いざ! 初出勤!

「ひゃあ! 早く早く急いでレト!」

「もう! だから準備は昨日の夜にやっておきなさいと、あれだけ申しましたのに!」

「だってぇ、眠かったんだもぉおん」


 私はレトの手を引きながら、寮を飛び出し、目の前の道を右に折れ、大通りへ向かって走りだした。

 そう! 今日から早速、遺跡調査課に初出勤なんだ! 私とラーテルさんはいつものリュック。レトは肩掛けカバンを下げて、エルクさんとウルカスさんに手を振られ、かがやき荘を飛び出した。


 私は今日は緑のパーカーに、茶色のホットパンツ、グレーのタイツに短めのブーツ。髪は小さく二つ、三つ編みにしてきちゃった。ラーテルさんは、白いブラウスに黒のロングスカート。髪は編み込んでアップにしている。ステキ。レトはいつも通り、肩のでた白いローブという格好だ。


 ……っていうのも。もっと早くに出るつもりだったのに、レトが案の定というか、予想通りというか。寝坊しちゃったからこんなに慌ててるんだよね。はぁあ。でもまあ、私も昼寝のせいか、緊張のせいかあまり寝れなかったし。だからレトの気持ち、わからなくもないんだけどね。


 駆け足すること十分くらいかな? 馬車と大勢の人が行き交う大通りに出て、道の真ん中にある停留所へと急ぐ。エルクさんにおしえてもらった通り、大通りの真ん中の中洲のような場所。丸い「東交差点」と書かれた看板の前に立った。ほぉお。とりあえずトラム? というノリモノの到着時間に間に合ったみたいだね。


 ヘナヘナとベンチにヘタリ込むレトは置いておいて、私とラーテルさんは辺りをキョロキョロ見回した。


 ん? 道路のど真ん中を二本の溝がず〜っと向こうから、ず〜っとあっちまで続いている。これ何なのかしら?


「アーミー! 見てください! あちらから何か来ますよ!」


 ラーテルさんにグイグイ腕を引かれ、私は振り返った。わわ! 本当だ! 町の北側から横長の箱を二個つなげたような真っ赤な乗り物が、行き交う馬車の間を、溝をなぞるようにゆっくりとこちらへ走ってくるのがみえる。これ、馬が引いているわけじゃないよね? どういう仕組みになってるの!?


「あれがトラムっていうノリモノ!? 馬が引いてないけど、どうやって動いてるの!?」


「ボクもぉ、パパに聞いただけでよくわからないんだけどぉ。アマデトワールの王様はすごい魔力を持ってるんだって」


 レトが手足とふさふさの尻尾を投げ出し、だらしなーい格好で、ベンチに座りながら説明してくれる。


「ふんふん」


 うなずく、私とラーテルさん。


「でぇ〜、それを戦いの時とか以外はぁ、都民の生活のために使ってるんだってさぁあ」


「ふんふん」


 って! あれは王様が魔法で動かしてるってこと!?


「ええええ!? ってことは動力は王様の魔力!?」

「想像を絶しますわね……」


 私とラーテルさんは同時に声を上げた。魔力って火、土、水、風、の四つの効果があるのが基本でしょ? このトラムっていうのは一体どの属性の力を使って動いているのか、外見だけではわからないけど……城の塔の上から、遠隔でこんな大きな乗り物を動かせるなんて。さすが、王様! としか言いようがない。


「私の村じゃ魔法なんて、戦いごっこで使うか、仕事でちょっと薪に火を付けるとか。畑に水をやるとか。そういうこと以外の用途じゃ使わなかったからなあ」

「私もです。私の故郷でもほとんど魔法は使いません。それよりも大切なのは、馬術と武術。あと、羊の毛の刈り込みの巧みさ。とかですかね……」


 ラーテルさんの故郷かあ。あまり知らなかったけれど、戦闘民族系……なのかな? ラーテルさん自体、細くて、おしとやかで、刺繍が好きで、そんな風には全く見えないんだけどなあ。

 私は彼女のリュックのフタの部分のユリの花の刺繍を見ながら首をひねる。そんなこんなしているうちに、目の前にトラムが止まり、なんと自動的に扉がスライドして開いた。私たちはレトを引き起こし、トラムに押し込む。同時に扉が閉まり、乗り物が動き出した。開いた窓から三人並んで外を眺める。


 トラムは東から、南に向かって大通りを進んでいく。しばらく進むと。あ! 前方に大きな建物が二つ。並んで見えてくる!


「あれだぁ! 手前がぁ遺跡調査課のある庁舎だねぇ。で少し離れて隣のぉ、白い箱の形をしたシンプルな建物が騎士の詰所みたいだよぉ」


 レトがいつの間にか手にしていた観光案内パンフレットを見ながらそう、教えてくれた。

 言っている間に、大きな建物がゆっくりと近づいてくる。私は窓から身を乗り出した。


 うわわわわ〜〜! 見上げるほど大きな庁舎がどんどん近づいてくる。こ、これ、何階立てなんだろう? 一、ニ、三、……五階建てだろうか。建物の中央にはさらに、七階の高さはありそうなひときわ大きな尖塔がそびえ立っている。さすが王都の庁舎! 外壁には伝説に出てきた、魔法使い、剣士、戦士と思われる人の石像が取り付けられている。いや、柱一つとっても、繊細に様々な柄の彫刻が施されているし。この建物自体が一つの芸術品と言ってもいいかもしれない。こ、こんな装飾過多な建物、初めて見たなあ!


 えっとお、私たちが仕事をすることになっている、「遺跡調査課」っていうのは六階にあるって言ってたから、つまり、あの塔の上にある部屋ってことになるんだよね。ううぅううん!! 緊張するうぅう。


 庁舎は、円形の大きな広場の真ん中に建てられている。その広場を出て、城へ向かうメインストリートをさらに越えた先に、白いシンプルな作りの四角い二〜三階建の建物がある。あれが騎士団の詰所らしい。建物の前には塀に囲まれた訓練場もあるみたいだ。


 バルトさんは、あそこにいらっしゃるのかな……。


「良かったら、帰りに少し寄ってみましょうか?」


 突然ラーテルさんに声をかけられて、私はびっくり仰天してしまった。口を開いたまま彼女を振り返ると。ニコニコと優しい笑顔で笑っている。レトは? やだああああ! レトまでニヤニヤして尻尾を振ってるしぃいい。私は両手をほっぺに当てた。え!? これってまさか! つまり、も、もももしかして、私がバルトさんのこと、気にしてるの。二人に、バレてるってこと!? 私は耳としっぽをパタパタ振りながら、


「い、いえ、大丈夫! と、とにかく仕事慣れるまでは! そ、そんな暇ないだろうし!」


 と全身全霊をもって遠慮させてもらった。うわわわ、もおお。朝から変な汗かいちゃったよ。


 ……そういえば私、隠し事、昔から苦手なんだよね。


 庁舎前の停留所でトラムを降りる。行き交う人の波に流されないように気をつけながら、塔の真下にある大きな木造りの扉を開けて中に入った。この塔は街に住む人々が手続きなどにおとずれることはないみたい。塔以外の建物部分は人の出入りが激しかったけど、ここはとっても静かだ。


 見上げると、塔の内部は五階あたりまで吹き抜けになっていて、階段が螺旋状にぐるぐると上へ上へ伸びている。これ……登れってこと、だよね。かなりの長さの階段だけど……私たちは顔を見合わせ、小さくため息をつき、意を決して登り始めた。


「もぉお。ボク、ダメ、動けないぃ」


 半分手前くらいだろうか。予想はしていたけれど、レトがいの一番に根をあげた。朝から全速力で走ったりしたものなあ。彼の後ろにいるラーテルさんは、ほら、男嫌いなのもあって、レトの背中を押そうか、押すまいか、手のひらを見つめてうなっている。しようがない。私は後ろを振り返り、レトに手を差し出した。


「ほら、つかまって。私が手を引いてあげるから」

「アーミーぃい! ありがとううぅう」


 そんな涙ぐまなくても。レトが転ばないように足元を見ながら後ろ向きに階段を上る。っとその時だ。


 どん! 「うにゃ!」


 私は誰かにぶつかってしまった。相手の声に驚いて顔を上げる。


「す、すみま……」


 すぐさま謝ろうとしたんだけど。


「邪魔にゃ、邪魔にゃ! こんな狭い階段で、田舎くさーい小汚ーい団子どもが何をしてるのにゃ?」


 突然、甲高くて、イジワルな感じの声が吹き抜けいっぱいに響き渡り、私の声はかき消されてしまった。言葉を失って私たちはその声の主を黙って見上げる。


 そこには、うすいピンク色のふわふわのツインテールを結い、紺色のショート丈のローブ。小さいとんがり帽子をかぶった小柄な少女が、脇に白い封筒をはさみ、腕組みをして立っていた。細く長いしなやかなグレーのしっぽが、プランプランと左右に揺れている。


 うひゃああ、い、色白で、レトに劣るとも勝らない、ものすごい美少女だ。でも、き、気が強そう……。こちらの気持ちが伝わったのか、金色に光る気の強そうな彼女の猫目がギラリっと光った。そして……。

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