へいべいべ
すべての分野で地産地消を掲げる政党が与党となり鎮座するようになってから五十年後。
持ち家、賃貸、シェア。
家の形態に関わらず、薬草部屋を必ず一つは設けなければならない法律が施行されてから、三十年後。
とある、賃貸マンションの一室、薬草部屋にて。
ふ。
ふふ。
ふふふふふふふふふ。
己の胸の内にだけ笑声を鳴り響かせながら、完成した薬を紅葉のような小さく可愛らしい両の手で持ち上げた。
多くを犠牲にしてきたが、これで終わり。
呟いた声は、隣で眠る人物には届かず。
無残にも、完成した薬を受け入れるしかなかったのであった。
「わあーーーー。ん」
最初の頃は血相を変えて、必死に名前を呼んで、背中を叩くしかなかったけれど。
幾分か同じ事に遭遇すれば、なんとか、行動に余裕が生まれるようになった。
大声を上げたかと思えば、息が止まったかのように呼吸がひどく浅くなる赤ん坊を抱えて、優しく名前を呼んで、背中をさすった。
すると、いつもの呼吸が聞こえてきて、胸をなでおろしつつ、隣でごめんと頭を下げる夫を睨みつけ、小声で、けれど鋭く、何度としれない注意をした。
「もう。いくら可愛いくてしかたがないからって、あなたのその濃いあごひげを赤ちゃんになでつけないでよ。嫌がってるでしょ」
「う。でも、今日はあごひげが薄まっているような気がしたから、大丈夫かなって。ちょっと。ちょんっと。ほっぺたとほっぺたと合わせただけなんだよ。うう。ごめんよ。南和。痛かったね。苦しかったね。お父さん。もう。ほっぺたくっつけないからね」
「そうしてちょうだい」
赤ん坊、南和(なお)は、母親に居間へと連れられながら、口をへの字にした。
未完成な薬と。
成長過程な自分の身体に。
今日はもう大丈夫だと思っていたのに、あごひげはしぶとかった。
でも、あんなに大声を上げるつもりもなかったし、息を切らせるつもりもなかった。
びっくりした身体が思った以上に、過敏で、凶暴な反応を見せてしまったのだ。
ああ。早く話せるようになりたい。
濃いあごひげは嫌だけど、大好きだよと、だっこして、ほっぺたと合わせてくれるのは、嫌な時ばかりではないのと伝えたい。
でも、当分話せそうにないから。
あごひげを濃くさせない、いっそ、なくす薬の開発続行だ。
ああ、睡眠をまた削るから今のうちに寝ておこう。
今はほっぺたを合わせないでよお父さん。
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