第二十二話 視えない者の守り方
――そんな言葉をまずぶつけられると思っていたわたしの予想を裏切るように。
「静かに……! 彼に、見つかるでしょうが……!」
口元で人差し指を立て、耳を澄ませるお母さんに倣い、わたしも意識を集中させる。
外が騒がしい……、
都会と違って広大な敷地の真ん中にある平屋の屋敷で、周囲には人通りがなく住居もない。
屋敷は堅牢な結界によって霊を弾いているため、必然、その周囲に霊たちが集まっているため元々人が寄りついていない。
だから、屋敷の中でどれだけ悲鳴が上がっても、野次馬が集まるようなことはない。
「…………!」
悲鳴、って……?
部屋の外で……いや、屋敷の中で、一体、なにが……ッ!?
可能性があるとすれば――、
『こっちはこっちで勝手にやる』
そう言っていたのは、……………………オウガ?
お母さんの拘束を振りほどいて、部屋の外に出る。
「待ちなさい!」
と怒号が飛ぶも構わずに、左右の廊下を見比べる。
「どっちに……」
さっきまで聞こえていた使用人の甲高い悲鳴は止んだものの、爆発音のような音は未だ途切れていない。
……音がした方向には、お祖父ちゃんの部屋があったはずだ。
オウガが言う改革を始めたのだとして、目的地はきっとそこだろう――。
歩き始めた途端に、強い力で手首が握り締められ、ぐいっと後ろに引っ張られる。
振り向くと、息を切らしているお母さんが、
「……どうして、なのよ……」
わたしの行動が不可解に見えたのか、お母さんの目が、わたしを見て怯えていた。
「昔から……、どうしてあなたは自分から、危ない場所に近づいていくの……ッ」
お母さんの言う昔はわたしではなく、ひつぎのことになる。
わたしには分からない二人だけの思い出だから、なんのことだかさっぱりだけど……でも、お母さんが疑問に思っていることなら、わたしでも分かる。
ひつぎにとっては、近づいたところが、危ない場所だとは思わなかっただけだ。
人間と幽霊の区別がつかなかったひつぎは、悪意を持って近づく悪霊さえも友達になりたい近所の子供にしか見えていなかったのだから。
幽霊は、見えない人からすればポルターガイストなどの現象でしか認識できない。
わたしたちからすれば蚊帳の外ではあるのだけど、でも、だからこそ見えることもある。
幽霊が見えないということは、ひつぎのように騙されないという防衛になる。
目の前が、たとえば崖でも、ひつぎは見えているがゆえに幽霊たちが手を入れた霊界を見てしまい、まだ先に道が続いていると錯覚して、進んでしまう。
霊界が見えているだけで実際にそこへいったわけではないから、現実世界にある体は当然、崖の先を歩いたりすることはできない。
お母さんの言うひつぎの危なっかしさの原因は、それだ。
二人は、見えている世界が違う。
霊能力者と一般人の違い――珍しいケースではあるけど、それは親子でも例外でない。
「縛ってでもおかないと、あなたはすぐに遠くへいってしまう……!」
「…………縛って、でも?」
「一度外に出て、分からなかったわけじゃないでしょう? あなたは、生まれつきそういう体質だって……。屋敷の外に出たら、あなたは幽霊たちに襲われてしまう。小さい頃に何度も何度も死にかけて、どれだけ私が心配したと思っているの!?」
分かるよ。
だって、屋敷の外に出てひつぎを守っていたのは、わたしなのだから。
クロスロンドンでもそうだ、ひっきりなしに悪霊たちがひつぎをあの手この手で襲ってくる。
おかげでわたしは常に周囲を警戒していたし、熟睡することもできなかった。
ひつぎを守るために、わたしが望んでしたことだから不満があるわけではない。
……お母さんの立場になって考えてみれば、当たり前だ。
わたしみたいに力があるわけではない一般人のお母さんは、どうしたってひつぎを守ることができない。
見えている世界が違うのだから、根性や気持ちではどうにもならない、技術の世界へ助けを求めるしか進む他なかった。
そうして唯一の繋がりである墓杜家を頼ることになる。
しかし、技術の前に、お母さんには才能以前に、資格すらなかった。
こっちの世界を覗くことも、感じることさえもできない。
一般的な、幽霊のいる場所で寒気を感じる、視線を感じる……それくらいなら感じてもおかしくはないだろうけど、霊能力者の名家の一員としてはあるまじき無能力者だった。
……だから、墓杜家において、お母さんの立場が一番下なのだ。
使用人でさえ見ることはできているけど、お母さんはそれさえも……。
お母さんは全員から邪魔者扱いされ、その疎外感に不満を感じることも分かるけど……でも、だからってひつぎに強く当たる理由にはならないはずだ。
もしも、日頃の鬱憤がひつぎへ向いていると言うのなら、わたしはお母さんを絶対に許すことはない――そんなことはあり得ないと思ってはいるけど。
だって、アルバムを見てしまった。
今、わたしを引き止める強い力と共に、お母さんの気持ちが流れ込んでくるように感じられる。
わたしを大切に想って、自分のことを平気で犠牲にすることができるお母さんが、八つ当たりをするはずがないって思える。
思いたいじゃない、そう思わされるくらい、ひつぎへの愛情は、本物なんだって――。
その気持ちにおいては自信があったわたしが負けを認めるくらい、思い知らされた。
「いかないで、初。あなたはまだ、一人で立てるほど強くはない――」
もう少しだけ、とお母さんが懇願する。
「私が責任を持ってあなたを一人前にするから。もう少しだけでいいから……、勝手なことをしないで、私の言うことを聞いて……っ!」
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