299話 大キャラバン隊が行く! 午前の部 -3-

 さて、その後「オレもやったんだからお前らもやれ! 怖いのか、この根性無しどもが!」と、被験者のオッサンが会場にいるオッサンたちに発破をかけて、次々に被害者を量産してくれた。

 最後の方は「オレこそ耐えてみせる!」「コレを耐えれば、オレがナンバーワンだ!」的な、変なチャレンジ系アトラクションになっていた。


 こいつら、あり得ないサイズの大食いチャレンジとかあったら意地になってハマりそうだな。


 さて。

 そんなこんなで、ある種の盛り上がりはあったのだが、このままでは『足つぼ』が罰ゲーム扱いになってしまう。

 俺としては、素敵やんアベニューに普通の足つぼマッサージも起きたいので、その店がオープンと同時に倒産してしまわないようにちゃんとしたPRもしておこうと思う。


「さ! あっちのオモシロイベントは一旦置いておいて」


 向こうで盛り上がるオッサンたちを尻目に、お肌や消化器系にお悩みを抱えるレディたちを集めて「気持ちのいい」足つぼを体験してもらう。


 とはいえ、図体のデカい大男が次々悶絶していたのを見た直後だ。

 誰もが怯んで二の足を踏んでいる。


 なので、エステラに協力してもらう。


「こちら、『なだらかな領主様』と親しまれている四十二区の領主だ」

「そんな悪口を言うのは君くらいだよ!」

「あ、『微笑みの領主様』だっけ?」

「……それも公認してないんだけどね」


 微笑みの領主が苦虫を噛み潰したような顔をさらしている。

 どうするんだよ、『苦虫の領主様』って呼ばれ始めたら?

 俺はどうやってそれを面白おかしくいじればいいのか、楽しみになって夜も眠れないじゃないか!


「ちなみに、エステラ。今どっかに問題を抱えてるとか、悩んでることはあるか?」

「ん~……特にないかな」


 その瞬間、「――えっ?」みたいな空気が辺りを包み、エステラが「そーゆー空気、結構敏感に察知するから気を付けてね!?」と、観衆に牙を剥いた。

 だって、明らかに悩むべきことがあるのに……あぁ、そうか、開き直ったのか。


「じゃあ、開き直った『発育』以外に悪いところはないんだな?」

「発育に関しても開き直ってないし、諦めてないよ! ただ、足つぼでどうにかならないよね!? だから除外したんだよ!?」

「確かに、足つぼではお前の悩みは解消できない…………不甲斐ない俺を……どうかっ、許してくれ……っ!」

「そんな仰々しく謝られることじゃないよ!?」

「それに、もし『育乳のつぼ』なんてものがあったとしても……そこ押すと、エステラは死ぬ!」

「そこまで効かないと思うけどね!? 多少は育ってますし!」

「便利な言葉だね『多少は』って!」

「うっさい!」


 と、ユニークなエステラを見て、観衆から笑いが漏れる。

 よしよし。オッサン悶絶の恐怖は薄れたか。


「それじゃあ、エステラ。足湯に浸かれ」

「……謝罪がないんだよなぁ、いつもいつも」


 ぶーたれながらブーツを脱ぐエステラ。

 エステラの小さな足があらわになると、観衆がざわついた。

 領主が生足をさらすところを直に見るってのは、一般ピーポーにとっては刺激が強いらしい。


 まぁ、おかげで「領主様もやったことだし」ってことでハードルが下がりそうだけどな。

 ほらほら、領主様の高貴な御御足もさらされたんだから、恥ずかしがってないで体験してみなよ、YOUたち。


「はぁ……いい香り。これ、なんの匂い?」

「ゼラニウムだな」

「へぇ、聞いたことない名前だな。花なの?」

「あぁ。お前の瞳みたいに赤い花を咲かせるんだ」


 ピンクとか、緑っぽいのもあるけどな、とか思ってると、エステラが静かになった。

 顔を見れば、うっすらゼラニウム色。


「……瞳の色とか、言わなくてもよくない?」


 そんなことで、照れなくてもよくない?


「下痢止めに使われる薬草でもある。だからしっかり浸かっとけ。お前、よく拾い食いするし」

「しないよ!?」


 親子丼の鶏肉拾いかけてたろうが!


 と、ふざけ倒して妙な空気を吹き飛ばしておく。

 まったくエステラは……まったく。


 エステラの足をタオルで優しく拭いてやり、折りたたみチェアに座るエステラの向かいに片膝を突く。

 立てた膝にエステラの足を乗せて、足つぼの準備を整える。

 パウダー振り振り~。


「や、ヤシロ……その…………優しく、してね?」


 一番痛いところグリッてするぞコノヤロウ?

 今回は「気持ちいい」のアピールのためだからやらないけども!

 四十二区だったら、今頃お前は悶絶してたからな!?

 まったくエステラは……まったく。


「……行くぞ」

「う、……うん、きてっ」


 まったくエステラは! まったく!

 泣かせたい感情をぐっとこらえて、「痛気持ちいい」を意識してマッサージを始める。


「んんっ! ……くっ……ぁ、そこは、気持ちいい……かも」


 ここ一番で色っぽいんだよ、お前は!?

 普段そんな色気出さないじゃん!?

 もうちょっと普通でいて!


「あ……」

「え、なに?」

「お前、酒の量増えたろ?」

「えっ!? ……な、なんで?」

「腸が弱ってる。ここがな」

「ぁぁあああっ! 痛いっ! そこは……痛い……って!」


 それでも、我慢できないほどではない痛みのはずだ。

 俺は限度を弁えている。

 このガッチガチに固まっている足裏の筋肉を、こうしてほぐしてやれば……


「どうだ? 楽になったろ?」

「うん…………ぁ、うん……気持ち……いぃ」


 だーかーらー!

 吐息混じりに言うのやめてくれます!?


 あとは、エステラが楽にしていられそうな無難なつぼを選んで押した。

 これ以上は、こっちがキツいわ。


「あぁ~……、なんだか体が軽くなった気がする」

「急に立つな。血行がよくなってるからめまい起こすぞ。そこに座って、たっぷり水分補給しろ」

「うん……あ、ハーブティーだ。いい香り~」


 今回は、マッサージ後に座れる休憩スペースを設けてある。

 ハーブティーは飲み放題だ。


「お疲れ様です」


 ハーブティーのポットを持って、ナタリアがエステラを迎える。


「あ、ナタリア。ハーブティーもらえるかな?」

「かしこまりました、チジョテラ様」

「誰が痴女だ!?」

「朝っぱらから広場で卑猥な吐息を漏らしている『卑猥の領主様』がいると聞き及びまして」

「卑猥な吐息なんか漏らしてないよ!?」


 いいや。

 さっきのは十分に卑猥だったよ。


「え~っと……あれは、極端な例だから、気軽に体験してくれ……ない、かなぁ?」


 お姉さん方が消極的だ。

 ……エステラぁ。


「それじゃあ、私がお願いしてもいいかしら?」


 そう言って、にっこにこ顔で進み出てきたのは――


「マーゥル!?」

「来ちゃった☆」


 わぁ、それ二十代前半で恋の甘い部分しかまだ知らない未熟系女子に言ってほしかったなぁ。

 お前ほど世間擦れしてるヤツに言われると、恐怖しか感じないよね。


「今回は用事があるからキャラバンには参加しないんじゃなかったのかよ?」

「えぇ。だから、お客さんで回るために断ったのよ? 関係者になると、ゆっくり見て回れないでしょ?」


 なんてヤツだ!?

 日本で一番有名なチキン系チェーン店で、クリスマスに休みを取って恋人連れで来店するバイトくらいに殺意を覚えるぞ、それ。

「お前ぇー! こっちがどんだけ忙しいと思ってんだ!?」って。


「実はね、前から興味があったのよ。お願いできる?」

「じゃあ、イヤラシイ手つきでサービスしてやるよ」

「うふふ。レディに対しては、いつも紳士でいなきゃダメよ」


 そうですね、レディに対してはね。

 ……いや、レディにこそ卑猥な感じで接したいんですが、それは……?


 で、マーゥルはナタリアに手伝われて、いそいそと足湯に浸かり、俺の前へとやって来た。

 うわぁ、貴族のお嬢様にあるまじき足の裏。

 しょっちゅう歩き回ってるのが分かる足の裏だ。


「物見遊山が過ぎるぞ」

「あら、そんなことまで分かっちゃうの? 恥ずかしいわ」


 言いながら、頬を押さえるマーゥル。

 経絡秘孔があったら間違いなく突いて「ひでぶっ!」させてやったものを。


「じゃあ、痛かったら言えよ」

「えぇ。あぁ、どきどきするわ」


 嬉しそうな顔をするマーゥルの足を押す。


「ぁっ…………あぁ~、なるほど、こんな感じなのねぇ……うん、気持ちいいわぁ。ヤシぴっぴ、お上手ね」


 俺がドニスだったら、この辺り一帯が血の海に沈んでいたところだぞ。

 もちろん、ドニスの鼻血でな。


 しばらく、足裏をまんべんなくマッサージしてやると、マーゥルの体調がなんとなく分かってくる。

 こいつ、最近眠れてないな?

 腸の位置が硬くなってるし、消化器系も弱っている。


「忙しい時ほど、睡眠は心がけるようにしないと、パフォーマンスが落ちるぞ」

「あら。それは純粋なアドバイスかしら? それとも、そんなことも分かっちゃうの?」

「体は正直で、きっと自分で思う以上に弱いものだ」


 自分ではまだまだイケると思っていても、突然電池切れを起こすのが体というものだ。


「健康と美容は正しい食事と正しい睡眠からだ。お前は、もっと自分に優しくなってもいい」

「……そうね。甘えられそうな人も、少しだけど増えたものね」


 穏やかな声がして、「うふふ」と笑い声が漏れる。


「ヤシぴっぴにそう言ってもらえるなんて、今日は来てよかったわ」


 それから、マーゥルは何も語らず存分に足つぼを堪能した。

 レディらしく、喘いだりもだえたりすることなく、マッサージされる様も美しく気品たっぷりに。

 それを見ていた女性たちが、一人二人と足つぼにチャレンジするようになり、結果多くの者たちに体験してもらうことが出来た。


 心地よい脱力感を味わい「ハマりそうだわ」なんて意見も聞かれた。

 素敵やんアベニューに店が出来れば通えばいい。



 ちなみに、ジネットの方はと言うと、知らないうちに大男の屍がうずたかく積み上げられていた。

 ……こっちは、顧客獲得には至らなかったかな?


「これから修行して……絶対に師匠の足つぼに耐えてみせるっ!」

「「「おぅ!」」」


 なんか、暑苦しそうな層が出来ていた。

 つかジネット、いつの間に師匠になったの?






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