第4話 美しい花には棘がある

 番犬に生贄を捧げたドリス達三人は、フレイムケルベロスの後方にあった荷車の布をどかす。


「あった……フェザークォーツ。これだけ良い状態でお目にかかれるとは。それもこれだけの量で。」

「気持ちは分かるがニックス、早くこの瓶に入れてずらかるぞ。あの化け物がガキを飲み混む前にここを出ないと。……おい、ジム!」

「あれは……まさか魔法壁。フレイムケルベロスの攻撃を耐えているぞ。」

「なっ! あのネックレスは高度な魔法具だったのか?」


 ニックスはバテルのリュックを持ち上げて笑みを浮かべる。


「Aランクモンスターの攻撃を防ぐ魔法具なんて、くっくく、これは高く売れるぞ。へへっ、あの女といい、大金が手に入るといい、あのガキの墓ぐらいは作ってやってもいいかもな。」

「おい! 行くぞジム。あのガキが魔法具を持っていたことは予想外だが、いずれ効力が切れる。」

「あ、あぁ。そうだな。急ごう。」


 三人は近くにあった狭い洞窟に入っていく。どうやらそれは抜け道のようである。


 ドリス達が去る頃、魔法壁に守られていたバテルはフレイムケルベロスの吐く炎で覆われていた。


「はぁはぁ……暑い。もう、力が……入らない。」


 意識を失い、倒れこむバテル。そして、魔法壁はフレイムケルベロスの炎が止むと同時に消滅した。自身の攻撃を阻む魔法壁が消え、再び咆哮をあげるモンスター。その強靭な牙がバテルを襲う。


バキン!


「ガウッ?」


 フレイムケルベロスの獰猛な牙を食い止めたのは、ヘンリエッタの右手であった。


「良く持ち堪えましたね、バテル。このような目にあっても貴方は冒険者になりたいと言うのでしょう。……いつまでも付き合いますよ。貴方がそれを望むのならば。」


 フレイムケルベロスの口元から炎が漏れる。至近距離から二人を焼くつもりである。


「おい、犬ころ。私の大事なお方に牙を向けたんだ。覚悟は出来ているのだろうな!」

「ギャウ!?」


 Aランクモンスター、フレイムケルベロスはこの時気づいた。自身の前にいる存在が、圧倒的格上であることに。


 ヘンリエッタの周りを黒い光が包み込む。


「グラディウス・ダムナート!」


 鉱業で発展した街エノール。その街のAランク冒険者パーティ二つを葬った、フレイムケルベロスは最後の咆哮を放つと屍と化した。


 採掘場を脱出し、森の中を進むドリス、ジム、ニックスの三人。ジムは採掘場の方から何かを感じ取った。


「今なんか感じなかったか?」

「感じるって何をだ?」

「……ドリス、お前は?」

「いや、別に。それより、そろそろヘイズとの合流地点だ。」


 三人は開けた場所で焚き火をし、ヘンリエッタを連れてくるはずのヘイズを待ち続けた。


「早くヘンリエッタちゃん来ないかな。いいかドリス。あぁいう気の強い女はな、案外力で簡単に屈服するんだ。あぁ、さっさと調教してやりたい。」

「フフッ、そうだな。これだけの金が手に入ったんだ。あの女は売りに出さなくてもいいかもな。お前の好きにしろ。……うん? どうしたジム、浮かない顔をしているが。」

「いや、あの子の使った魔法具。かなり強力な魔法壁を張っていた。あの子は一体……。」

「気にした所であのガキはもう化け物の腹の中だ。さっさと忘れろ。それより、ニックス。あのガキのリュックを見せてくれ。中身が気になる。」

「ほらよ。」

「うん? 中は空だ。何も入っていない。」

「そんなバカな。……うわ、本当だ。重みはあるのに。これも魔法具……なのか?」

「もしかしたらフェザークォーツ以上の価値があるかもしれないな。」


 それから数分後、合流地点に一向に現れないヘイズにニックスが痺れをきらした。


「あの野郎、まさかヘンリエッタちゃんを独り占めするつもりなんじゃ。」

「落ち着けニックス。ヘイズは女に興味を持たない。もう少ししたら、来るはずだ。」

「せっかく、フェザークォーツといい女の両方を手に入れたと思ったのに、こんな焦らしプレイは望んでいないぜ。」


 ヘイズを待つ彼らに女性の声が語りかける。闇夜に響くその声から、声の主のいる方向を特定するのは困難であった。


「フレイムケルベロス討伐は嘘だったか。目的はあのモンスターが無意識に守っていたフェザークォーツ。」


 方向が特定できない彼らは、まるで周囲の森に語りかけられているように感じる。


「な、なんだ! 今の声。」

「ジム、ニックス。武器を持て!」


 警戒する三人。頬を汗が流れていく。


ガサガサ


「「「!!!」」」


 茂みから現れたのはヘンリエッタであった。ニックスは武器をしまい、両手を広げる。


「へへっ、会いたかったぜーヘンリエッタちゃん。さぁ、早くこっちに。」

「待て、ニックス。……おい、ヘイズはどうした?」

「ヘイズ……あぁ、これのことか。」


 ヘンリエッタはある球体をジムに投げつけた。


「嘘……だろ、ヘイズ。」


 ジムが受け取ったもの。それはヘイズの生首であった。それを確認したドリス達は剣や斧をヘンリエッタに向けて構える。


「て、テメェ! 一体何のつもりだ。」

「その男は不相応にも私に不埒な真似をしたのでな。相応の対処をしたまでだ。」

「……一体何者なんだ、お前は?」

「これから死にゆく者に語る必要はない。」

「なん……だと?」

「貴様等には二つの罪がある。一つはあのお方を危険に晒した事。もう一つは冒険者になりたいという無垢な心を利用した事。貴様等が死ぬには十分すぎる理由だ。」


 ヘンリエッタの周りを黒い光が包み込む。

 

 彼らはフレイムケルベロス同様、その存在と自分達の格の違いを認識した。


「ば……化け物だ。」

「く、くそったれー!」


 無謀な戦いを挑むドリス達。


 あたり一帯は血の海となった。



 翌日、エノールのギルド長であるアーノルドはフレイムケルベロスの存在に頭を悩ませていた。チョビ髭を生やし、生え際が後退し始めている彼の目にはクマも浮かんでいる。管理職はどの世界でもツライ……。


「これ以上、鉱山を封鎖するわけにはいかない。かといって今、聖騎士に討伐依頼を出すと恐らく、マグワイヤー卿かサザーランド卿が……いくらかかるのだ。おい! まだSランク冒険者達とは連絡が取れないのか!」


 ギルド長の秘書は困りながら答える。


「各方のギルドから情報を集めていますが、足取りが掴めていません。王都を拠点にしている『銀奏』にはまだ連絡が届いていないかと。」

「く、くそったれ。どいつもこいつも。」


 その時、ギルド長室の扉が勢いよく開いた。職員が血相を掻きながら報告する。


「大変です、ギルド長! タメリア鉱山のフレイムケルベロスの件ですが……」

「なんだ、他の採掘場も荒らし始めたか? もう勘弁してくれ。」

「いえ、そのフレイムケルベロスなんですが、何者かによって討伐されていまして。受付嬢に確認を取りましたが、現在そのクエストを受注している冒険者はおらず、どうしたものかと……。」

「それは真か! あの忌々しいフレイムケルベロスが死んだのか!」

「は、はい。それとこの件に関係あるのかは不明ですが、Bランク冒険者のドリス、ジム、ニックス、ヘイズの遺体を近辺の森で発見。遺体の状況から、モンスターに襲われた可能性が高く……ギルド長?」

「良かった、本当に良かった。Aランク冒険者を多く失い、その上聖騎士に討伐依頼など、どうしたものかと思っていたが……すぐに採掘場に向かう。あのくそったれの屍を見に行くぞ。馬を用意しろ。」


 エノールの街では、ドリス一行が殺された事も話題にはなったが、フレイムケルベロス討伐のニュースの前では些細なことであった。


 その頃……


 タメリア鉱山の北西の山間部、綺麗な川の辺りで火を起こすヘンリエッタ。


「う……うぅぅ。あ、おはようヘンリエッタ。」

「目が覚めましたか、バテル。野ウサギを捕まえました。調理しますので少しお待ちを。」

「うん。あれ僕の服は?」


 バテルは自分が下着一枚なことに気づいた。


「汚れが酷かったので洗って乾かしています。穴も空いていましたから、次の街で新しいモノを購入しましょう。」

「汚れに穴……そうだ! フレイムケルベロスは? 僕、確かドリスさん達と一緒にクエストを受けて、それで崖から落ちちゃって……えーーっと。」

「魔力を行使した後はやはり記憶が曖昧に……」

「え、何? ヘンリエッタ。」

「いえ、なんでもありません。そのフレイムケルベロスですが、バテルが気を失っている間にドリスさん達が討伐されました。」

「本当! じゃあこれで僕も冒険者になれるの?」

「いえ、残念なことに彼等はクエストを受注せずに今回討伐を行ったそうで、ギルドに成果を報告することが出来ませんでした。」

「えっ? どうしてそんなことを。」

「あの場所にあったフェザークォーツという希少な鉱石を持ち逃げする算段だったそうです。今頃、彼等には天罰が降っているかもしれませんね。」

「そんな、残念だな。……あれ、ヘンリエッタ。ここに血が付いているよ。もしかして何処か怪我しているのかい?」


 ヘンリエッタは首を触る。


「……いえ、さっき狩った野ウサギの返り血でしょう。」


 ヘンリエッタはその血を拭った。それが本当に野ウサギの血であったかどうかは彼女以外には分からない。

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