難攻不落の王都アマデトワール

 馬車を無くした私たちは、王立騎士団が乗ってきた三台ある馬車のうちの一台の隅っこの席を貸り、王都まで送ってもらうことになった。


 なんと! 私を助けてくださった方は、騎士団の副団長のバルトさんという、超腕利きの騎士さんだったらしいんだ! 王都でも超有名人で、一般人じゃ、なかなかお目にかかれないんだって。


 細くて長い短毛の白と黒の尾を振りつつ、水色の髪をなびかせ、後始末をテキパキと他の団員さんに指示したり。私たちを王都まで送ってくれることを、力強く請け負ってくれたり。もう全てが完ぺきでカッコいいんだよね! 


 はぁあ。さっき助けてもらったことを思い出し、また私の胸がキュンと痛くなる。


 え……まさか……? いや、きっと。ただの憧れって……やつ……だよね? そもそも、私、バルトさんに怒られちゃったしなあ……はぁあ。


 ま、まあそれは置いといて。


 そんな偉い人の馬車に一緒に乗れるはずは無く、団員さんたちが乗ってきた三台目の馬車の一番後ろの三人がけの席に座り、興奮冷めやらぬ私たちは、深夜にも関わらず、いろ〜んな話をした。


 レトが話してくれたのは、彼女はやっぱり、私より年下で早生まれの十五歳であること(くうう。それなのにあのボディー)。しかも大病院の大切な跡取りらしいこと。でもレトの家系では何十年かに一度、おかしな魔力を身につけて生まれてくる子がいて、それは王都も周知の事実で、彼女は十六歳を待たずに、早目に王都に出向くことになったということだった。


 逆にラーテルさんは十八歳。年上で、魔法が使えないということ(それであの勇者の伝説に憧れていたんだなあ)。でも魔力がない分、戦闘に関する能力が著しく高く、特にお父様が王都に行くことを大反対してらして、しばらく様子見で故郷に残っていたのだけれど、今回王都に出向くことが改めて決まったということを教えてくれた。


 もちろん。私のことも話した。二年前に事故で両親が他界したこと。村のこと、大好きなおばあちゃんと、カフェのこと。そして最後に渡してもらったペンダントのこと……。


 私の魔法のことも、気味悪がらずに受け入れてくれたことが、私はとってもうれしかったんだ!


 そう! それとね。レトの魔法はなんと、光の属性があり、人のケガを治すことができることを教えてもらったんだ。というか実演してもらったんだよね。


 ほら。私たちあの一件で体中、打ち身、擦り傷だらけだったでしょ? それをさすが医療関係者であるレトが、放っておくと良く無い、急いで応急処置をしないと心配してくれて。私たちに魔法をかけてくれことになったんだ。


「えぇえと。ヒーリング・ライトぉ〜」


 なんだか間延びして色々なことが心配になる呪文だったけど、彼女がそう言って手をかざすと、温かいレモン色の光があふれてきて、傷の辺りがポカポカするなあと思っていたら。切り傷が薄皮がはるところまで治っていた。


 もちろん自分にもかけられるし、アザなど打ち身、骨折にも効くけれど、病気などは治せないらしい。ヒーリング系の魔法って初めてかけてもらったけれど、なんでも治せるというわけでは無いんだね。


 それにしても。これのどこがおかしな魔法なんだろう? とっても素敵で優しい魔法だと思うんだけどなあ。


 私たちが、いつまでもキャッキャッと話しているから、途中何度も前に座っているグレーの三角の耳に、同じ色のツンツンの短髪の騎士団の男性に文句を言われ、怒られてしまった。


 でもそんな私たちも、やっぱり疲れは溜まっているわけで。だんだんまぶたが重くなり。気づいたら私を真ん中に三人で寄り添うようにして、眠ってしまって……。





 どれくらい経ったのだろうか。ガタンっと大きく一度、馬車が揺れ、あたりが急に騒々しくなって、私は目を覚ました。


 うーん。やっぱり座ったまま寝ていたからか、身体の疲れが全て取れたというわけでは無い。けれど……窓から差し込む明るい光にうながされ、なんとか瞬きして起きようと試みる。そんな私のひじを誰かが強く引いた。


「アーミー! みてください! 王都が見えてきましたよ!」


 ラーテルさん? え? 今なんて言った? 王都が見えてきた?!


「え? どこどこ?」


 私は窓を開けて、こっちへ、と促すラーテルさんに寄り添って、窓から外に広がる光景を垣間見た。そして。


「わあ〜!!」


 物語の世界のように美しい景色に、思わず大きな声を上げてしまった。


 私たちは南向きに造られた都の、南側。一番大きな石畳の馬車道を走っている。ちょうど王都を真正面にとらえる最高のロケーションなんだけど。


 とにかくすごい。王都ってすごい! 語彙力が死滅するほどヤバイ! え?! 何がそんなにすごいのかって? えっとね、ほら見て。


 お城、すごいでしょ!? 


 真正面から私達を見下ろす、王様が住まう大きなお城。


 王都の中心には、山のような高い丘があり、その上に王様の住むお城が建てられている。


 悪魔からネオテールが世界を取り戻したのが千年前。その時の戦争で解放軍を率いたリーダーが王となり、その子孫が今もずっ〜と王位を引き継ぎ、私たちネオテールの町や村を統治しているそうだ。


 丘に茂る木々に見え隠れする何層もの城壁。そこを登りきった後に控えるのは大きな城門と、見張り用の門塔。そこを行くとさらに、渡り廊下を兼ねた大きな門があり、その奥には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれた礼拝堂。そして居住用の建物とゲストハウス。イベントなどに使われる丸い屋根のホールなどが、いくつもの外壁塔に囲まれてずらりと立ち並んでいる。


 でもやっぱり一番目を引くのは城の最奥にそびえたつ、王座があるに違いないベルフリト。まるで王都全体を見渡すように建てられたその塔のてっぺんには王獣と太陽が描かれた旗が堂々と風になびいている。


 お城の外壁は全て白く塗られていて、屋根は濃い青色。まるで白い鳥が都の上に羽を広げて止まっているようにで……まさに世界を統べる王様が住むにふさわしい立派なお城だ。


 それに、それにね! すごいのはお城だけじゃないんだ。


 その丘の下、お城を囲むように環状に所狭しと建てらた家々。大きいものもあれば、小さいものもある。民家もあれば、きっと大きなお店や、ホテル。様々なギルドなどもあるに違いない。


 これらもお城と同じ、家の壁は白で、屋根は赤色で統一されている。都全体がこの青空に映えるトリコロール色に統一されて、まるでおとぎ話の中から飛び出したような美しい都の風景を作り出しているんだ。


「すごい。すごいね、アマデトワール……」


 圧倒的な美しさにノックアウトされ、呆然とぶつぶつ独り言を繰り返していた私に、突然レトが美しい金髪をなびかせながら、窓から乗り出し、城の手前あたりを指差した。


「二人ともぉ! お城もすごいけどぉ。見てよこの大きな堀! どうなってるんだろうこれぇえ!」


 私たちの馬車は王都の中心部に向けて敷かれた馬車道を走っていたのだけれど、いつの間にか石造りの大きな橋に差し掛かっていた。レトの指差す橋の下を見下ろす。って……ええええええ!! 本当だ! 何これ、一体どうなってるのぉお!? 私は思わず馬車の窓枠にしがみついた。


 城の周りが堀で囲まれているというのはセオリーだ。だから橋の下は川かお堀の水が溜まっているものとばかり思っていたんだけど。


 そこにあったのは底の見えない真っ黒な奈落だ。あたりを見渡すと同じような奈落が城と街の周りをぐるりと囲んでいるようだ。つまりこれが王都の堀なんだろう。


 城の裏側には大きな川があるらしく、底なしの堀へ流れ込んでいる。大滝となった水がごうごうと奈落へ落ちていくけど。あれだけの水が流れ込んでも、水面が上がってこないなんて、これ。どれだけ深い堀なんだろう。


 ぞーっと背筋が寒くなってきたぁ。


 ここから見えるだけでも、東西にニ本、大きな橋がかかっている。敵が攻めてきてもこの橋を落としてしまえば王都へ入ることはかなわないだろう。まさに陸の孤島。美しいだけでなく、自然の地形を活用しまくった、最強のお城となっているんだ。


 ……それにしても。


 白い鳥? 難攻不落の城? 底抜けの穴? ……うーん。なんかどこかで聞いたような。なんだろうこのデジャブ感……。


「うわ〜! すっごいねぇ! ねぼすけのボクもさっすがに、目が覚めちゃったよぉ!」


 レトの声が、何かを思い出そうとしていた私を引き戻した。私もレトを見上げながら、


「ウンウン、私も覚めたよ」


 と、そう答えて。


 あれえ!? 私は目をこすった。おっかしいなあ。まだちゃんと目が覚めてない?


 今、私は座席に立ち上がって、窓の外を見ているレトを見上げるようにして、振り返っているんだけど。レトに無いんだ……。トレードマークのようなあの胸が……無い!?


 私はもう一度目をこすった。そしてじーっとレトの胸を見上げた。手を出して。さすがに触るのはやめたけど。


 それに気づいたレトが、私を見下ろしていつもの調子でニコッと笑った。いつの間にか右の八重歯が飛び出している。その笑顔はやんちゃな少年そのもの。


「ボクね、満月の夜だけおかしな魔法で女の子になっちゃうんだけどぉ。いつもは男の子なんだぁ。でも中身は変わらないから、よろしくねぇ」


 え、えええええええ!? れ、レトが男の子!? おかしな魔法ってそういうこと!? って私が叫ぶ前に。

 

「う、嘘ですわよね!?」


 背後からラーテルさんの緊迫した声が響いた。同時に振り返る。真っ青な様子でのけぞったラーテルさんが、レトを見上げて言う。


「わ、わ、わたくし実は……だ、男性が苦手なんです。あの、男性恐怖症で……」


「ええええー!?」


 今度は私が大声を上げる番だ。


 そういえば昨夜、ほら。あんなことがあった直後だし、ラーテルさん美人だし。色々な騎士さんたちが声をかけてくれたんだけど、うつむいて、なぜか私の後ろに隠れて、生返事しかしなかったんだよね。疲れているのかなって思っていたんだけど、まさかそんな理由があったなんて。


「そ、そんなぁあ!!」


 その横で悲痛な声を上げたのはもちろんレトだ。しゅんっと尻尾もタレ耳ももっと垂れさせて全身から、がっくりしている様子が伝わってくる。何か声をかけようとした瞬間。


 あ、そうだ! と何か思いついたように自分の肩掛けカバンをゴソゴソとあさり始めた。


「んじゃあ、ボク、ずぅうっタオルを丸めてをここに詰めておくねぇ」


 がくっ。そう言う問題じゃ。


「そういう問題ではありません!」


 私より先にラーテルさんが叫ぶ。


「ラーテルさん、レトはまだ子供だし」


 といっても十五だけど……。


「もう十六ですよ!? れっきとした成人男性では無いですか!」


 やっぱりだめかぁ。でもレトはぜんぜんめげる様子は無く、


「男だろうがぁ、女だろうがぁ、そんなことでボクたちが築き上げた友情は、壊れたりしないはずだよねぇ! ずぅうっと変わらないはずだよねぇ!」


「は、離れてください!」


 と、ラーテルさんにすがりつきに行く始末。うーん。こうしてみるとぜんぜん男の子には見えないし。ラーテルさんもそうらしく、そこまで嫌がってなさそうだし。レトはコリなさそうだし。まあ、良しとするか。


 騒がしい私たちを乗せた馬車は一路、王都の寮を目指し走ってゆく……。

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