299話 大キャラバン隊が行く! 午前の部 -1-

 キャラバ~ンは行くよ~、連な~って~♪

 馬車に揺られて、ゆりるらら~♪


 なんて歌いながらのんびりした道程なんて夢のまた夢。


「おい、設営急げ! 三時間しかないからな!」

「ちょっと、お料理隊! もう20メートル進んで! 美容隊が広場に入りきってないから!」

「緊急事態! 誰か木炭知りませんかぁー!?」

「ちょっと! お客さん入れるの早いって! もうちょっと待ってもらって! ほらぁ、お子様が危ないから、ちゃんと周辺整理して実行委員!」


 修羅場だ。


 人数が多いこともあり、キャラバンは一泊二日しかスケジュールが取れなかった。

 取れなかったというか、それ以上長引かせるつもりはさらさらなかったというか。……こんな大所帯の面倒なんかいつまでも見てられるか。


 とにかく時間がない。

 各区を回って三十五区へ~なんて悠長なことは言っていられない。

 四十一区は主催者側なので飛ばした。


 初日は早朝に出発し、午前は四十区と三十九区のほぼ間くらいの場所で、午後は三十八区と三十七区の境界付近で移動体験イベントを開催することになった。

 翌日は、三十五区で三十六区を招いてほぼ丸一日イベントを開催する予定だ。

 丸一日と言っても、夜には各区に帰れるように配慮しているが。

 ……夕方には帰りたいんだが、毎度毎度、帰り間際に「もうちょっともうちょっと」とずるずる延長されて、結局帰り着くのが夜遅くなるなんてのがお決まりになっているんだよなぁ。

 今回こそ、さっさと切り上げて帰るぞ!

 ほら、偉いさんも多いし、翌日の仕事に差し支えるといけないしね!


「はははは! このガチャガチャした感じ……面白くなってきたなぁ!」

「いいから、準備手伝ってこいよ、リカルド」

「手伝うって言ったら『今は大丈夫です』って言われてな」

「『邪魔だ』って言われたんだよ、それは」


 今回は主催者の一角に名を連ねているリカルド。

 想像通り、戦力外通告を受けているらしいが、それでも終始ずっと楽しそうだ。

 こいつはお祭り騒ぎが楽しいだけなんだろうけどな。

 戦力にならないなら、せめて戦力の邪魔をするなと言いたい。


「エステラ~、ちょっとこの領主の相手を――」

「ごめん、今忙しいからその辺に繋いどいて」

「りょ~か~い」

「了解してんじゃねぇよ、オオバ!? 手伝うよ! 手伝えばいいんだろ!?」

「手伝わなくていいから邪魔するなっつってんだよ!」


 理解しろよ、この戦力外!


 俺は現在、足つぼ体験コーナーの設置を行っている。

 つまり素敵やんアベニューに店を出す予定の四十一区オーナーがたくさんいる健康隊にいるわけだ。

 だから、リカルドに絡まれてるんだよなぁ。

 美容隊に行けよ。向こうも四十一区のヤツが多いだろ?

 あぁそうか、お前美容に興味ないもんな。


「ヤシロさん。足湯のお水をいただいてきました」

「おぉ、ジネット! ちょうどよかった。指慣らしでリカルドに足つぼをしてやってくれないか?」

「え? いいんですか? 他のみなさんはまだ準備に忙しそうですが……」


 こういう設営に慣れていない者がほとんどなのでかなり手間取っているようだ。

 キャラバンのクッソデカい倉庫馬車から荷物を運び出して、割り当てられた場所に机やら椅子やら鍋やら化粧品やら様々な商品やらを並べて、そして見に来た者が興味を引かれるようレイアウトにこだわる。

 簡単そうでいて、実際やってみるとこれがなかなか難しい。


 俺たちは慣れているから割と早く自分たちのブースを整えることが出来たのだが、だからといって他所を助けに行っているような時間はない。

 そんなことをすれば「ウチも見てくれ」「ウチもウチも!」となるのが目に見えてるからな。


 あらかじめ、ブースの作り方とかコツとか押さえておくべきポイントは説明してある。

 今回参加しているのは、今後素敵やんアベニューで自分の店を持つ者たちがほとんどだ。そこは自分で考え、創意工夫をしてもらいたい。

 他所のブースを見て、今後の参考にしてもらってもいい。


 発展のきっかけは後悔だったりするからな。

「もっとあぁしておけば」「あそこはこぅした方がよかった」なんてそういう後悔をいくつも重ねてどんどん改良していけばいい。


「大丈夫だ。どいつもこいつも、これからプロになろうって連中だ。信じて見守ってやるのも先達の役目だろ?」

「そうですね。では、お節介を焼かずアドバイスを求められた時に答えるに留めておきます」

「まぁ、目に余るようなら一言二言アドバイスしてやればいいけどな」

「はい」


 というわけで、リカルドに足つぼを喰らわせて黙らせようと思う。


「あ、でも……」


 ふと、ジネットが不安そうに表情を曇らせる。


「わたしがやって……お客さんが逃げないでしょうか?」

「え、そこまで全力でやるつもり?」


 リカルド、足もげ落ちるかもな。


「ねぇヤシロ」


 さっさと逃げ出したと思っていたエステラが戻ってきた。


「どうせやるなら、開場を待ってデモンストレーションにしたらどうだい?」


 確かに、「足つぼ」と言われても「なんじゃそら?」になるヤツが多いだろう。

 なら、実際に見せて「こーゆーもんですよ~」と示すのはいい手だ。

 ……だが、それだとジネットのフルパワーでリカルド避けにするわけにはいかないんだよなぁ……


 あ、そうか。

 それなら、そーゆー利用の仕方をすればいいか。


「よし、じゃあエステラも協力してくれ」

「ごめん、ボクちょっと急用を思い出して――!」

「大丈夫だ。お前の担当は俺がする」

「……本当?」

「ジネットはリカルドの担当で手が塞がっているからな」

「……手が塞がっている間に終わる?」


 お前、足つぼに関してだけは、一切ジネットのこと信用してないんだな。


「折角だから、主催区の両領主に揃ってやってもらおうと思ってな」


 と、にこやかに言って、こそっとエステラに耳打ちする。


「……気持ちのいいポジティブな役割と、オモシロリアクション部門の双方を同時に見せて集客するってのはどうだ?」

「そういう時のヤシロは、ボクいじりよりも接客業を優先するか……よし、のった!」


 悪どい顔をする領主と握手を交わす。

 ……つか、こいつは俺のことも若干信用してないようだな。


「それじゃあ、開場まで待つか」


 本当は今すぐにリカルドを遠ざけたかったんだが……


「では、わたしムムお婆さんのブースを見てきていいですか? 何かお手伝いできることがあればお手伝いをしたいですので」

「おう。まぁ、あの婆さんはきっちりしてるから大丈夫だと思うけどな」

「では、少し世間話をしてきます」


 にっこりと笑って、ジネットが「とてて~」と駆けていく。

 すごいなぁ、ジネット。

 背中からでも揺れてるのが分かるもんなぁ。


「なんだ、オオバ? 俺に何をやらせようってんだ? しょうがねぇなぁ、協力してやるから詳細を話せ」


 ……早く開場しないかなぁ。なんでか、すげぇ懐かれてるんだよなぁ、最近。

 エステラの方へ誘導してもすぐこっちに戻ってくるくらいに。

 魔除けのお守りでも作ろうかな。


 足湯用の湯を沸かし、リカルドを絶妙に無視しつつ、「設営バッチリです!」とドヤ顔で報告に来たロレッタにしっかりやるように伝え、美容隊のブースで可愛くドレスアップしてもらってきたマグダに「宇宙一可愛いよ」と激励を贈り、いよいよ体験イベント午前の部が始まる。


「さぁ、始まったぞ! ヤシロ、準備は出来てるんだろうな?」

「あ、ハビエルさん、こんにちわ。準備は万全ですから、ハビエルさんもお時間があれば足つぼ体験しにいらしてくださいね」

「うぐっ! ……ワシ、ちょっと急用が……」


 ハビエルが逃げ出した。

 おぉすげぇ。足つぼ魔神から逃げおおせるとか、さすがメドラと並び称される化け物だ。

 RPGだったら絶対回り込まれてたところだぞ。


 開場と同時にわっとなだれ込んできた二区分の客たち。

 事前告知をしたとは言え、こんなに人が来るとは思わなかった。


 まずはお料理隊に行列が出来、美容隊にもオシャレに興味がある女子たちが群がっていく。

 年配の落ち着いた老夫婦は、生活隊の展示なんかをのんびりと眺め、健康隊は地味なスタートを切った。

 まぁ、健康隊の出番はお料理隊と美容隊をあらかたの者が見終わった後、後半だと考えている。


 が、まぁ、三時間しかないし、リカルドをさっさと追い払いたいから――


「じゃあ、ジネット、やるか」

「はい」

「よろしくな、領主様方」

「足つぼか。アレだろ? デカい男が大袈裟に騒ぐんだろ?」


 ほほぅ、一丁前に情報を得ていたか。

 あれ? こいつ足つぼ見たことあったっけ?

 どーにも記憶が……いや、影は鬱陶しいくらい濃いんだけど、海馬が記憶を拒否するもんでなぁ。


「リカルドも、大騒ぎするんじゃないかな?」

「舐めるなよ、エステラ。俺はそこらの根性無しとは違う」

「じゃあ、大騒ぎしたらボクの言うことを一つ聞いてね」

「いいだろう。その代わり、俺が声一つ立てなかったらその時は覚悟しろよ?」

「うんうん。大丈夫。なんでも言うことを聞いてあげるよ」


 そんな危ういことを領主間で気軽に約束するなよな。

 お前らめっちゃ仲いいじゃん。信頼し合ってないと出来ない会話だな。


 ……まぁ、エステラは完全にリスクがないからこそ出来る発言なんだろうけど。


「それじゃ、ちょっと客寄せをしてから始めるか」

「はい」


 笑顔のジネットの前に座り、余裕綽々な雰囲気のリカルドだったが――




「あんぎゃぁぁあああ!」




 数分後には、凄まじい悲鳴が辺り一帯に響いていた。






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