恋人と日記
ん。
口を結んだまま一音だけ伝える。
ん。
ん。
私が恋人が差し出す一冊の日記を受け取れば、立っていた恋人は私の後ろに回り、背中に背中を押し付けてきた。
ん。
ん。
合図に応え、日記を開く。
丁寧に一枚、二枚と、紙を指の先で掴んではめくって、掴んではめくってを続ける。
指の動きが止まるのは、今日の日付を見つけた刻。
日付の下に記されているのは、一言。
今日を振り返った恋人の感想。
私は今日の出来事を思い返しながら、ぽつりぽつりと、言葉を出す。
言葉を贈る。
好きです。恋人になってくれませんか。
告白したのは、恋人。
はい。
告白を受けたのは、私。
恋人という関係になってから、緊張するようになったのはお互い様。
立て板に水、どころか、立て板に爆滝が如く、話しまくる恋人。
貝になる、どころか、シボグリヌム科になるが如く、口をなくす私。
どうにかしようと思い。
声に出してのコミュニケーションが無理なら文字にしてみようと提案して。
別れようと言い出して。
文字でも雄弁すぎる恋人は、静かに涙を流して。
嫌だと、私が必死に引き留めて。
立て板に水、どころか、立て板に爆滝が如く、話しまくり。
貝になる、どころか、シボグリヌム科になるが如く、口をなくす。
私たちに。
口を一文字に結び、口を利用する時間を加えて。
どうにかこうにか、今の形に落ち着く。
出かけた日も出かけない日も。
一言。
恋人が日記に感想を記して。
二言三言飛んで五言。
私が声に出して感想を告げて。
いつまで続くのか。
歪だからではない。
声で、もっと多くの言葉を交わしたい欲求があるが故に。
いつまで続くのか。
答えは見つからずとも。
焦りも嘆きも必要ない。
ん。
ゆっくり歩いていこう。
そう言えば、ふっと背中が消えて、代わりに頭が押し付けられた。
痛いと言えばどうなるのか。
ふとした疑問は、もうしばらく言わないだろう。
いいや。
もしくは、言わないままかもしれない。
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