第30話 捜索令状3
ゆるぎない塩辛声に、私は剣呑な視線を向ける。
「は? なにゆえの理由で」
その返答を、男は笑ってはねつけた。腰ベルトに差していたらしい巻物をつかみ、私に向かって広げて見せる。
「スザンカの捜索令状だ」
「……は?」
間抜けにも同じ言葉を発して、ぽかんと口を開いてしまう。背後のサラも「え? え?」と何度も私と男が持つ巻物とを交互に見ていた。
「ハロルド殿が、不正に隣国から商品を取り寄せ、関税も払わず、王都において売りさばいているという情報を得た。その証拠を探るための捜査令状である」
「そんなわけ……」
思わず笑いだしたものの、男の手前、眉根を寄せて怖そうな顔を作って見せる。
「ハロルド殿は、このスザンカで不正を取り締まる立場にいたのですよ? つい先だっても、義兄のデービッド殿と税関を視察に行ったばかり。一体、どこのどなたが、そのようなバカげた世迷言を……」
言いながら、だんだんまた腹が立ってきた。
もし、そんな噂があったとしても、辺境伯が、ばしり、と叱ってくれたらいいのに。
「ハロルド殿が捕獲した賊が言ったのだ」
巻物をしまいながら、男があっさりとそう告げた。
「「……は?」」
今度はサラと声がかぶる。「だから」と、男は憐れむように、片方の口端だけ釣り上げた。
「ハロルド殿が捕獲した賊が言うたのだ。『品物の分配方法でもめて、怒り心頭になり、スザンカを攻めてやったのだ』と」
もう、声も漏れなかった。
「あの、賊が?」
サラが代わりに勢い込んで男に言う。男は不審そうにサラを見たが、「ああ」とぞんざいに返事をした。
「なぜ、スザンカを襲ったのか。盗みのためか、と審問官が問うたところ、『違う』と。不正品の取り扱いのことで、ハロルド殿ともめたのだ、と言うたので、われらが家宅捜索のために参った」
男は言うなり、どんぐり眼を屋敷内に向ける。
「して、ハロルド殿はいずこか。女に応対をさせ、自分は出て来ぬ気ですかな」
「「「………は?」」」
今度は、どこかで見ているらしいリーの声までかぶさる。
「いずこかって……。衛兵と一緒に、盗賊を……」
そこまで言い、私はなんだかむせた。幾度かせき込みながらも、必死に口を動かす。
「辺境伯の……。街に行ったんじゃないの!?」
「来てござらぬ」
きっぱりと、男は首を横に振った。
「衛兵たちが申すに、スザンカの屋敷を出て、森に入ったところまでは、たしかに一緒だった、と。
「その後、どうなったの……」
せき込みすぎたのか、声がかすれた。
「知らぬ」
男の声はそっけない。
「森の中頃まで来た時には、もう姿がなく、おかしいとは思ったものの、時間までに盗賊を連れて行くのが先だと判断して、辺境伯都に向かった、とのこと。その後」
ふ、と男は嘲笑する。
「盗賊たちが、ハロルド殿と仲たがいしたのだ、と白状したため……。てっきり我々は、逃亡したのか、と」
「そんなことあるはずないじゃない!」
私の怒声を、顎を上げて聞き流すと、男は背後の騎士たちに合図を送る。
騎士たちは一斉に屋敷内に入ってくるから、私はあわてた。
「ちょっと待って! 勝手なことは許さないわよっ」
思わず、年かさの男の胸倉をつかみかけたところを、サラに羽交い絞めされた。ばたばたと足を鳴らし、「やめなさいっ」と勝手にいろんな部屋に入る騎士に怒鳴った。
「落ち着いて、お嬢っ」
サラは細腕には似合わない強力で私を押しとどめ、小声で言う。
「なにもでないよ、証拠なんて。好きなようにさせたら……っ。いたっ! ぼくを蹴らないでっ」
「そんなのわかんないでしょうっ!」
私は力任せに彼の腕から逃れ出て、サラをにらみ上げる。
「捏造って場合も……っ」
私の怒声は。
「ありましたっ!」
妙に甲高い男の声に消される。
反射的に顔を超えのほうに向ける。
二階だ。
螺旋階段を上がったところ。
二階の廊下。
その男は、ハロルドの寝室から意気揚々と飛び出してきた。
「これでしょう!」
一体なんなのかわからない、証文を携えて。
「待って! なんの文書なの、それ!」
怒鳴ると同時にサラに視線を送る。
目があった瞬間サラは、一目散に駆けた。
螺旋階段に向かうサラの背後を追う私に、「こらっ。じっとしろっ」と年かさの男がしかりつけたようだが、スカート部分をたくし上げて私は階段を一段とばしに上る。
「なにをするっ」
息を切らして二階の廊下にたどり着くと、そんな鋭い声が聞こえてきた。
一足先に到着していたサラが騎士から文書を取り上げたようだ。一瞬自分の顔にぎゅっと近づけたかと思うと、私を見た。
「お嬢っ」
いうなり、文書を放るからあわてて空中で捕まえ、荒い息のまま内容に目を向ける。
「……これ、誰の文字……?」
戸惑った声が自分の口から漏れる。
ハロルドの文字を、私は知らない。
だけど、流麗で几帳面そうな。
ペン先の先端だけで綴ったようなその文字が記しているのは。
いずれも、高い関税のかかる品ばかりだ。
仕入れ先と転売先。
その下に書かれている数字は何を意味しているのか、まったくわからない。
「返さないかっ」
頭を真っ白にして文書を見つめていたら、戸惑ったような男の声が耳を打った。びくりと肩を震わせて顔を起こすと、怖い顔をした騎士が私をにらみ付け、文書をひったくる。
「証拠品だ。押収させていただく」
そう言って、高々と私の前に掲げて見せた。
「ほかにもあるかもしれん! 屋敷中を探せ!」
年かさの男の声が、階下から聞こえてきて、私はわれに返る。目の前の騎士に指を突き立て、喚いた。
「嘘よ! 捏造だわ! あなたが持ち込んだものでしょう!」
だが、私の意見を騎士は気の毒そうに眺め、それから手に持つ文書を少しだけ下げて見せる。
「ここをご覧」
言われるままに、私は騎士の指を視線でたどる。
文書の末尾だ。
紋章らしい印が押され、なにやらサインがなされている。
「ハロルド殿の印だ。こんなもの、我々は作れないよ」
私はただ、じっと紋章を眺める。
辺境伯家が代々受け継ぐべき、鷹の印がそこにはあった。
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