心の底
ヴィルヘルムと過ごす時間は、甘い心地をもたらしてくるものだった。
しかしそれは一時のもので、まやかしにすぎない。
竜人が結婚するとすれば竜人とだ。
最終的にアレクセイと結婚しない意思を示したとしても、ヴィルヘルムとそう望むことはない。
ヴィルヘルムと過ごすことができても、短い間だ。竜人の一生と比べ、人間の一生とは短いものだった。気がつくと見る顔が年老いている。そんな風に。
共に過ごし、人間であるヴィルヘルムがいなくなった後を思うと、その先は果てしないだろう。
だから時折一人、城を離れていた。ヴィルヘルムのいる城から。
城にいると、いつもいてくれるから。いつも一緒だから。それは嬉しかった。けれど駄目だと思った。
一緒にいすぎて、慣れすぎてはいけない。当たり前の日々にしてはいけない。毎日当たり前にいる存在だと認識してはいけない。
ヴィルヘルムを伴って出ても、決して一泊はしない。
二人だけで過ごしすぎない。
どこまで落ちてしまうのか、傾いてしまうのか、怖かった。心を傾けてしまって、先に迎えてしまう未来を思うと怖かった。
一時の泡沫の夢でいい。
それくらいがちょうどよくて、限度でもあった。
でも甘えすぎていたのだろうか……。
ちゃぷちゃぷと泉の中で脚を動かす。
綺麗な泉と周りを囲む森。生き物の声はせず、周りを見ても精霊くらいしかいない。
ヴィルヘルムは城だ。
リリスは一人、城を離れ、首都を離れて飛んできていた。
「……おまえと生きられたなら、どれだけいいだろうなぁ」
本音の本音、心の底の望みは、ヴィルヘルムと共に生きたくて仕方がない。愛し、愛され、そういう関係になりたい。
共に、側で生きていきたい。
そうするわけにはいかないのだ。
人間と竜人は寿命が異なる。
短い時に心を傾けたって、その後に虚しくなるだけだ。
精霊たちが、おろおろと困ったようにリリスの周りを漂う。
「わたしは、どうして竜人なんだろう……」
人間に生まれていたなら、ヴィルヘルムと同じ時を生きて死んでいけただろうか。
竜人から見て人間の一生は短いけれど、それならば短いなんて思わないだろう。
初めて出会って過ごした十日でさえ、これまで過ごしてきた時間と比べると短いはずなのに、こんなに記憶に残っているのだから。
「それに、ヴィルは、竜人であるわたしの本当のところを知らない……」
竜人でありながら、竜人を嫌悪する。
そうなった理由がある過去を知れば、ヴィルヘルムとて、他の者とてどう思う。
リリスは紫の瞳を深く翳らせる。
「……だからこそ、わたしは、共に生きたいと思っていても、自分たちが忌まわしい存在と思いながらそうするわけにはいかないんだ……」
苦しい、苦しい。この苦しさは、どれくらいここにいれば取れるだろう。
城に戻りたくない。明日からはまた会議だ。嫌だ。
唯一リリスを穏やかにする存在であったヴィルヘルムまでも避けなければならない対象になった今、リリスの腰はとてつもなく重い。
中途半端に甘えていたからこうなった。こうなってしまったなら、ヴィルヘルムを遠ざけることが正しいのだろうか。
遠ざけなければならないのか。
心は苦しくなるばかりで、リリスは顔を覆った。
叫びたい。叫びたい気持ちに駆られるが、何を思い叫べばいいのかすら分からなかった。心の具合が滅茶苦茶だからだ。
──「愛してる」
あの言葉に答えられたら、どんなにいいだろう。
「ヴィル……」
離れたくない。離れなければならない。
きっと、リリスはヴィルヘルムと再会するべきではなかったのだ。
最初に会ったときは、別れることが出来た。その場限りでの出会い、別れで、二度と会わないかもしれないと思っていた。
それなのに、浸りすぎないようにと距離を保っていたはずが、いつの間にこんなになっていたのだろう。
泣きたくなって、泉の中に沈んでしまいたくなる。
膝を抱えて、顔を埋めて。
少しでも心を落ち着け、整理しようと努める。
──大変
空気が動いた。
リリスは、周りの環境の異変に顔を上げた。そして、異変の原因を知る。
「精霊たち、どうした」
精霊が騒いでいる。
ざわざわと他の精霊と騒ぎ、一斉にリリスの元にやって来る。
「何だ」
髪を引いたり、手に触れたり。
精霊たちは口々に訴える。
立って。立って。
戻って。
お城に戻って。
竜王陛下の人間が大変。
通常にない様子でリリスを急かし、何事かの危機を訴える。
「わたしの、人間……?」
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