かんざらし




 精米。

 洗米。

 石臼で水と共に米を挽く。

 米粉を何度も水にさらして不純物を取り除く。

 日干し。


 伝統的な白玉粉の作り方を守り続ける喫茶店があった。


 もち米、水、ミキサー、ざる、漉し布。

 これらが揃えば、保存は効かないものの、家庭でも白玉粉が作れる現代の話である。

 





「あにき。もうだめだ」


 オッス。おいらは弥八。

 ちょっと気弱な十歳の少年だ。


「もう少し辛抱しろ」


 

 尊敬するあにきは、華奢な見た目とは裏腹に、とてつもなく力持ちで強いんだ。

 ほら。あにきが山肌を殴る度に、すごく振動している。

 おいらが身体をまるめてかろうじて座っている、ちっさい地面が少しずつ削れていく。

 え。おいらたちがどこにいるかって?

 が・ん・ぺ・き。

 ほぼ垂直な岩壁さ。

 

 あにきは今、岩壁を素手で殴って、奥に隠れている石を取り出そうとしているんだ。

 石臼にする石であり。

 明々後日、八十八歳を迎えるあにきのおじいさんに届ける為の石だ。


 もち米を作り、井戸水を掘リ出した、あにきのおじいさんおばあさんは昔ながらのやり方で作った白玉粉を使って、甘味やご飯を提供する喫茶店をやっているんだ。

 もち米や水だって、もちろん重要だけど、石臼だって、白玉粉づくりに欠かせない大切な存在。

 おじいさんはその地域に根差した材料で十分だって、あにきが国を出るのを止めたけど、あにきはもっともっと可能性を広めてもらいたいって、その手を振り払った。

 

 あにきのおじいさんへの想いはすさまじく強い。

 おいらがあにきに憧れているように。

 ううん。きっと、おいらよりもずっと強い。




「よく辛抱したな」

「うん」


 地面が削られていった結果、ちっちゃな凸にしがみつく格好になったおいらの顔は、涙と鼻水で汚れていた。

 それに引き換え、涼しい顔で、片手で大岩を持ち上げて、片手でおいらを引き上げたあにきと言ったら。

 もう!


「あにき。おいら。絶対あにきみたいになるよ」

「おらよりじっちゃを見習え」


 あにきは反論は許さないとばかりに、岩壁を下り始めた。

 殴り続けて取り出して、今は岩壁を転げ落とされている岩の上に乗りながら。


 うん。そうだね。あにき。

 憧れるだけにしとこうかな。

 え。だって。どうやってんの。どうなってんの。片腕に抱えられているのに、足の動きが全く見えないよ。

 それどころか、何も見えない。




 気が付けば、雄大な地面に座っていたおいら。

 どうやら気を失っていたようだ。

 大岩はもう石臼の形になっていた。


 ほろり。

 零れそうになる涙を押し留めたおいらの胸は高揚感でいっぱいだ。

 あにきとの一緒に旅をできた現実を噛みしめて。

 苦難の旅を終えた感激が広がって。


 そして何より!

 帰ったら、あにきのおじいさんおばあさん手作りのご飯や甘味を食べられる!

 白玉ぜんざい。白玉抹茶かき氷。白玉あんみつ。白玉せんべい。白玉フルーツポンチ。白玉雑煮。

 きっと、おいらが思いつかない白玉粉を使った料理も待ち構えているはず。


 ああ。早くあのほっぺたが落っこちてしまうご飯を食べたい!


「あにき!あにき!早く帰ろう!」

「ああ」


 頷いたあにきは石臼を持ち上げた。

 あにきの力があれば、一日で辿り着けるはず。

 なるべく頼らずに頑張るぞと走る体勢に入ったんだけど。

 

 あれ。あにき。石臼を投げちゃった。

 え。あ。ああ。あれですか。

 あれですね!

 今はもう見えない、宙を飛んでいる石臼に乗って帰るんだ!

 気を失うのはもったいないけど、あにきも一刻も早く帰りたいんだね!

 よおーし。

 覚悟は決まった。

 と思ったら。


「え。あにき」


 石臼を投げた方向、つまり、帰る方向とは真逆へと、あにきは歩き出してしまった。


 どゆこと!?


「あにき。あにき。家はあっちだよ」


 流石のあにきも疲れて方向を間違ったのかと思ったけど。


「ああ。遠回りして帰る」

「え゛!?」

「海底にもいい石がありそうだ」

「ま゛!?」

「大丈夫だ。食料と浮き島は用意してやる。ほら。さっき削った岩で家も作っておいた」


 わ。わー。半円形の岩の中がきれいにくり抜かれているー。


「見た目より軽いから鍛錬だと思って持ってこい。じっちゃの誕生日に間に合わなかったら、ご飯はなしだからな。じっちゃとばっちゃ。時間にはうるせえからな」


 わ。わー。確かに見た目よりかるいー。

 うん。運べる。運べる。


「行くぞ!」


 最終回みたいに軽やかに駆け出したあにきの後を、おいらが軽やかに追えたかどうかは。

 そして、おじいさんの誕生日に間に合ったかどうかは。


 想像にお任せします。 
















「やっぱ。じっちゃの石臼で作った方がうめえな」

「ふん。もっと目を肥やせ」

「あらあら。よっぽど疲れたのね。寝ながら食べてるわ」

「頑張ったからな。じっちゃ。使えそうなら使ってくれ。こいつが背負ってきたんだ」

「あんなものを運ばせるな莫迦たれ」

「あれを背負ったこいつをおらが背負ったから大丈夫だ。まあ。全部じゃねえけど」

「あら。じゃあ、今日よりももっとごちそうを作らないとね」

「ああ。つくってやれ」

「ばっちゃ。ありがとな。じっちゃ。おめでと」

「食べ終えてからもっと厳かに言え」

「あらあら。照れちゃって」







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