社員寮 かがやき荘の寮母さん&庭師さん(2)

 寮は横長の平屋の建物で、中央部分だけひときわ大きく作られている。


 たぶんここが生活の拠点となる部分で、両側につながる部分は寮の個室として使われているんだろうなあ。


 私たちが玄関前に着くと、ハーブのリースが飾られた大きな扉が向こう側から開いた。


 そこから黒髪を後ろに撫で付けた、色黒で背の高いガタイのいい男性が顔を出す。腕まくりした白いシャツに黒の皮の長ズボンという出で立ち。顔立ちは彫りが深くはっきりとしている。年齢はエルクさんと同じ四十代くらいかな。黒い瞳の彼の視線もやはり、なかなか鋭い。


「ちょうどよかった。紹介しよう。彼が庭師のウルカスだ」


 三人で一緒に、「よろしくおねがいします!」と挨拶をする。ウルカスさんは口の端しで笑って、軽く頭を下げ礼をしてくれた。それ以上話さない。あれれ? 


「無口だが頼りになる男でな。庭の管理以外にも色々仕事を手伝ってもらっているのだ」


 挨拶が済むと、ウルカスさんは玄関から庭へ出て行ってしまった、お庭のお仕事かもしれない。その後ろ姿を見送りつつ。あ! 私はおかしなことに気づいた。


 ウルカスさん、しっぽとか耳とか無かったような……?


 レトとラーテルさんを見るも、そんなこと全く気にしてない様子で前に向き直っている。そ、そうだよね。ま、まさかね。私の見間違い、だよね。


 私が後を追い玄関ホールに入ると、エルクさんがスケジュールがぎっちり書かれた黒板を片手に、説明を始めた。


「簡単に寮の説明をするぞ。向かって左側の通路を行くと女子寮だ。右側は男子寮。ここは中央棟となる。食堂、キッチン、リビング、風呂、トイレなどがあり生活の拠点となっている」


 ふんふん、なるほど。


「平日の起床は朝六時。朝食は七時。その後八時に城の南にある調査課のある省庁に出勤となる。八時半始業だからな。遅れないように。帰宅は六時前後、夕食は七時だ。風呂は八時半から順に入り十時前には就寝すること。しかし休日はこれに当たらない。自由に過ごしてくれて構わない」


 彼女は黒板をおろし、なお続ける。


「健全な精神は、健全な肉体に宿る。規則正しい生活がそれを可能にする。これが守れぬ時は、体、心に問題が生じている恐れがある。その場合、速やかに寮母である私に相談すること。いいな」


 ひええ。私は内心かなり圧倒されていた。言われていることは至極もっともなんだけど、なんだか……隊の規律みたいじゃない? エルクさんて騎士団の関係者なのかな。どうやら同じことを考えているらしい寝坊助のレトが、横で小さく、うげぇと、カエルがつぶれたような声を出す。私は小さく笑ってしまった。


「それと。無いとは思うが寮内で不純異性行為は禁止だ。この中央棟のすぐ両隣にそれぞれ、私とウルカスの部屋がある。深夜その前を許可なく通ろうものなら。……覚悟はいいな」


 腰に手を当て、私たちをじぃっと無言で睨みつけるエレクさん。私はゴクリっとつばを飲んだ。でもそんな間違い二百パーセントないだろう。言い切れる。だってラーテルさんは男性恐怖症だし。私も相手が……レトじゃねぇ。いや、そんなこといったら失礼か。


「ちなみに寮の外では自由だ。そこは私の管轄ではないからな。好きにやってくれ」


 そこはいいんかい! ガクッとなる私たちを見て、エルクさんてば、また豪快に笑っている。ゆるいんだか厳しいんだか、不思議な人だ。オンとオフのメリハリをつけよ、ということなんだろうな。


「部屋に案内しよう。まず女子ニ名は私についてきてくれたまえ。レトはそこで待っていなさい」


 なんだか心細そうなレトに、後でここで落ち合おうと約束して、私とラーテルさんはエルクさんの案内で、荷物を手に左の通路を行くことになった。


「わあ。食用ハーブがいっぱい植わってる! 素敵なお庭!」

「アーミーはお花にとても詳しいんですね。確かに。自然な雰囲気で落ち着くお庭ですね」


 廊下には窓があってそこから裏庭が見渡せる。そこから外を見て声を上げてしまった。ラーテルさんもそう答えてくれる。


 正面の庭は芝生だけだったけれど、裏庭は様々な花々、ハーブが植えられ、賑やかに作られている。左端にはこの庭のシンボルツリーなのか、大きなざくろの木が植えられており、その下には小さな小川が流れている。手作りの木造のベンチやチェアー、テーブルもあって。私がいた村の自然をそのまま切り取ってきた見たい。素朴ながらもお洒落なお庭。すてき!


「そうだろう。後で行ってみるといい。そういえばアーミー」

「はい」


 私は慌てて返事をした。なんだろう。何かまた、いけないこと言っちゃったかな。


「君はおばあ様のカフェの手伝いをしていたのだろう? 実言うと私は料理が苦手でな。時々でいいので手伝ってくれるとありがたいのだが」


 王都に上る前に、様々な書類とともに履歴書も提出したのだけど、エルクさんは、どうやらそれに目を通してくれたらしい。


「はい、もちろんです! お手伝いさせてください」


 その心使いがうれしいのと、元々料理好きなのもあり、私は大きな声でそう返事した。エルクさんもうれしそうに微笑み返してくれる。


 オッケーがでたらあのハーブ使って、ぜひ料理をみんなに振る舞ってみたいなあ。


 エルクさんの部屋の隣が、私、その隣がラーテルさんの部屋と決まっているようだ。エルクさんは私の部屋の扉を開けた。


 ベッドとソファー。ライティングデスク。そして奥に出窓がついたシンプルな部屋だ。ドアのすぐ隣には衣装用のチェストもある。


「荷物は据え置きの家具に入れてくれ。ベッドの下にも収納があるからな。今晩はささやかだが裏庭で夕方から、歓迎のパーティーを開きたいと思っている。それまでは疲れているだろうから、ゆっくり身体を休めなさい。順番に風呂に入ってもいいからな」


「ありがとうございます」

「それでは、アーミー。後ほど」


 ラーテルさんと別れて、私は礼を言って扉を閉めた。途端、静寂に包まれる。私は荷物もそのままに、真っ白なシーツが引かれたベッドに、仰向けに倒れ込んでしまった。


 おばあちゃんと別れて、まだ一日経ってないはずなのに。出発、出会い、過去の悪魔に襲われて、お姫様だっこされて……色々なことがありすぎて……なんだか夢見たいな一日だった。


 バルトさん……そういえば、私なんで彼のことがすごく気になっちゃうんだろう。はあ……。


 だんだん頭がぼんやりとしてくる。あれれ? 村にいた私、今ここにいる私。どっちが夢で、どっちが現実なんだろう……。

 見上げた天井がぐるぐると回り始める。津波のように押し寄せる眠気に抵抗できるわけもなく。


 ――私はそのまま目をとじて、ぐっすりと眠ってしまったのだった。

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