楽しめる空間を特別に作ったのね。ズルいなんて思わなくてよ。


 或る程度、回復した月彦さんは、真正面からマダム・チェルシーを観て、その音を聴けるようになった。

 そして、アタシたちは出逢えた。

 本統ホントに良かったですね。


 注文オーダーの品を綺麗に平らげたアタシたちは、陽光ひかりまぶしい夏と云う季節に、始まりと終わりを感じている。

「諸外国では夏が卒業シーズンなのよね。日本国の学生であるアタシには、長い長い夏休み。ワクワクしちゃう」

「僕たちには、病の日々の終わりかな。健康な日々の始まりであるとも云える」


 そうね。次の季節はう始まっているの。


「ねぇ、お店やライヴで逢うのもいけれど、また、お食事ご一緒しましょうね」

 舌足らずなアタシの誘いに、

 少年少女はうなずく。それは揺るがない首肯うなずき

 雛鳥が巣立つように、軽やかな足取りで遊び場へ。

 少年少女の遊び場。ライヴハウス。児童公園の涼やかな緑陰。

 図書館や科学館、モール散歩も楽しいですね。


 咲けよ咲けよと、遊べ遊べと、

 夏なのに、春を行く小川の言の葉が、アタシの脳内なかに流れ着く。


「ミロクちゃん、一緒にライヴハウスフィアンサーユの近くのモールに遊びに行こうよ」

axesアクシーズの新作が入荷したはず。一緒に見に行きましょう」


 嬉しくて、力強く首肯うなずいちゃう。

 そして、アタシは少年少女の仲間入りをするのね。


 月彦さん、日芽子ちゃん、

 おともだちになってくださって、ありがとう。


 ミロクはしあわせな女の子です。


                 ―終―

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