第39話 情報提供者

 その日は曇り空であった。灰色の空からはいつ雨が降ってきてもおかしくはない。決して、お出かけ日和とは言えない天気であったが、エノールを訪れ、気持ちが高揚する者達がいた。


「うわぁ、小さい頃に来たことがあったけど、やっぱりエノールはすごいなぁ。とっても賑やか!」

「ふふふっ、気持ちは分かりますけど、少し落ち着きなさい。迷子になってもしりませんよ。」

「……いーや、おばさん、迷子になるのはあいつよ。」


 カナット村からこの度訪れたナタリアはある方向を指さす。その先には、村の男性二人とエノールの街並みを楽しむの姿があった。


 アイク達三人に近づく金髪の女性。扇情的な格好をしたその女性はアイクの顎を優しく触り、営業をかける。


「あら、旅の方々かしら? よければ今夜、私達のお店でいい夢を見ていきませんか? いろいろと……」


 妖艶なその美女は無垢な青年の耳元で囁く。甘い香水の香りを纏いながら。


「サービス、す、る、わ、よ。」

「さ、さ、さ、サービスって……」


 女性の色気に惑わされ、顔を赤らめるアイク。横の村人達の表情も緩んでしまっていた。


「あらー、ごめんなさい。そういうのは間に合っていますからー。」


 息子を堕落させようとする者から護る母、フレンダ。


「なに、女連れだったの。……またね、ボク。遊びたくなったらいつでも来てね♡」


 金髪の女は笑顔でアイクに手を振ると、人混みの中に消えていった。


「バ、バイバーイ……」


 アイクは無意識のうちに、手を振り返していた。


パシーンッ!


 ナタリアはアイクの後頭部を平手打ちする。


「いったぁ、何するん……」

「バーカ! あんたは昔っから……」


 腰に手を当て、娼婦の甘言に惑わされた夫を説教する、新妻ナタリア。そんな二人を見て、ため息をつくフレンダであった。


 カナット村の彼らがこの街を訪れたのには二つの目的があった。


 一つは物資の買い出し。これから気温が下がっていく季節となる為、村の共同基金で冬越えの準備をするのだ。


 そして、二つめはモンスター保険を受ける為である。モンスター保険とは、Aランク以上のモンスターの出没によって被害を被った共同体に対し、国が行なっている救済策である。窓口は各冒険者ギルドが担っており、申請が通れば経済的補償を受けることが出来る。


 SSランクモンスター、ヴァンパイアロードとAランクモンスター、ゴブリンロードの被害を受け、村を代表してこの五人が買い出しと保険の申請を行いに来たのだった。


 当初、村の代表には、病み上がりのアイクは入っていなかったのだが、本人の強い希望により、同行する事となった。


 五人は二手に分かれた。ナタリア、アイク、フレンダの三人は保険の申請を行う為、エノール冒険者ギルドへ向かった。


 一方、その冒険者ギルドの二階の一室では、アナスタシアが頭を両手で抱えながら、机の上に肘を立てていた。


 オルガは彼女に提案する。


「捜索中の二人ですが、もうこの街にいないのでは?」

「……おそらくそうかもしれんな。」

「それでしたら、王都の冒険者ギルドに書簡を出すのはいかがでしょうか。どこかのギルドを訪れている可能性は高いかと。」

「……そうだな。手詰まりである以上、そうするしかないようだ。」


 オルガの提案を受けれ入れたアナスタシアは、その前に腹拵はらごしらえをする為、一階の酒場に向かうことにした。


 階段を降りるアナスタシアとオルガの耳に怒号が入ってきた。


「なんで、保険が受けられないんだよ!」

「ちょっと、アイク落ち着いて。」


 それはアイクであった。ナタリアがそんな彼を横で抑えようとしている。


「で、ですからぁ、保険を適用するにはAランク以上のモンスターが現れたという証拠が必要となります。ヴァンパイアロードの灰では、普通のそれと違いはありません。ゴブリンロードの場合、一番の証拠となるのは皮剥ぎに使われた皮膚なのですが、それがないとなると……」

「そんな、村長の皮は一緒に火葬しちまって……」

「それにヴァンパイアロードは伝説級のモンスターです。そんなのが現れて死者三名なんて、しかも自分達で倒したなど。文献では聖騎士様に匹敵する強さだと言われているのですよ。」


 モンスター保険は過去に悪用された過去を持つ。村単位で被害を偽り、補償を不正に受ける事例が相次いだ為、審査は厳しめとなっている。


「倒したのは俺達じゃない。ある旅の女性が戦ってくれたんだ。」

「女性? たったお一人でですか?」

「ヘンリエッタさんっていうんだけど、その人がヴァンパイアロードとゴブリンロードを倒してくれて……本当なんだ信じてくれよ!」


 言い争う受付嬢とアイク。困り顔のナタリアとフレンダ。そんな、四人に割って入る者がいた。


「その話、詳しく聞かせてもらえないか?」


 アナスタシアであった。彼女の登場に受付嬢は臆してしまい、口がパクパクしていた。


 アイクはアナスタシアの肩に手を乗せる。


「⁇」

「悪いなお嬢ちゃん。俺達は今、この受付のお姉さんと大事な話をしているんだ。後にしてくれ。」


 周りの冒険者、職員達の顔から血の気が引いていく。


「いや、先程のヴァンパイアロードを倒したという女性の話をだな……」


 アイクはアナスタシアの頭の上に手を乗せた。


「冒険者の女の子さんよ、俺達は遊びで来ているわけじゃないんだ。遊び相手を探しているなら、他をあたってくれ。」


 保険の申請が思うようにいかず、苛立っていたアイクはアナスタシアを雑に扱った。周囲の者達は細かく震えている。


 ナタリアとフレンダはアナスタシアの胸元にあるエンブレムを見ていた。そして、ナタリアはかつて母、メリッサから一般教養として教わった、この国の知っておくべき紋章の記憶を掘り出していた。


「七本の剣……あれは確か、アルカディアを守護する七つの力。それを持つのは……聖騎士の……⁈」


 ナタリアと同時にフレンダも、自分達の目の前にいる金髪藍眼の女性が誰なのかを悟った。


 ガタン!


 ナタリアは右手で、フレンダは左手でアイクの頭を掴むと、三人は唐突に土下座をした。


「いったぁ、何するんだよ! 傷口が開くだ……」

「うるさいバカ! あの胸元のエンブレムが見えないの?」

「エンブレム?」

「あれはアルカディア王国に七人しかおられない、聖騎士様の紋章よ。せ、い、き、し、さ、ま! 分かる⁈」

「聖騎士……えっ?」


 アイクは土下座の態勢から、首を真上に上げて、アナスタシアの顔を見る。


「自己紹介をしなかった私のミスだ、すまなかった。私の名前はアナスタシア・ルミナス。アルカディア王国に仕える聖騎士の家系、ルミナス家現当主だ。とりあえず三人とも顔を……」

「申し訳ございません!!」


 フレンダは大声で謝罪した。


「聖騎士様ともあろうお方にこの様な無礼な言動。この者は私の息子で、全て、私の教育不足が招いた事でございます。此度の非礼による罰は私が受けます。どうか、それでご容赦を!」

「いや、別に罪に問う気など……」


 アイクも大声で謝罪をする。


「申し訳ございません聖騎士様!! お袋は何にも悪くはありません。全ては俺のせいです。どんな罰でも受けます。だから、お袋とナタリアだけはどうかお赦しを……お願いします!」

「いや、だから別に怒っては……」


 アイクとフレンダはヒソヒソと話す。


「黙りなさいアイク。あんたがいなくなったら、ナタリアが悲しむでしょ!」

「うるさい、俺が原因なのにお袋に罪を背負わせる訳にはいかないだろ!」

「アンタはホントッ! こんな時に反抗して!」

「俺だって子供じゃない。自分のケツくらい、自分で……」


 アナスタシアはフルフルと震えている。


「私の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 彼女の絶叫はエノール全域に響いたとか、響いていないとか……

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