299話 大キャラバン隊が行く! 午前の部 -2-
「さぁさぁさぁ! お急ぎじゃない人はちょっと寄っといで!」
リカルドが号泣する数分前、俺はそんな調子で集まる人々の注目を集めた。
「たっぷり寝てるのに朝スッキリと目覚められない。寝ても寝てもなんだか疲れが取れてない。最近食欲が落ちてきたかも……お肌が荒れてるわ……あらやだ、吹き出物が……そんな症状でお困りの皆様! ちょっとこっちに寄っといで! あ、ついでに、体力自慢に力自慢、鋼の肉体と鋼鉄の精神力をお持ちのメンズもちょっと寄っといで!」
足つぼは基本的に内臓系の疲労に効果を発揮する。
寝ても疲れが取れないとか肌のトラブルは消化器官に問題があることが多い。
そこら辺の不調は、足つぼの効果が期待できる範疇だ。
で、我慢強さに自信のある大男たちもついでに呼び集める。
「これは、体内のトラブルを緩和する『痛気持ちい~ぃ』マッサージだ。ちょっと体験してみてくれ」
俺の口上に興味を示した者たちがわらわらと集まってくる。
「そうなのよ、最近お肌がねぇ」なんて悩みを持つ女性たちと、「パワーなら誰にも負けねぇぜ」なんて体力自慢たちだ。
そんな連中に、足つぼとはどんなもので、どのようなことをするのかを説明して聞かせる。
もちろんというか、「足の裏を押しただけで効くの?」「いやいや、足の裏を押されたくらいで悶絶とか、あり得ないから」なんて反応が返ってくる。
「もちろん、力の調整は出来るから、そちらの麗しい女性方にはとても優しぃ~くマッサージさせてもらいますよ。まぁ、御御足に触れるのは、ちょっと照れますけれどね」
なんて爽やかイケメン風にリップサービスすれば「きゃ~やだ~も~ぅ!」なんて黄土色な声が上がる。
……いや、黄色いと言うには若干年齢層がな?
「ただし、内臓が悪いとそっちの大男でも、ここに偉そうに立っている筋肉くらいしか自慢するところがないとある四十一区の領主でも悶絶、絶叫、号泣してしまうわけだ」
「待てオオバ! 俺はこんなもんで泣かんし、俺が自慢できるところは筋肉だけじゃねぇよ!」
「そうだったな。金払いの良さも自慢だよな☆」
「やかましいわ! ことあるごとに集ろうとするな!」
いや、こんなにチョロいATMなかなかないからさぁ、
あと俺、基本的にお金払いたくないし?
「おいおい、まさか、そっちのお嬢ちゃんが足の裏を押して、それで大の男が悶絶するってのか?」
「はい。……あの、可能な限り手加減はするつもりなので、是非体験してみてください」
「がっはっはっ! 聞いたか、オイ! 手加減だとよ!」
獣特徴も見当たらないジネットは、きっと誰の目にもか弱い女の子に見えていることだろう。
そりゃそうだ。か弱い女の子なんだから。
実際、腕相撲なんかをすれば全戦全敗するのが目に見えている。
三歳児には勝てるかもしれんが四歳児では怪しく、五歳児には負けるだろう。
「ちなみに、ジネットの力がどれくらいか……そこのおっきいオッサン、ちょっと手伝ってくれるか?」
「ん? オレか?」
適当に観衆から大柄の男を選び呼び寄せる。
……デカっ!? オメロよりデカい! 3メートルはさすがにないだろうが、両腕を上げれば余裕で越えそうだ。
おまけに筋肉はガッチガチで、古タイヤを体に巻き付けているみたいだ。
「よし、じゃあジネット。このオッサンを全力で殴ってみろ」
「えぇぇえ!? で、できませんよ、そんなこと!」
両腕をぶんぶん振って拒否するジネットだが、オッサンは豪快に笑って自分の腹を「ばしーん!」と叩く。
「遠慮なんかいらねぇ! 嬢ちゃんの全力を打ち込んでみな」
「で、ですが……」
「まぁまぁ、ジネットちゃん。お祭りだから、ね?」
「エステラさんまで……うぅ、で、では……」
エステラにも言われて、ジネットが恐る恐る拳を握る。
そして、大きく振りかぶって………………ぺち。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 痛くなかったですか!?」
「か……可愛ぇぇ……っ!」
ジネット。
今のパンチだったら、俺でも痛くねぇよ、絶対。
猫パンチでももうちょっと衝撃あると思うぞ。
「よし嬢ちゃん! 連打だ! 連打で来い!」
「え? ぇえ?」
「さぁ、来い!」
「え、あの……え、えぇ~い!」
オッサンに言われて、ぽかぽかと連打でオッサンの腹を殴るジネット。
殴るというか、撫でてないか、あれ?
あ~ぁ、なんで手と足が同じタイミングで持ち上がるんだよ?
観衆にもジネットの運動音痴が露呈していく。
そして、なんとも和やかな空気が辺りを包み込む。
「お、お嬢ちゃん! 次オレ!」
「あ、オレもオレも!」
「悪いが、そーゆーサービスの店じゃないんだ。はい、ジネット、もういいぞ」
「あ、あの、もし、あざになったり痛みが出るようでしたら、陽だまり亭にお越しくださいね。お薬がありますので、もちろん無償で治療させていただきます。本当に、ごめんなさい!」
「えぇ~なにこの娘!? めっちゃいい娘!?」
「「「うん、娘にしたい!」」」
よかったな、祖父さん。
みんながあんたのポジションを羨んでるぞ。
「いやぁ、ウチの娘(九歳)より純粋だわぁ」
「ウチの娘(四歳)より力ないかも」
そんな会話がオッサンどもの中から漏れ聞こえてくる。
デレっとし過ぎだな、オッサンども。筋肉溶けてんじゃね?
「――と、このくらいの力しかないジネットでも、不健康なヤツだと足のつぼを押されると悶絶する」
「「「いやいやいや、さすがにそれはねーよ!」」」
と、いい感じで場の空気が温まったので、リカルドを椅子に座らせる。
まずは面白い方のリアクションで客の心を掴まなければな。
「おぉ。見た目に反して、なかなかの座り心地じゃねぇか。爺、この椅子を一式購入する手続きを取っておけ」
「はっ」
リカルドのそばに居たジジイ執事がリカルドの命令に従いその場を離れる。
よし、チャンス。
「じゃあ、リカルド。まずは足湯だ」
「あぁ、知ってるぞ。これも気持ちがいいんだよな?」
ルシアのところで足湯をしているという話をどこかで聞きつけて、いつかマネしたいとウーマロにねだっていたのを俺は知っている。後回しだ、そんなもん。
「あぁ~……こりゃあいいな」
足湯にレジーナ特製のアロマオイルを垂らし、少々短いがささっと足を拭く。
足湯は足つぼ前の準備に必須だ
ほら、生足を他人に触らせるとなると、いろいろ気になるだろ? 触る方も触られる方も。
なので、一回足湯で清潔にしておくのは必須だ。
「ではリカルドさん、椅子から落ちないように深く腰をかけていてくださいね」
「ふん。必要ないが、まぁいいだろう」
椅子に深く腰をかけるリカルド――と、リカルドが椅子から転げ落ちないようにしっかりとベルトで固定する俺。
ゼルマルに言って頑丈なシートベルトを取り付けてもらった。
……これで逃げられまい? くっくっくっ……
「では、行きますよ~」
そんな、にこやかなジネットの宣言の直後、リカルドが吠えた。
「あんぎゃぁぁぁあああ!」
会場が一瞬凍りつく。
だが、それを意に介さない人物が一人。
「あ、リカルドさん胃が弱ってますね。ここ、痛いですよね?」
「痛い痛い痛いっ! おまっ!? ちょ、待っ!」
「そういえば、リカルドさんはお酒も飲まれますよね? では、こちらが肝臓です」
「んんんっぬっほっへふっ!?」
「そして、こちらが大腸です」
「いたいイタイいたいイタイいたいイタイいたいイタイいたいイタイ! お前、こら、店長! めちゃくちゃやってるだろ!?」
「いえ、軽くですよ? 思いっきりやると、これくらいです」
「――――――――――――――――――っ!?」
今、リカルドの口から人間の聴覚では捉えきれない悲鳴が発せられた。
人智を超える絶叫だったようだ。
「でも、足のつぼをほぐしておくと、翌朝すっきりと目覚められて、むくみもなくなるんですよ。明日が楽しみですね」
そうだな。
そいつに明日があるならな。
リカルドのあまりの悶絶ぶりと、それをまったく意に介さないジネットの朗らかな笑顔とのギャップに、観衆は全員沈黙していた。
うんうん。怖いよな、笑顔で殺しに来る美少女。
さっきまで、この辺一帯をほんわかさせてた女の子と同一人物なんだけどな。
あ、知ってた? この娘、足つぼモードの時は二十七区への立ち入り制限されるんだぜ?
今回、一応トレーシーも誘ったんだが、足つぼコーナーがあると知るや『申し訳ございません、その日は急用が……』と参加を辞退しやがった。
いやぁ、トラウマになってるねぇ、トレーシー。
そのトラウマの張本人は、現在にこにこ笑顔でリカルドを殺しにかかっている。
「い、いや……さすがに、なぁ?」
「お……おぉ、だよな?」
「領主様、ちょっと大袈裟なんじゃないんですかい?」
両目に涙を浮かべて椅子でぐったりしているリカルドを見て、パワー自慢の男たちがそんなことを言う。
現実から目を背けるために。
自分が信じている常識を取り戻すために。
一方のリカルドは、反論する元気もないようだ。
「言っても、オレらはさ、鍛えてるからな」
「だな! やっぱ、本職と領主様とじゃあ違うって」
「あぁ、そうだそうだ」
自分たちなら大丈夫。
そう言葉にすることで、なんとか自信を取り戻す男たち。
その発言が、魔神を活性化させるとも知らずに……
「そうですね。本来はとても気持ちのいいマッサージですので、是非体験してみてください」
「「「…………」」」
誰も名乗り出ない。
「ぽかぽかぽか~!」の時はあんなに積極的だった男連中が。
「じゃあ、さっきのオッサンにもう一回協力してもらおうか」
「えっ!? お、オレ!?」
「ジネットのパワーは経験しただろ? あれがこいつの全力で、足つぼはあそこまでの全力は出さないんだぞ?」
「そうですよ。先ほど叩いてしまったのに比べると、全然……あの、本当に痛みはありませんか?」
どうにも、人を叩くということに慣れていないジネットは、まだ気にしている。
あんなもんでアザになるのは死にかけのマンボウくらいだ。
めっちゃ虚弱と言われるマンボウですら、全盛期なら跳ね返せる打撃だよ。
それより、痛みで言葉を失ったリカルドには言ってやらないんだな、「大丈夫ですか?」って。
あぁ、そうか。マッサージはご褒美だもんな。お前の中では。
俺の中では罰ゲームに分類されてるけども。
というわけで、先ほど存分にいい思いをしたオッサンに次の犠牲者……もとい、お客様になってもらう。
「それじゃ、最初は軽く行きますね」
「あ、あぁ。よろしく頼むぜ」
「えい」
「最初は軽くって言ったのにぃぃいいい!」
足つぼが終わった後、オッサンは「娘が反抗期になった時より、なんかショックだった」と語っていた。
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