第96話 一方その頃のアルバート
「うおぉぉぉぉ!」
春の穏やかな日和の中、なんとも不似合いな荒々しい声を上げているのは、ソフィアの愛犬アルバートだった。
アルバートはソフィアを守れる騎士になろうと日々鍛錬を続けていて……今日も今日とて相変わらず屋敷の周囲を駆け回っている。
両前足を振りながら後ろ前足で人のように駆けたり、四本の足全てを使って犬らしく駆けたり……あるいは背負った武器を振り回したり。
そう、最近になってアルバートは武器を持っても良いとの許可をキャロラディッシュから得ていて……武器を上手く扱えるようにと懸命に励んでいたのだ。
いずれこの家や爵位を継ぐだろうソフィアは、覚悟を決めて相応しい風格を備えた上で、日々勉学と鍛錬に励んでいる。
そんなソフィアの側に寄り添い、他者の悪意から守る事ができるのは誰あろうアルバートであり……アルバートもまたそのための覚悟を決めていた。
ゆえにキャロラディッシュに頼み込んで武器を融通してもらい、携帯する許可を貰い……ソフィアの前に立ちはだかるであろう敵を斬り倒すためにと、人にもそこらの犬にも真似出来ない、独自の戦闘法を練り上げていく。
背負った武器はサーベルで、更にもう一つ円盾を背負っていて……駆ける際にそれらを手にすることはない。
駆けている間は背負ったままで、両前足両後ろ足を懸命に動かして速度を上げていって……敵とすれ違うその瞬間に両前足でもってサーベルを抜き放ち、すれ違いざまに相手を斬り裂く。
軽く鋭く、馬上で振るうことを前提に作られているサーベルを、アルバートの体の大きさや手の形に合わせて作ったそれは、人が扱うサーベルよりも小さく軽く威力も低かったが……切れ味は確かであり、アルバートの素早さもあって、かなりの威力を有していた。
キャロラディッシュが練習用にと作ってくれた土人形や木人形は、何度も何度もアルバートの斬撃を受けたことによりボロボロになっていて……その様子を少し離れた所から見ていたウィクルは「うぅむ」と感嘆の声を上げる。
すれ違いざまに相手を斬って、斬り終えたならならすぐに鞘にサーベルを納めてまた駆け出して。
素早く器用で、毎日の鍛錬に裏打ちされた剣筋は確かなもので……。
『見学したいならただ見ているだけじゃなくて、たまにで良いから小石を投げてきてよ、防御の練習もしたいからさ』
なんてアルバートの言葉を思い出したウィクルが拾い上げた小石を駆けるアルバートへと投げつけると、アルバートはすぐさまに反応を示し、背負っていた小さな円盾をすっと構えて、投げつけられた小石をパシンと器用に弾く。
ただ受けるのではなく、それが敵の剣、あるいは槍や弓であると仮定してしっかりと弾き飛ばし、円盾を円盾として使いこなしている。
ウィクルは騎乗した状態からの長槍での刺突を得意としており、長い間その刺突で持って狩りをし、生業としてきたが……あるいはそんなウィクルの刺突であっても弾けるのではないかという、巧さと力強さを見て取ることが出来る。
「ぬぅぅ、小さき身でありながら見事。
彼もまた誇り高き雄牛であったか」
なんて感想を漏らしたのはウィクルの背後で鼻息を荒くしている毛深き雄牛ガーリアである。
ガーリアはキャロラディッシュの魔術によって言葉を喋れるようになっただけでなく、それなりの知識と常識も獲得していたはず……だったのだが、どういう訳だか目に入る全ての……オス、あるいは男性の狩人や戦士を『雄牛である』と見なしてしまっていた。
屋敷の上空を舞い飛ぶロビンも雄牛、牧場で皆の世話をしている牧夫のジェイムズも雄牛。
ヘンリーも雄牛でキャロラディッシュも雄牛で……今アルバートも雄牛であると発言してしまった。
流石にソフィアを始めとした女性陣までを雄牛扱いはしなかったが……その範囲は広く、虫でさえも雄牛扱いしかねない有様だ。
キャロラディッシュ達は今の所そんなガーリアのことを笑って許してくれているが……いつか大きなトラブルになってしまうのではないかと案じてウィクルは大きなため息を吐き出す。
「うぉぉぉぉぉーーーー!!」
すると、そこにアルバートの大きな声が響いてきて……木人形の胴が大きく斬り裂かれる。
速度と力が上手くのって、サーベルの角度も振り方も最適なもので……鍛錬を経てアルバートがまた一つ成長したようだ。
それを見てウィクルはぐっと拳を握る。
彼もまた戦士であり、毛深き雄牛の一族の戦士たちを束ねる立場であり……アルバートに刺激されて、戦士の血が沸き立ったのだろう。
するとそんなウィクルを気遣ってか、ガーリアが大きく一歩を踏み出して背を揺らし……ウィクルに対し、ならばお前も鍛錬をせよと、自らの背に乗って大地を駆けよと誘いをかける。
それを受けてウィクルは、少し悩んでから……ガーリアの太く長い毛を掴み、分厚い肉に覆われたその体を蹴り上がり……なんとも身軽に、その背中の頂点まで駆け上がる。
そうしたならしっかりと鐙に腰掛け、鐙に引っ掛けていた長槍を握り……足でガ―リアの背中をたたき、春草が広がる大地を駆けるように指示を出す。
そうやって駆け出したガーリアの足音は地面を揺らす程のもので……その揺れを感じたアルバートは、自分も負けてられないぞと、更に大きな声を張り上げる。
「うぉおぉぉぉぉぉ!!」
そうしてアルバートは、今日も日が暮れるまで……あるいはソフィアから呼び出されるまで、鍛錬をしてやるぞと気合を入れ直して……キャロラディッシュの屋敷の周囲を縦横無尽に駆け回るのだった。
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