田芥子




 もはや陣形は崩された。

 攻撃、和睦、死守。

 何者も囚われず選取可能。


 さあ、我もゆかん。

 いざ、猛者どもに続け。















「はい」

「ああ、どうも」


 本日3月7日。

 ホワイトデーでもなければ、俺の誕生日でもない。

 なのに、なぜか俺はクッキーを手渡されている。


 しかも、俺が好きなチョコチップ入りクッキーとプレーンクッキー。

 さらに言えば、幼馴染の手作りクッキー。

 さらにさらに言えば、密かに恋心を抱いていた相手。

 さらにさらにさらに言えば、バレンタインに熊形チョコを渡そうとした相手。


 渡そうとした。

 渡した、ではない。

 渡せなかったのだ。

 

 緊張しすぎて、高熱を出して寝込んでしまったから。

 かれこれ何年になるのか。

 バレンタインに拘らなくてもと何度も思ったさ、思ったが、

 小心者の俺には背中を押してくれるナニカが必要だった。

 これと決めたら、それだけを盲目的に信じて実行に移そうとしてきた。

 それがバレンタインだっただけの話。


(……なんで今日?)


 小学生までは頻繁にもらえていた幼馴染からのクッキー。

 中学生になると粋がって突っぱねてしまっていた幼馴染のクッキー。

 高校生になってからは一度ももらえなかった幼馴染のクッキー。


 それが今、高校三年生の俺の手に収まっている。

 卒業を間近にして、感傷的になったからか。

 大学も同じではないし。

 さらっと受け取ってしまった手前、今更理由は聞きづらい。

 ばかばか俺、受け取る直前に訊けばよかったんだよ。


「なんだよ?」


 感謝の言葉を丁寧に告げていないためか。

 幼馴染は立ち去りもせず、睨みつけてきている。

 もしかしてお返しが欲しいとか。

 んなもん用意してない。

 バレンタインに渡そうとした熊型チョコは母親にいつものように感謝と称して渡しちまったし。


「クッキー渡したでしょ」

「そうだな」

「言うことないの?」

「どうもって礼は言っただろ」

「それだけ?」

「あー、がめついやつだな。わかったよ。卒業式までにはなんか用意しといてやるよ。ほら。何が欲しいか言ってみろよ。できる限り用意するようにするからよ」


 これは絶好の機会ではないか。

 もう告白は無理だと思ってたんだが、会う約束を取り付けられれば。


「早く言えよ。暗くなるぞ」

「……ねえ。今日が何の日だか知ってる」

「はあ?きょう?」


 知らない、ふり。

 考えている、ふり、である。

 もちろん知っている。幼馴染の誕生日だ。

 だからこそ、なぜ俺にクッキーを渡しのか、余計疑問なのである。

 誕生日様が贈り物を渡すとしたら、両親くらいだろうが。


「今年のバレンタインに会ったの、覚えてる?」

「はあ?バレンタインは寝込んでて、学校休んでたから会ったわけないだろ」

「……本当に覚えてないようね」

「…なん」


 降臨なさったのは、般若、いや、金剛力士だ。

 夢じゃないのか、誰かと間違えたんじゃないかと言い募ろうとしたのだが、できなかった。

 一音しか口からは出てこなかった。

 幼馴染が爆弾発言をかましたから。


「好きだから、もし同じ気持ちだったら、私の誕生日にクッキーをくれって、あんたが言ったのよ!」


 烏天狗だ、いややっぱ、金剛力士だ。

 多分、絶対、お互いに、


「…っ、なんで誕生日にこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないのよ」

「あ」


 何も言わない俺に呆れたのだろう。

 踵を返して地響きを鳴らしながら去って行く幼馴染。

 本当ならば即刻追いかけるべき。

 なのに、俺の足は動かない。


 幼馴染の言うことが本当ならば、俺とあいつは両想い。と、いう、こと、で、


「~~~ふぉおおおお~」

「変な奇声上げるくらいなら追いかけて来いばか!」

「わる、あ、むり、だ、あし、うごか、ねえ」

「っほんっとおおばか。もう知るか!」

「あ、ちょ、お、い」


 動かしたい切に、

 けれど本当に動かせない。

 幼馴染はもう振り返ってもくれない。

 俺は小さくなっていく幼馴染の後ろ姿を見ることしかできない。


 足は動かせない、

 どうしたって動かせない、

 なら、

 まだ制御可能な、


「お………俺はおまえが好きだ!付き合ってください!」


 いらえはない。

 けど俺は確信していた。

 だから足が動くようになったら真っ先にあいつの家に行って、もう一度告白する。















 毎年毎年、呪いを受けているんじゃないかと半ば本気で考えてしまうほど、この日に休んでしまう幼馴染。

 の家の前で、佇むことしかできない私。

 今年も渡せないのだろう。

 仕方ない。

 父に二つあげているけど、今年は母にもあげよう。

 どうせもう少しで家を離れるわけだし。


『あ、おい、聴いてんのか。俺は、おまえが、好きだから。もし、おまえが、俺と、同じ、気持ち、だったら。おまえの。誕生日に、クッキーよこせ』


 錯覚か、もしくは、白昼夢かと思った。

 ぼんやりしている間に、突然出てきたあいつは、まるで金剛力士のようだった。

 顔を真っ赤にさせて、睨みつけながら、そう言ったのだ。

 そして、言い終えると、四角い箱を渡して、身体をふらつかせながらまた家へと戻って行った。

 

 高熱の戯言か、本音か。

 ゆらゆら揺れて、まっすぐ歩くことさえままならない。


『っなんで、誕生日にそんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないのよ』


 悪態をつかなくちゃ、家にたどり着くことさえ叶わなかったと思う。


 今もほら、







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