ミロクのモノローグ⑤未熟な雛の泣く夜に


 アタシは到着した。待ち合わせ場所のファミリーレストランに。

 月彦つきひこさんと日芽子ひめこちゃんの姿は見えない。


「おひとりさまでしょうか?」

「待ち合わせしています。合計三名になります」


 窓に近い席を勧める店員さん。

 アタシは勧められるままに席に着く。


 約束の時間より早く着いてしまったけれど、丁度好ちょうどいい。

 過去むかしを思い出すために、孤独ひとりの時間が必要だったのだから。


 三年前の回想が始まる。

 マダム・チェルシーがアタシに自己肯定感を与えてくれた日のこと。

 あの日の舞台もファミリーレストランだった。


 ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


 おばあちゃんとライヴをご一緒する以前まえ、アタシは孤独ソロで参戦していたの。まだグルーピーの存在を知らなかったころよ。週一ペースでライヴハウスに通って二ヶ月目ぐらい。


 夜、月あかりのもと蜿蜒えんえんと歩いて、二十四時間営業のファミレスに辿たどり着いた。

 それと云うのもアタシのせい。


 マダム・チェルシーは、御洒落おしゃれな居酒屋さんでうちあげをするつもりで暖簾のれんを潜ったのだけれど、未成年者アタシが居るからって門前払いされちゃった。


「この子は私の妹です」

 マダム・チェルシーは、そんな嘘までついた。だけど、アタシが身分を証明できるものを持っていなかったし、持っていたとしても中学生って判明ばれてしまうしで、どん詰まり。


「じゃあ、キャンセルでいいわよ」

 と、華麗にキャンセルした足で、マダム・チェルシーのファン、総勢二十名の団体サマを引き連れた月夜の大移動が始まったの。


御免ゴメンなさい。アタシのせいで」

 当時むかしのアタシは現在いまより格段に、しおらしかったのよ。


 アタシさえ居なければ美酒で乾杯だったのに。

 アタシなんて生まれなきゃ良かった。


 自己否定。

 魂が最低ラインを彷徨さまよっていることに気付かないまま、

 人生を彷徨って、飛翔の方法が分からない。

 アタシは未熟な雛だった。


「気にしなくていいのよ。月夜のお散歩なんてイキでいいじゃない」

 マダム・チェルシーは、幼いアタシの手をつないで歩いてくれる。

 あたたかい手に保護されている気分。

 にらんでくるファンのお姉サマのカゲは差していたけれど、怖くない。


 アタシは黙って、基本的にうつむいて、身長百八十センチのマダム・チェルシーを時々見上げて、ついでに夜天そらも見上げた。

 名前の分からない星座ほしきらめいているそら、星あかりが降りそそぎそうな夜天そらよ。アタシのナミダも降りそそぎそう。


 初秋、夜の風は冷たい。ちょっと以前まえまでくびまとわりつく天然の襟巻カシュネがあったのに、無くなっちゃったから本当に寒い。今更、社会の都合で不本意に仕上がったショートボブがうすら寒くて、心が凍えてしまう。

「寒い? もう少しで着くからね」


 マダム・チェルシーは、母のようで父のようで神だった。


 到着した深夜のファミレス。

 マダム・チェルシー御一行は、三組に分かれて方卓テーヴルに着いた。

 グルーピーのお姉サマたち、落ち着いた音楽有識者ミュージック・マニアの皆サマ、マダム・チェルシーとスタッフさんたちの三組よ。


 音楽有識者ミュージック・マニアの皆サマと面識が無かったころのアタシは孤独ソロ参戦。ひとりきり、何処にも属していない。マダム・チェルシーが、ごく自然にスタッフのグループに入れてくれる。

「この子、妹みたいなものだから」

 そう云って。


 マダム・チェルシーのライヴを裏で支える男性と女性。

 そして、マダム・チェルシーとアタシ。

 月あかりと星あかりが舗道を濡らすのが見える窓際に、四人ですわった。

 方卓テーヴルを挟んで向かい側に「荷物持ち」と名乗る裏方さんが二名。

 ふたりして荷物持ちなのに随分、小柄で華奢きゃしゃなんですけど。


 いいなぁ。アタシも縮みたい。

 最近、成長期とやらで、ひといきに身長が伸びてしまった。途端に少女服が似合わなくなったように感じている。


 滑稽ヘンなのよ。百六十九センチで、ひらひらのドール・ドレス紛いの洋装を着込んでいるなんて。ただでさえ似合わないのに、はてしなくドレスと不調和を醸す男子中学生寄りの髪型。窓硝子に映った自分の姿が恥ずかしくて、メニューも見ないでうつむいてしまう。


「適当に皆でシェアしましょう」

 マダム・チェルシーは、あれこれ注文していた。アタシのドリンク・バーも注文してくれたみたい。


 お向かいの荷物持ちさんたちが席を立つ。

「ミックス・ドリンクしない?」

「いいね。そうしよう」

 仲のい話し声が遠ざかる。


 マダム・チェルシーは明るいところで改めて、アタシを見て云う。

「ミロクちゃん、今夜も来てくれて、ありがとう。あら、長袖ながそで七分袖しちぶそでになっているかしら? 大きくなったのね」


 大きくなった。

 そう云われて嬉しいこどもは、はたして百人中何人、居るんだろう。


 好きで大きくなったんじゃないの。

 カラダが、そういうふうに出来ていて、変わっていくのを止められない。


 マダム・チェルシーは更に追い討ちをかける。

「どういう心境の変化かしら? ミロクちゃん、髪、何センチ切った? 暑い時季、頑張って伸ばしていたみたいなのに。短いのも似合うけれど、ちょっと勿体無もったいなかったわね」


 なみだがそそいだ。

 世間体を保つため、中学校に馴染なじむため、高校進学を見据えたため、

 く変わり果てた、アタシの姿。


 こんなことにならなければよかった。

 肩甲骨けんこうこつに届く髪がサラサラしている、小さくて可愛かわいい、アタシで居たかったの。


「あらあら、私、余計なことを云ったかしら」

 うろたえるマダム・チェルシー。


 其処そこに、ミックス・ドリンクを手にしたスタッフさんが戻ってくる。

 マダム・チェルシーは、月夜のお散歩の延長みたいにアタシをいざなう。

「私たちもドリンク・バー、行ってくる。ね、そうしましょう、ミロクちゃん」


『ミロクのモノローグ⑥アンドロギュヌスの雛』へ、つゞく

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