第7話 由貴の迷いと真一の『彼女』…札幌→帯広
翌朝、真一と由貴はそれぞれ朝風呂で温泉に浸かっていた。真一、由貴ともそれぞれ露天風呂で目の前の小樽運河を眺めながら湯殿を楽しんでいた。気温2度の小樽の朝、露天風呂に入るとき体に寒さが伝わっていた。
その後、真一と由貴は朝食会場で朝食をとった。
チェックアウトをし、小樽の街とも別れを告げた。
小樽駅から快速電車に乗って札幌に戻る。
由貴「しんちゃん、昨日はよく眠れた?」
真一「うん、寝てたなぁ。由貴ちゃんは?」
由貴「彼氏のことを考えてたら、知らない間に寝てたよ(笑)」
真一「そうか。あんまり
由貴「うん…。今日は札幌からレンタカーを借りて帯広に向かうんだったよね?」
真一「うん。道中に何か気になるところがあったら立ち寄ることにするわ」
由貴「わかった。ホントに行き当たりばったりなんだね、しんちゃんの『彼女』は(笑)」
真一「どないでもなるからね(どうにでもなるからね)」
由貴「楽しそう…(笑)」
真一「日高の方は、競走馬を育てる牧場もあるから、馬を見に行くのもいいかもしれんなぁ…」
由貴「私、競馬ってしたことがないけど、しんちゃんは競馬するの?」
真一「うん。でも毎週はやってないよ。まぁ大きいGⅠレースとか、たまに競馬場へ観戦してるで」
由貴「そうなんだ。儲かってるの?」
真一「儲けるつもりで競馬してないから。負けるのはわかっててやってる。あくまで『遊び』やから…。儲かったら儲かったやなぁ…」
由貴「そうかぁ、ちゃんと自分でセーブしてるんだね。賢い(笑)」
真一「まぁ、ギャンブルはせん方がいいで(しない方がいいよ)」
由貴「うん。お馬さんが見られるのはいいかも(笑)」
真一「そうやなぁ…。見に行けたら行ってみるか?」
由貴「うん、行きたい(笑)」
真一は札幌駅前でレンタカーを借り、一路帯広を目指す。真一は生まれてはじめて北海道の道路をレンタカーで走らせた。
由貴は移動中ずっと彼氏のことを考えていた。これから話し合いをしてどんな結果が待っているのか、不安が募っていた。
札幌から高速道路を使わず、国道や道道を利用して帯広方面に向かってレンタカーを走らせていた真一だった。
片側二車線の道路は街の景色から農場の景色に変わる。
由貴「本州と違って、北海道の景色は全然違うね。自然の景色が美しい」
真一「うん。由貴ちゃん、オレと一緒に来たらダメやったんとちゃう(違う)? 大事な人と来ないと…(笑)」
由貴「…そうかも…(笑)」
由貴は何気ない真一の一言で、少し気が紛れたと同時に、彼氏の存在が改めて大きいと思った瞬間だった。しかし、まだ由貴の中では不安だった。
札幌から途中休憩を挟みながら約3時間、
真一と由貴は襟裳岬からの景色に少し黄昏ていた。
真一は由貴のことを思って、少し思いついたことがあった。
真一「由貴ちゃん、どこか行きたいとこあるか?」
由貴「ないよ。北帰行だから…(笑)」
真一「ちょっと行きたいとこがあるんやけど、行ってもいいかなぁ?」
由貴「いいよ」
真一と由貴は襟裳岬を後にし、帯広方面へ車を走らせた。
襟裳岬から約1時間、幸福駅にやって来た。既に廃線となった駅だが、駅目が『幸福』ともあり、真一の親世代の頃は観光地として盛んだった。現在も観光で訪れる人が絶えない。真一は由貴の気持ちを察し、あえて訪問したのだった。
由貴「幸福駅?」
真一「うん。お土産物屋で
由貴「硬券?」
真一「昔の切符。硬い紙の切符で、ハサミを入れ(入挟し)てくれる。ちなみにとなりにあった駅は『愛国』駅なんや」
由貴「へぇー、そうなんだ(笑) 私のために連れてきてくれたの?」
真一「これで少しは彼氏と仲直りできたらね…」
由貴「ありがとう、しんちゃん」
真一「うん」
由貴は『幸福駅から愛国駅まで』の硬券を買って、幸福駅の写真をデジタルカメラで撮影して収めた。
幸福駅を出発し、今宵の宿へ向かう。今宵は帯広のホテルで連泊する。
帯広のホテルに到着し、真一と由貴はそれぞれチェックインを済ませる。
客室係が2人を部屋へ案内する。
客室係「当ホテルのご利用は初めてでしょうか?」
真一「ホテルどころか、北海道が初めてでして…」
客室係「そうでしたか。どちらからお越しですか?」
由貴「私は東京です」
真一「ボクは南町です」
客室係「え、南町ですか?」
真一「えぇ…」
客室係「私の叔父が南町におりまして…」
真一「えっ、そうなんですか?」
客室係「長いことご無沙汰してまして、年賀状のやりとりくらいしかしてなくて…」
真一「そうでしたか…」
由貴「北海道の方って、南町とかの事、よくご存知なんですね…」
客室係「フェリーターミナルがある関係もあるかもしれませんね…」
由貴「そうなんだ…」
客室係「お二方とも同じタイプのお部屋になります。堀川様のお部屋でご案内致します」
客室係は、真一の部屋を利用して部屋の案内を真一と由貴に説明した。その後、由貴も自分の部屋を案内された。
しばらくして、由貴が真一の部屋にやって来た。
由貴「しんちゃん、この後どうするの?」
真一「先に風呂行くか、飯食いに行くかやな。ここの大浴場は十勝岳温泉の温泉をひいてるから、温泉が楽しめるんやで」
由貴「そうなんだ(笑) しんちゃん、先にお風呂入る?」
真一「飯食いに行ったら、また夜遅くなるかもしれんから、風呂先に行くか?」
由貴「そうしよっか」
真一と由貴はそれぞれ地下の大浴場へ行き、温泉を楽しんだ。
ホテルの地下にある大浴場には露天風呂が併設されている。この露天風呂は十勝岳温泉の湯で、腐葉土から抽出された珍しい温泉で、色はコーヒーのような茶褐色である。
真一「うーん、ええ湯やなぁ…。長距離ドライブの疲れも癒されるわぁ…」
大浴場で温泉を楽しんだ後、真一と由貴は帯広の街へ繰り出した。
途中、交番を目にしたので、真一は交番で地元の情報を仕入れることにした。
真一「すいません、少しつかぬことをお尋ねしますが…」
警察官「なんでしょうか?」
真一「この辺りでお巡りさんのオススメの晩飯があったら教えて欲しいのですが…」
警察官「うーん…、ボクがいつも行ってる所でもいいですか?」
真一「いいですよ」
警察官「それじゃあ、帯広駅を越えて、商店街に入って3件目くらいに焼肉屋がありますから、そこをご紹介します。そこのジンギスカン、ボク個人的には旨いですよ」
真一「ありがとうございます。行ってきます」
警察官「お気をつけて…」
真一と由貴は警察官から教えてもらった焼肉屋へ向かう。
ビルの2階へ上がり、店に入る。2人は生ビールとジンギスカンを注文し談笑する。
真一がジンギスカンを焼き、野菜と一緒に由貴によそう。
由貴「うーん、美味しい(笑) タレとピッタリマッチして、脂もしつこくないしあっさりしてる(笑) ビールに合うね(笑)」
真一「どんどん食べてよ」
由貴「しんちゃんも食べてね」
真一「食べてるで」
由貴「服に焼肉の臭いが付いても大丈夫」
真一「ホンマ(本当)に?」
由貴「うん、許す(笑)」
2人はその後もジンギスカンや冷麺にも舌鼓を打って帯広の夜を満喫していた。
由貴が真一に話しかける。
由貴「ねぇ、しんちゃん」
真一「ん、何?」
由貴「今までは私の話を聞いてくれたけど、今度は私がしんちゃんの話を聞いてもいい?」
真一「え? まぁ、いいけど…。どうしたん?」
由貴「私だけずっと考えてても、なかなか答えが出なくて…。『そういえば、しんちゃんの話を聞いたことなかったなぁ』って…」
真一「そうか…」
由貴「うん。ねぇ、しんちゃんは『旅』以外で女性の彼女はいないの?」
真一「いないよ」
由貴「今までに付き合ったことのある女の子はいないの?」
真一「…1人だけ」
由貴「そうなんだ(笑) どんな恋だったの?」
真一「ん? まぁ、人に言う程でもないよ」
由貴「聞きたいの❗ しんちゃんの恋愛」
真一「そんな自慢するもんでもないけどなぁ…」
由貴「いいから、教えて。お酒の席だよ(笑)」
真一「まいったなぁ…」
由貴「あくまでも、私の参考までにするだけだから…。ダメかなぁ…?」
真一「しゃあないなぁ…。人に言う程でもないんやけど…」
由貴「私だけの秘密にしておくから…」
真一「実は、間違いメールなんや」
由貴「間違いメール?」
真一「うん。『寒いよ~』ってメールが来て、誰かわからんかったけど『寒いなぁ』って送り返したんや」
由貴「うん」
真一「そこからやり取りが始まって、間違いメールやったことがわかったんやけど、向こうから『これも何かのご縁やから』って、メル友になったんや」
由貴「そうだったんだ。それで会ったの?」
真一「メル友から『電話で話したい』って言われて、
由貴「うんうん」
真一「そしたら、今度は『会いたい』って言われて…。会ったこともない人間に会うのは、犯罪とかに巻き込まれるのもアカンし、さすがにそれはマズいと思って頑なに断ったんや、何度も。けど、向こうは『しんちゃんはいい人やから大丈夫や』って言うねん」
由貴「ほう」
真一「元カノが『旅が“彼女”なら観光客として来て欲しい』って言うたんや」
由貴「うんうん」
真一「そやから、仕方なく『観光客』として1回だけ行くことにしたんや」
由貴「凄いなぁ、しんちゃん。そんな女の子なかなかいないよ。それでどこの人だったの?」
真一「長野の人やった」
由貴「長野? 長野へ行ったんだ?」
真一「うん…」
由貴「凄いなぁ…。それで付き合うことになったの?」
真一「初めて会って、元カノに予約してくれたペンションに泊まることになってコテージで話してたら、今度は『付き合ってほしい』って言われたんや…」
由貴「えーっ❗ 元カノから告白されたの?」
真一「うん…」
由貴「元カノ、凄い積極的だったんだ。告白までして…。それで付き合うことになったの?」
真一「いや、最初は『観光客』として会ってるのに、『付き合ってほしい』って…。それで何度も断ったんやけど、『遠いのも“すぐに会いたい”って言ってもすぐに会えないのも、お金がかかるのもわかってる。でも私はしんちゃんの事が愛しいから…』って言われて…。それでオレが根負けして…」
由貴「いやぁ、それは貴重な経験やし、初めての彼女なんでしょ? ドラマみたいな出会いだね…」
真一「そうかなぁ…」
由貴「間違いメールから始まって、電話して、初めて会って彼女から告白されるなんてねぇ…。元カノって結構積極的だったんだね(笑)」
真一「そうやなぁ…」
由貴「何年付き合ったの?」
真一「4年かなぁ…」
由貴「長いなぁ…。年に何回会ってたの?」
真一「大体、2~3ヶ月に一度って所かな…」
由貴「そうなんだ…。でもどうして別れたの?」
真一「最後のあたりは、向こう(夏美)がオレというよりオレの体が目的みたいになってたから…。遠距離恋愛の当初の目的が変わったと思ったから」
由貴「そうだったんだ…。男の人って、体が目的でも付き合ってるんだと思ってたけど、しんちゃんは真面目なんだね…」
真一「オレは向こうの体が目的じゃない。向こう自身が目的やったから…」
由貴「で、トラウマか何かになって、今は彼女作らないの?」
真一「トラウマにはなってないけど、オレには
由貴「でも必ず次が見つかるよ、しんちゃん。旅に出てたら旅先で出会うかもね…(笑)」
真一「それやったら、映画『男はつらいよ』の主人公そのものになるやんか…(笑)」
由貴「あー、何となくそんな感じかな(笑)」
真一「映画と一緒にせんといて(しないで)(笑)」
由貴「ねぇ、しんちゃん」
真一「ん?」
由貴「恋愛はその長野の元カノとだけなの?」
真一「うん…」
由貴「長野の元カノが初恋の人なの?」
真一「なんや、どないしたん(どうしたの)?」
由貴「いや何か、しんちゃんならいろんな女の子と仲良しになってるんじゃないか…って思ったの。私の勘だけど…。しんちゃんのような男の人なら、女の子が黙ってないんじゃないか…って」
真一「こんな何の取り柄もない男に? 不器用やし、アホやし、何の取り柄もないし…三拍子揃ってるのに?」
由貴「そんなことないよ。恋愛、ホントにしてないの?」
真一「ないよ」
由貴「そう…」
真一「お腹いっぱいになったか?」
由貴「うん。ごちそうさまでした。あぁ、美味しかった。ご飯は何でも美味しいね(笑)」
真一「そうやなぁ…」
そうして、真一と由貴は焼肉屋を出てホテルに戻った。
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