歓迎パーティー! ……と

 トントントン。


 個室のドアを何回かノックされて、私はガバッと目を覚ました。窓を見ると。ひえええ! 真っ白だった昼の日差しはすでに、夕方特有のオレンジ色に変わっている。

 

 トントントン。


 またノックの音。しまった! 歓迎パーティー! 寝過ごしたああぁ!?


「は、はい! す、すみません! 今すぐ行きます!」


 飛び起きてとりあえず、汚れた服を脱ぎ捨て、動きやすい緑のワンピースに着替える。髪は直さずにそのまま扉に飛びついて開けた。扉の向こう側にはそんな私に驚いたようなエルクさんが立ち尽くしている。


「いや、こちらこそ。寝ていたところを驚かしてすまん。パーティーの時間はまだなんだが、その……」


 何か言いにくそうな雰囲気。私はまっすぐにエルクさんを見上げて次の言葉を待つ。彼女は観念したように、頭を掻き、


「実は、キッシュを作ってて失敗してしまってな。できたら助けてもらいたいと思って」


 そう恥ずかしそうに切り出した。


「大丈夫です! もちろんお手伝いさせてもらいます!」


 私は部屋から飛び出す。エルクさんがうれしそうに微笑み、「ありがとう、助かるよ」とお礼を言ってくれた。おばあちゃん以外の大人に頼られるなんて初めてかもしれない。それが優しい寮母さんであることがうれしくて、私は中央棟のダイニングの裏手、キッチンへと案内してくれるエルクさんの後ろを駆け足でついて行った。


「キッシュの材料は使い果たしてしまったんだ」


 そうボヤきながら、エルクさんに案内された広めのキッチンは……多分一生懸命作ってくれていたのだろう。色々な食材が山のように置かれたままで、手の付けどころに困るような状況になっていた。片付けもお手伝いしたほうがいいかなあ。あ、でもとりあえずはキッシュ! みるとオーブンの前に黒焦げになったキッシュが放置されている。ううむ。これをどうにかするのは難しそう。最初から焼くしかなさそうだ。


「えっと、卵液は残っていますか?」

「ああ残っている」


 差し出されたボールには、よかった。まだたっぷりと卵液が残っている! シンクを見渡すとオードブル用に出されたスモークサーモンが残ってて、パイ生地もまだあるし。そうだ! 確かさっき見たお庭にネギとフェンネルもあったはず。


「もしできたら、お庭にあったネギとフェンネルをいただいてもいいですか? そうしたらネギとスモークサーモンとフェンネルのキッシュが焼けると思うんですけど」


 エルクさんがうれしそうに目を輝かせた。


「ああもちろん、使ってもらって構わない。ありがとう!」


 


 なんとかパーティーの開始時間前に、キッシュを焼き上げ、お皿に盛り、キッチン横の勝手口から裏庭に出た。


 すでにあたりは日が暮れ、薄暗く青白い空気に満たされている。でも暗いわけではない。テーブルの上、木々に紐を渡し吊るされた小さいランプがきらきら輝いているし。赤白のチェックのクロスがかけられたテーブルの上には燭台も置かれ、ゆらゆら揺れるロウソクの炎が豪華なご馳走を照らし出している。シチューや、パン、お肉料理、飲み物……いい香りのする料理がところ狭しと並び、湯気を立てているのがはっきりと見える。 


「アーミー! こちらです!」

「わああい! アーミーのキッシュ、待ってたよお! 美味しそう★」


 レトと、ラーテルさんだ。レトは今日も女の子みたいなアイボリー長めの上着にダブっとしたズボン。ラーテルさんは、白いブラウスに黒の七分丈のキュロットスカートという出で立ちだ。


 私は手を振ってくれる二人の前に、お待たせ〜! と、お皿を起きつつ。じーんと心の底からこみ上げる幸せな気持ちそかみしめていた。村の学校では一人でいることが多くて、こんなふうに誰かが待っててくれることなんて、なかったからなぁ……。


「アーミーのおかげで、美味しいキッシュが焼けたぞ、さあ座ろう。ウルカスも座れ」


 私とラーテルさん、レトの三人で並んで座り、向かい側にランプを準備してくれていたウルカスさんと、エルクさんが座った。飲み物を各自グラスに注ぎ準備して……。


「では、私達の出会いを祝して!」

「かんぱーい! いっただきまーす」


 こうして、まちに待ったパーティーが始まったんだ!



 よく考えてみれば私、ランチを食べないで眠ってしまってたんだよね。目の前の豪勢な料理の数々にお腹が、ぐうっと鳴ってしまう。と、とりあえず、オレンジジュースに口をつけ、ハーブ焼きのお肉を放り込む。う〜ん、ローズマリーの香りも効いていて美味しい!


「アーミーの料理は美味いなあ。手際もいいし。これからもキッチンも自由に使ってくて構わないからな。アーミーが、いてくれる間はしばらく美味しい料理にありつけそうだ」


 私のキッシュを早速エルクさんが口にして、そう褒めてくれた。お口にあったようでよかったあ! でも、エルクさん、料理は苦手といっていたけど、唐揚げも、ミートローフも、肉のハーブ焼きもとっても美味しい。


「もぐもぐ、お肉いっぱい、うっれしいなあ」


 と両手にフォークを持ち、かぶりつくのに忙しいのはレトだ。言われてみれば肉多めかな? というか気づいたら肉しかないような? ま、まあ、それはいいとして。私は今エルクさんが言ってた発言が気にかかり、たずねてみる。


「あのお、寮はいつまでいることができるんですか」


 エルクさんは、ステーキ肉を切り分けながら、


「一年か、二年といったところだ」


 そう教えてくれた。あれ? 村で聞いた噂話と話が違う。おかしな魔法を使える者は、ずうっと王都にいなきゃいけないんじゃないの?


「あの、寮を出ても、ずっと、王都にいることになるんですよね?」


 もしかして、一〜二年でおばあちゃんのいる家に帰れるの? そんな期待で私は身を乗り出し聞き返してしまう。


「いや、そうでもないぞ。王都や遺跡調査課の上司と話してその後の進路を決めることになる。だがこの寮から独立して、そのまま旅を続ける者がほとんどだ」


 旅を続ける??


「え? なぜ?」


「それは働いていけばわかるだろう」


 私の言葉にエルクさんは目を細め、そう静かに答えた。どういうこと? でもそれ以上はなんとなく聞ける雰囲気ではなくなり私は質問を諦めた。でも王都に軟禁される、というわけではなさそう。噂話はウソだったのかな? 少しホッとする。自分で進路を考える余地もあるみたいだし……。


 でも、おばあちゃんのところに帰りたい……というのが許されるかは、まだ、わからないなぁ。


 それに、旅を続けるって……なぜなのかしら?


「そういえばお前たち。この世界の伝記は読んだか? 実地に入る前に一読しておいたほうがいいぞ。伝記で出てくる場所に調査に行くことも多いしな」


 そんなことをぼんやり考える私を置いて、話はどんどん進められていく。進路のことは頭の隅に追いやって、とりあえず私はみんなの話に加わることにした。

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