第2章 王都に到着! そしていざ、初出勤

社員寮 かがやき荘の寮母さん&庭師さん(1)

 堀にかけられた長い跳ね橋を渡り、さらに見上げるほど大きな正面門をくぐり、馬車は王都の東側に向かって走っていく。


 村育ちの私は木の家しか見たことなかったんだけど、王都には木造の建物なんて一つもない。みな石造だ。馬車が通る大通りも、人々が行き交う歩道も石畳。街路樹はきちんと整備されて等間隔に植えられているし。お店はガラス張りで、商品がおしゃれに並べられている。やっぱり都会は違うなあ。


 ちらりと聞いた話だと、王立の騎士団の詰所は、正面の門をくぐってすぐのところらしい。けれど3台の馬車は止まることなく東側、私たちの寮目指して進んでいく。バルトさんはどうやら寮まで、自ら護送してくれるようだ。うれしいけれど、なんだか申し訳ないなあ。


 馬車は大通りを途中で右折し、狭い路地を抜けていく。居住地に入ったのか、庭付きの民家や、2〜3階建てのアパートが立ち並び、人通りもまばらで静かだ。馬車はその道をしばらく行き、大きな庭を持つ家の前で止まった。


「着いたみたいだねぇ」


 レトの言葉に、私たちは並んで馬車の窓にひっついて外を眺めた。丸石を積んだ石垣に、見事に咲いた白バラのアーチがかかった門。垣根の上を見上げると、平屋の建物が見える。ここが寮……なのかな?


「さっさと降りる準備をしろ」


 例のグレーの髪の騎士さんに急かされ、私たちは慌てて身支度し、トランクケースを手にする。深々と騎士さんに騒いだことについてお詫びをして。馬車のドアから降りた。


 あれほど、イヤイヤ言っていたラーテルさんだけど、よろけるレトの荷物をさりげなく持ってあげている。並んでいる割に微妙に距離間があるけど。ふう、よかった。そこまでレトは嫌われていないみたいだね。


 ズルズル荷物を引きずり、門へ急ぐと。あ! あわわわわ。


 馬車の中で鎧を脱いだのだろう。白いシャツにダークグレーのズボン、ブーツを履いたバルトさんが立っていた。短髪だと思っていたけれど、長髪だったのかあ。後ろに細く結わいたアクア色の髪が風に揺れている。その前にいるのは。うわ! 背の高いバルトさんより、さらに背のある女性が腕組みをしてたたずんでいる。


 赤と白の丈の長い上着に、茶色のレギンスを履いた女性。ボリュームのある赤茶色の髪を後ろに束ね、腕組みをしてバルトさんの話を聞いている。先は黒いけど全体的に茶色の大きい三角の形の耳は時折ピクピク、先が白くほうきのような形のしっぽはブラブラと不機嫌そうに揺れている。対してバルトさんはピンと立てて。なにやら緊張している様子だ。


「何か、大切なお話があるようですね。少しこちらで待っていましょうか」


 ラーテルさんもそれに気づいたらしい。レトは首を傾げているけど。私はうなずき歩みを止めた、んだけど。女性の方がこちらに気づき、こっちへ来いと手招きした。


 私たちは顔を見合わせる。ラーテルさんがかたい表情でうなずく。うん。呼ばれているなら行かないとだよね。私たちは一度息を吸い込み、女性の元へと走った。そして。3人で彼女の前に横並びに立つ。と、それは同時だった。


「遠路はるばるご苦労だった! ここがお前たちの生活の拠点となる寮、「かがやき荘」だ。そして私が寮母のエルキュールだ。エルクと呼んでくれ。よろしく頼む!」


 私たちはその良く通る上に、ボリュームマックスのハスキーボイスに圧倒され、耳としっぽをピンと伸ばし、目を大きく開けたまま、気を付けの姿勢で立ちすくんでしまった。


 そんな様子を見たエルクさんは、大きく口を開けて、豪快にワッハッハと笑った。そして……腰を曲げて。ドキッとするほど鋭く、でもキラキラと輝く鳶色の目で、私たちの顔をおかしそうにのぞき込み、握手を求めてきた。


 ラーテルさん、レト、そして最後に私。しばらく私はじーっと彼女に見つめられていたけれど、ニヤリっと何か見透かされたように笑われて。差し出した私の手をギュッと握ってくれた。とても大きくて、い、イタイ、けど、あたたかい手。そのまま彼女は背筋を伸ばし、バルトさんに向き直った。


「バルト、報告ご苦労だった。後はこちらに任せて、お前は持ち場に戻りなさい。腕利きの副団長殿が長期不在とならば、王も不安であろうからな」


 横目でじ〜っと、エルクさんを見上げる。というかバルトさんって相当身分高いはずだよね。なのにだいぶ上から目線で話しかけてるこの寮母さん……何者なんだろう……。っていうか、バルトさん怒らないのかなあ。


 しかし怒るどころか、バルトさんはなぜか緊張した面持ちで深く頷き、一度礼をして私たちを見下ろした。私たちも彼を見上げ、口々にお礼を述べ深くおじぎをする。バルトさんは片手を上げて、私たちに背を向けると、馬車へ向けて歩き出した。


 あ、そうだ! 私言わないといけないことが。


「あの、私、世間知らずで、あのような軽率な発言をしてしまい申し訳ありませんでした」


 バルトさんは一度歩みを止めたけれど、こちらを振り返らずそのまま団員の1人が開けた扉から立派な装飾が施された馬車に乗り、行ってしまった。


 私たちは走りゆく馬車のうしろを無言で見送った。もうきっと私のような身分じゃ、バルトさんに会うことなど一生ないだろうなあ。はぁあ。なんか最後まで嫌われちゃったままだったし。


 ……なんだろう。この胸が重くなるような、悲しい気持ち。


「アーミー」


 ラーテルさんが、何か言いたそうに声をかけてくれた。大丈夫、ごめんなさい、って言いながら振り向こうとして、前が見えないほど涙がにじんでいるのに気づいた。 

 え? なんで私泣いてるんだろう。急いで服の袖で涙を拭くと、ポンっと大きな手が肩に置かれる。エルクさんだ。


「奴は腕は確かだが、人を見る目がないところは相変わらずだな。気にすることはない。さあ、中に入ろう。庭師のウルカスも、もちろん私も、君たちが来るのを今か今かと楽しみに待っていたのだよ」

 

 そして頭を下げ、


「話は聞いた。ここに来るまで大変な目に合わせてしまった。王に変わり謝ろう。申し訳なかった。君たちが無事で本当によかった」


 そう謝罪してくれた。


 ありがとうございます、と、ラーテルさんとレトがそう答える。私もそう伝えたかったのだけれど、うまく声にならなくて。そんな私の肩を抱き、エルクさんは優しく微笑みかけながら、門の中へと案内してくれた。


 なんだろうこの感じ。ずっと忘れてた年上の女性特有の温かさ。


 ああそうだ。エルクさんって死んじゃった私のお母さんみたいな人だなあ……。


 小さな白いバラが咲き乱れたアーチをくぐり、短く刈り込まれた芝生の真ん中に一本通る赤いレンガの小道を歩く。すぐ目の前に大きな建物が現れた。これが、かがやき荘……。


 まるで私たちを、手を広げ出迎えてくれているかのように、横に長い特殊な形をした建物が、そこに静かに佇んでいた。

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