第11話 憎しみの連鎖
山奥にあるカナット村は強大な魔力で満たされる。幼馴染みの女性とその日、将来を誓った男の悲痛な叫びがこだまする。
「ナタリアーーーーーーーッ!」
物凄いスピードで近づくその影が持つ大鎌は、ナタリアを抱き抱えるヴァンパイアロードの左腕を身体から切り離した。
「なにっ!」
「はぁっ!」
その影はヘンリエッタであった。ナタリアを確保すると鋭い蹴りでヴァンパイアロードを吹っ飛ばした。不意に飛ばされたロードはその勢いで森の中へと消えていく。
魔眼によって地面に伏していたアイクは身動きが取れるようになった。
「ナタリアッ! 大丈夫か、おい!」
「あぁっ、ああっ、あうあう」
ナタリアの身体は痙攣する。呼吸は荒く、口からは泡を吹いている。
「ヴァンパイアの神経毒、バテル後ろを向いて!」
ヘンリエッタはバテルのリュックからある瓶を取り出すとナタリアに飲ませた。すると彼女の呼吸は安定し、目の焦点も定まりはじめた。
ヴァンパイアは吸血の際、はじめに対象の身体に即効性の高い神経毒を牙から流す。身体の感覚を奪っていくだけではなく、血を巡らす心臓の鼓動を活発にすることによって、対象の血液を無駄なく吸い上げる。神経毒を宿す理由が、新鮮な血を味わう為なのか、それとも獲物が逃げられないようにする為なのかは不明である。
「大丈夫か、ナタリア。」
「はぁはぁ、アイク。手足がまだ痺れているけどなんとか。」
「良かった、本当に良かった。」
ナタリアを抱きしめるアイク。
「アイク、よく頑張ったわね。」
「お袋……おばさん、その足!」
「お母さん!」
「とりあえず、止血はしているけど早く薬を塗らないと。」
再会を果たす親子の会話を遮るように空からヴァンパイアロードが降りてきた。
「余の食事を邪魔するだけではなく、刃を向けるなど……キサマ! 覚悟は出来ているのだろうな!」
ブワッ!
禍々しい黒い魔力がヴァンパイアロードを包む。
その異形の者の顔を見たメリッサは呟く。
「まさか……デューク。」
「ほう、余の顔を覚えていたか人間。」
「お母さん、あいつのことを知っているの?」
「えぇ、雰囲気はあの頃とは大分違いますけど、忘れられるはずがありません。あのヴァンパイアはカインとロイを……」
二十二年前 北方の廃教会
「ソル・フレア!」
若きメリッサの放った魔法は光る球体を生み、廃れた教会を明るく照らし出す。ロイは叫んだ。
「今だ! 殺れ、カイン!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「おのれぇぇ、人間めぇ!」
カインの剣はヴァンパイアを斬り裂く。ヴァンパイアの肉体は灰となり、その場に積もった。
糸が切れたように座り込むメリッサ。杖でなんとか倒れないように身体を支えている。
「やったのね。」
「あぁ、俺達の勝利だ。」
「……これで終わりなのね。最初は不安だった冒険者としての旅も、今思うとなんだか寂しいわ。」
ヴァンパイアの灰を見ながら、カインは安堵した様子で話す。
「何を言っているんだメリッサ。カナット村に帰るまでが俺達の旅だ。」
ロイはメリッサの前に立ち、腰に手を当て、穏やかな表情で語る。
「そうだぞ。カインの言う通り、まだ終わっちゃいない。まさか村に帰るときには三人も増えるとは思わなかったけどな。あぁそうだ、ヴァンパイアの灰を入れる袋を出してくれ。ギルドに提出しないと……ってメリッサ何を見て。」
メリッサはお化けでも見ているかのような顔をしている。
「……え、カイン?」
「⁈」
ロイは素早く振り向く。メリッサとロイは見た。宙に舞うカインの頭を。切り離され、血飛沫を上げる幼馴染みの胴体を。そして、討伐したヴァンパイアの灰を掬いながら涙を流すもう一体のヴァンパイアの姿を。
「兄上ー! なぜ、なぜ死んでしまわれたのですか! 兄上がいなければこのデューク、どうやって生きていけばよろしいのですか!」
泣き喚き、自身のことをデュークと呼ぶヴァンパイア。
「嘘だろ……カイン、お前。」
「あぁ、カイン……いや、カイン。」
動揺するメリッサとロイ。デュークは二人を睨み付ける。
「殺してやるぞ人間共。兄上が味わった苦痛、その身で思い知るといい。」
最初に冷静になったのはロイだった。
「逃げろ、メリッサ! あいつは俺が食い止める。」
「無茶よロイ! 私も戦うわ。だってもう魔道具を使い切っているのに。」
「だから逃げろと言っているんだ! お前の魔力ももう残ってはいないだろ!」
「そんな嫌よ! 貴方まで!」
ロイは剣を抜くと、うっすらと微笑んだ。
「……なぁメリッサ、一つ頼みがあるんだ。フレンダと俺の子の面倒をどうか見てやって欲しい。男だったらアイクっていう名前に決めているんだ。だから頼む……逃げてくれ。」
デュークは雄叫びを上げて、ロイに向かっていく。
「そんな……ダメよ。」
「行けっ! メリッサ!」
「……ッ!」
メリッサは教会を飛び出し、暗い森の中をひたすら走った。彼女の目から大粒の涙が溢れ出す。魔道具も魔法もなしでヴァンパイアと戦うなどということは、無謀そのものであったからである。
「どうしたのメリッサ! ロイとカインは?」
首を横に振るメリッサ。二体目のヴァンパイアというメリッサの証言から、すぐさまギルドは冒険者達にロイ救出の指示を出した。だが、救出隊が廃教会で発見したのは誰だか認識できないほど、無残に切り裂かれたカインとロイの死体だけであった。デュークの捜索は行われたが結局発見出来ず、アイクを出産したフレンダとメリッサは数ヶ月後、カナット村に帰還した。
そして今に至る。
青年アイクはヴァンパイアロードを見ながらメリッサに確認をとる。
「それじゃあ、あのヴァンパイアは……」
「はい、貴方の父親ロイと私の夫、カインの仇です。」
ヴァンパイアロード、デュークは満月を見上げる。
「あぁ、まるで昨日のことのように思える。我々ヴァンパイアは成長すると群れることを嫌うが、臆病だった余は常に兄上と共に行動していた。兄上は文句一つ言わずに余を守ってくれていた。……そんな兄上を貴様ら下等種は殺した!」
デュークの表情は殺気をはらむと直ぐに平静さを取り戻した。
「貴様の仲間を殺した後、存外すぐに冷静になることが出来た。貴様への怒りを抑えられず、あの場に留まっていれば、余は人間共に殺されていたであろう。すぐに逃げた、あの頃の臆病さには感謝せねばなるまい。」
「「「「「「……。」」」」」」
「その後、余は多くの生き血を啜り続けた。そしてある時、己の魔力が
右手を握りしめるデュークはバテル達の方を見る。
「魔力を高め続け、次の満月で覚醒を迎えられると思っていた矢先、この人間のコロニーを発見した。ロード誕生の祝杯をあげるのに相応しい場所だと……付近のゴブリン共を僕にするまでは良かったが、兄上の仇である貴様がいるとは夢にも思わなかったぞ。人間はこのような時、こう言うのだろう? 神に感謝すると。」
デュークとメリッサの視線が交差する。メリッサは呪術により体調が優れず、呼吸が乱れる。
「兄上は人間を舐めている節があった。だから余は慎重に、そして確実に、このコロニーを支配する方法を模索した。余が貴様に負けることはないと思っていたが、それでも不安だった……そんな時だった。キャスパーと名乗る人間が余の元を訪れたのは。」
ナタリアを抱えるアイクの表情が歪む。
「キャスパー!」
「奴はこのコロニーの長だという人間を余に差し出し、ゴブリンロードに皮剥ぎを行うよう進言してきた。そして余が警戒する
「お前がおばさんにかけられた呪術の継承者なのか?」
アイクの質問にデュークは少し間を置いた。
「ほぅ……まだ気づいていなかったのか。これは面白い! ふはははははははッ!」
「なんだと! 何がおかしい!」
「キャスパーという人間は言っていたぞ。呪術の継承には条件があると……その者を監視でき、魔力を備えている者ならば、その条件は満たされると!」
「メリッサおばさんを監視できて、魔力を備えている……そんな奴、この村には……っ!」
アイクは途中まで言い放つと、デュークの言う条件を満たす人間が一人いる事に気付いた。気づいたが認めたくはなかった。彼の腕の中の花嫁の身体は振るえている。
「私……なの?」
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