ダダヂヂ

作者 にゃんしー

7

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★★★ Excellent!!!

主人公の少年は不登校になり、同時に、言葉をうまく発することができなくなってしまいます。
多忙で放任主義の両親は不在がちで、高級マンションの一室で浪人生の姉と過ごす閉塞的な日々。
いつしかだれかに名前を呼ばれることもなく、姉はともすれば憎しみのような口調で、彼を「ドモリ」と呼びます。

"8月31日の夜"、「学校なんて行かなくてもいい」という言葉が溢れたムーブメントへの、ともすればアンチテーゼのようなかたちでこの物語は始まります。
私自身が子どものころ、学校へ行きたくなかった日のこと、それでも学校へ行った日、学校へ来なくなってしまった子のこと。そして9月1日、潮が引くように8月31日の夜は去り、学校へ行かなくなった子どもたちを置き去りにして、世界は動いていくということを思いました。

停滞する日々の中、ドモリとよばれた少年は、同じ名を自ら名乗るインターネットのチャットに居場所を見出します。
そしてある日、とある行動をとってしまったことから反射的に家を飛び出し、インターネットで知り合った唯一の友人の居る場所、街の外れにある「ゲーセン」へ向かうのです。

打ち捨てられた廃墟のような「ゲーセン」。そこに住むひとたちの姿は、ともすれば変わり者、アウトローのようでもありますが、同時に皆とても魅力的です。
陳腐な言い方をすれば「キャラが生きている」というのでしょうか、強いキャラクターをリアルに、人間らしく、まるでそこに居て対峙しているように描き出す筆者の力を感じました。

さまざまなひとたちとの出会いは、少年に驚きや、悲しみや怒り、うれしさ、そして変化をもたらします。
そして、少年がこれまで知らずに生きてきた、自分(や姉)ではない他者の、悲しみや怒りや、痛み、それぞれの人生も。
それらについて少年は、あるときはどもりながら、あるときはどもらずに、話し、そして、相手のことも知っていきます… 続きを読む

★★★ Excellent!!!

主人公は不登校の少年。
彼は学校に行かなくなってから吃音の症状が出て上手く喋れません。

彼の抱えている問題は不登校と吃音以外にもあります。
それは姉の存在です。

物語では不登校になったこと、吃音のこと、そして姉のことが克明に語られます。
彼の抱える問題は、彼の世界の見え方に直結しています。
それゆえに物語の中で出会うものや起こる出来事が彼にとってどのような意味があるのかを示す、ある種の基準となっているのです。
そうやって座標を明確にしながら進んでいくところもこの物語の大きな魅力です。

物語の途中で主人公は巨大なゲームセンターを訪れます。
まるで異世界めいた建物の中にいても、基準となる現実は離れることがありません。
非日常に身を置こうとも現実との強い結びつきは薄れないのです。
ですから読者は彼の感じている現実をとことん味わえます。
少年の心を追う、非常に読み応えのある作品です。