瞳越しの風景 - 百合SS Advent Calendar 2017 4日目

このしの

第1話

オリンピックが終わり、日常を取り戻した東京。街では、スマートフォン、ゴーグル型のウェアラブルデバイスに続いて、コンタクトレンズ型の端末が広がり始めていた。そんなある寒い冬の昼下がり、いまだ裸眼の私は、喫茶店で友人と他愛もない会話をしていた。

「曇りのない瞳。そんな言葉が文字通りの意味になるとはね」

「もう端末越しからしか相手のことを見ることはなさそうだな」

「コンタクト越しから世界を見るなんて、まるでSFの世界みたい」

昔は友人との会話は電話で、日記は個人がノートに書くものだったらしい。今では、家に帰ってからのおしゃべりはスマホのトークアプリでしているし、写真共有サイトや単文投稿型のSNSが日記帳代わりになっている。そして今度は、会話だけでなく目に映る風景までもがデバイスに頼るようになるのだ。


「で、ヒトミはそのコンタクト型の端末が出たら使いたいと思ってんの?」

ヒトミ、それが私の名前。父が昔好きだった女優から付けられたその名は、小さい頃は少し時代遅れな感じがして嫌いだった。でも、今では自分の眼で見る大切さを知ってほしいという名前に込められた父のメッセージが分かってきた気がする。

「うーん。便利だったらいいけど、たまにはフミカの顔を直接見たいなあ」

「いつも暇さえあればスマホを見ているあんたが言っても説得力ないし」

「だよねえ。結局外すのが面倒くさくなって、寝るとき以外ずっとつけっぱなしになりそう」

フミカというのはテーブル向かいに座っている私の友人の名前。実家は茶道の名門の家らしく、「便箋で書かれた手紙のように、きちんと自分の気持ちを伝えられる娘になってほしい」という思いから名づけられたそうだ。しかし本人曰く、手紙なんて一度も書いたことがないとのこと。


「ねえ、もうちょっと近くで眼を見てみてもいい?」

「えっ?」

そういうと、フミカはテーブルから身を乗り出して顔を近づけてきた。

「うん、いつ見てもヒトミの瞳はいいな。眼のモデルにでもなったら」

「顔が近いって」

「何? 同性同士遠慮することなんてないと思うけど。もしかして、こういうの慣れていない?」

「からかわないで。それに喫茶店でこんなことするなんて」

「どうせ客は、あたしとヒトミしかいないんだし、いいじゃん」

フミカは顔を引っ込め、平然と告げた。

「そうだ! あたしばかり楽しんでいてもしょうがないし、一緒に行ってほしいところがあるんだ」

「どこ?」

「内緒。とりあえず店を出ようか」


そういって会計を済ませた私たちは、喫茶店近くの公園にある噴水広場にやってきた。

「ここがヒトミに見せたかったところ」

「特に普通の噴水にしか見えないけど」

水面すいめんをよく見てみろって。どうだ、綺麗だろう」

時間はいつの間にか夕方になっていた。夕日が輝く水面みなもに映る私たちの姿は、きらきらと輝いていた。

「うん、すごく綺麗。前に私がスマホで撮った時とは全然違う」

「こういう風景もいいだろ。ヒトミはスマホばっか見ているからな」

「そうだね、今はこんな美しい風景をもっとこの目で見てみたい。コンタクト型の端末を買うのはそれからでもいいかも」

水面みなもを見ているフミカの瞳は、まるで丁寧に磨かれたビー玉のようだった。あまりに綺麗だったので、見ているうちに眼の中へ引き込まれそうになった。

「へえ、ヒトミもあたしの顔を近くで見たいんだ」

「いや。その、フミカの瞳を見ていたら、小さいころに遊んでいたビー玉みたいだなって思っただけ」

「素直じゃないなあ。少し顔が赤くなっていない?」

「ええ?」

噴水に映る私は、確かにちょっと顔を赤らめていた。同性相手にこんな顔をするなんて恥ずかしい。

「違うよ。ほら、夕日を見ると感傷的になるって言うし」

「本当に?」

「そうだって。ねえ、暗くならないうちに早く帰ろう」

「そうだね。ところで、写真は撮らなくていいのか?」

「今日の風景は、データに残さなくてもいいかも。インターネットから閉ざされた、私たちだけの思い出」

「まるで恋人みたいだな。『私たちだけの思い出』なんて」

「もうからかわないで。ほら、周りの人も帰り始めているよ」

瞳を見つめていたのは、きっと夕焼けのせいだ。久しぶりにSNSを更新しなかったあの日のことを、私は時々思い返す。

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瞳越しの風景 - 百合SS Advent Calendar 2017 4日目 このしの @konocino

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