第73話 リンゴ


 ソフィアとマリィが何を欲しているのかという注文聞きを終わらせ、ホクホク顔で帰路についたジョセフを見送って……そうしてキャロラディッシュの屋敷は一気に賑やかになる。


 ジョセフのおかげで大量の砂糖が手に入った。

 そして庭のリンゴの木には食べ切れない程の実がなっている。


 そうとなったらもう居ても立っても居られない。

 美味しい美味しいリンゴを更に美味しいものへと加工しなければならない。


 ジョセフが持ってきてくれた積み荷の中には、瓶入りの王都付近の有名メーカーのリンゴジュースやリンゴジャムなんかもあるのだが、それはそれ、これはこれ。

 自分達で自分達好みの甘さにしたものこそが一番美味しいのだから、自分達で作るのが一番なのだ。


 そんな想いを歌にしてニャンニャンと声を上げながら動き始めた猫達は……列を作り、協力しながらハシゴを抱えて庭へと向かっていく。


 なんとも楽しげな様子の猫達の後をソフィア達もまた追いかけていって、キャロラディッシュも毎年恒例の光景を見ておこうかと足を運んで……そうして屋敷の裏の庭で真っ赤に色づいたリンゴの収穫作業が始まる。


 木を傷つけないように気をつけながらはしごをかけて、一匹ずつ順番にハシゴを登って……一匹一個のリンゴを大事そうに抱えて、そっとハシゴを降りる。


 リンゴを落としてしまったら大事だ、傷つけてしまったら大変だ。


 効率が悪いのは承知の上でリンゴ一つ一つを丁寧に、摘み取り運び……工房へ向けての列を作り出す。


 言ってしまうと摘み取りも運搬も、キャロラディッシュの魔術でやってしまったほうが早く、楽でもあり、安全なのだが……そんなことをしてしまうのも、言ってしまうのも野暮と言うもの、キャロラディッシュは黙ってその光景を見守る。


 列の先にある工房では、摘み取られたリンゴを丁寧に洗い、さりさりと皮を剥き、実を切り分け、大部分はジャム鍋のある竈へ運ばれ、皮や加工に適さない部分は飼料用の加工場へ運ばれていく。


 そうやって竈に実が届いたなら早速煮込まれて……大量の砂糖やシトロンの絞り果汁が投入されて、なんとも良い香りが周囲に漂っていって……猫達はその香りに惹かれて工房の側から動かなくなってしまう。


 庭で収穫の様子を見守っていたソフィアとマリィは、木にはまだまだリンゴの実が残っているというのに、どうして猫達は帰ってこないのだろうかと不思議に思い、工房へと向かい……猫達と同様の理由で工房の側から離れられなくなってしまう。


 調理中の猫達の邪魔はしたくないので工房の中までは入らないが、工房の、竈側の壁にそっと寄り添い……窓や通気孔から漂ってくる香りを存分に楽しむ。


 つい先程までジョセフを前にしてのレディらしい態度は何処へ行ったのか……子供でも中々しないであろうことをソフィアとマリィは、猫達やアルバート、シーやロミィと一緒になってついついやってしまう。


 そんな風に香りを存分に楽しんで、お互いの顔を見合って、お互いに何をやっちゃっているのだろうって顔になって笑い合い……笑いながらもそこから離れることは出来ずに、漂ってくる香りを存分に楽しむ。


 一方キャロラディッシュは、猫達の収穫が終わったのを確認し、周囲にグレース以外の猫達がいないことを確認してから、そっと杖を振り、魔術での収穫を始める。

 

 実を摘み、綺麗に洗い、気付かれないように工房に運び……竈の側へとそっと置く。


 猫達が香りに夢中な今だからこそ出来るそれは、ソフィアやマリィにも気付かれておらず……ずっと側に居続けているグレースだけが知っているのみ。


 そうして収穫すべき実を全て収穫したなら、庭に置かれた椅子にそっと座り……その側のテーブルに飛び上がったグレースのことをそっと撫でて、工房での加工が終わるのを静かに待つ。


 それなりに時間が流れて、十分なまでにジャムが煮詰まって。

 完成となったら煮沸消毒した瓶に詰め込まれ……ガラス蓋をし、脱気をした上で針金でもって封印が行われ……粗熱が取れたなら地下倉庫へと運ばれていく。


 地下倉庫の棚にその瓶が並べられていって……普通に食べる用のリンゴも、丁寧に箱詰めされた上で、地下倉庫へとしまわれる。


 そういった作業全てが終わったなら、鍋や木べらなどの洗い物が始まり……甘く素敵なリンゴジャムの香りが辺りから消えていって、ソフィア達一行はなんとも言えない残念そうな表情を浮かべる。


 すぐにでもジャムを食べてみたいが、まだまだ冷えておらず、味が落ち着いておらず、食べごろではない。

 明日か明後日か……しばらく待たないことには美味しいあの味を味わうことが出来ないのだ。


 そういう訳で残念どころではない、落胆に近い感情を抱くことになったソフィア達の下に……ふんわりと柔らかく優しい香りが漂ってくる。


 この香りは……パンを焼いた時によく似ているこの香りは、まさか……!


 ソフィア達はそんなことを考えながら駆け出して……工房隅にパン焼き窯への方へと向かっていく。


 近づけば近づくほどその香りは鮮明になり、鮮明になった香りの中に確かなリンゴの香りが混ざっていて……それで確信を得たソフィア達は満面の笑みとなる。


「あー、まだまだ、焼き上がりまではもうちょっとですから!

 待っててくださいね!!」


 白い作業服を身にまとい、頭巾を頭にまいて、タオルを口にまいて……工房で働く猫の一匹がそんな声を上げてくる。


「美味しい美味しいシナモンたっぷりのアップルパイは、お庭で皆で、大陸産のお茶と一緒に楽しむことになってますから!

 お庭で待っててください! ここで待ってても食べられませんよ!」


 そう作業服姿の猫に言われるが、ソフィア達はパン焼き窯の側を離れることが出来ない。

 顔をくいと突き出し、鼻をすんすんと鳴らし……人前では絶対に出来ない有様になりながら、パイが焼き上がるその時まで、その場に居続けてしまうのだった。

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