第63話 皆で存分に楽しんで


「ちょっとキャロット! アタシまで浮かす必要はないじゃないだろ! 自分の翼があるってのにさ!」


 そんな声が響き渡る中、キャロラディッシュは猫達とアルバートとロミィをぷかりと浮かせてやる。


 自らの翼で飛ぶのと、宙を遊泳するのはまた違うはずだとキャロラディッシュがロミィの体を漂わせてやると……まんざらでもないのかロミィは嬉しそうに目を細め、その流れに身を委ねる。


 そうやって食堂に居た全員が……術者であるキャロラディッシュを覗く全員が遊泳をする中、シーのドレス作りが一段落して……出来上がったドレスを着替えては踊り、着替えては泳ぎとシーも、シーの周囲にいるソフィア達もその現象を思う存分に楽しみ始める。


「……うん? 

 ……小柄なシーだけあって、かなりの布地が余ってしまったな」


 その光景を存分なまでに眺めて……ふいにテーブルの上へと視線をやって、そんなことを呟くキャロラディッシュ。

 いくつもの布地を使いつつも、様々な柄を作り上げつつも、シーは人に比べたら圧倒的に小柄な存在であり……魔術で効率的に、必要最低限の布しか使っていないため、そのほとんどが余ってしまっている。


 無理に今使ってしまわなくても、また今度、必要になっときに使えば良いのだが……魔術で一部をほぐしてしまった状態で保存しておくというのも、なんだか気分が悪い。


 ならばいっそ全部を使ってしまえば良いと考えたキャロラディッシュは……杖を振るって布を更にほぐし、それぞれに形を、役目を与えていく。


 まずはロミィの脚にスカーフを。

 次にアルバートの肩に立派なマントを。

 

 猫達の肩にもマントをかけてやって……ソフィアとマリィには肩を軽く覆うケープを。


 そうやってキャロラディッシュが全ての布を使い切ると……特にアルバートと猫達が大きな喜びの声を上げて、わたわたと両手両足を振り回し、激しく空中を泳ぎ回り始める。


 格好良いマントを貰ってしまった。

 しかもそのマントは空中を泳げば泳ぐ程ひらひらと、格好よくたなびいてくれるのだ。


 もっともっと泳ぎたい、もっともっとこのマントを皆に見せつけたい。


 そんな思いでアルバートと猫達が食堂の天井近くを所狭しと泳ぎ回る。


 ソフィアとマリィはキャロラディッシュに礼をいって、そっとケープを撫でながらも大人しく漂うことを楽しみ、ロミィは目を細めたままスカーフの巻かれた脚を軽く振って、翼ではなく脚で空を舞うという未知の体験を楽しみ、グレースはマントの内側で丸くなり、シーは様々なドレスを次から次へと着ていって……。




 そんな夢のような時間は、誰にとっても短く、あっという間に過ぎていってしまう。


 窓から入り込んでくる空気が冷えてきたのを感じて、誰もがその時を自覚する。


 ああ、そろそろ夕食の準備をしなければ。

 ああ、もう遊びの時間は終わってしまった。


 それぞれがそれぞれの立場でそんなこと考えて、少しだけ寂しそうな顔をしていると、杖を振って一同を床へとゆっくりと下ろしていたキャロラディッシュが、仕方ないかとため息混じりの声を上げる。


「……まぁ、なんだ。

 毎日という訳にはいかないがたまには……10日に1回くらいはこういう日があっても良いだろう。

 ……お前達がそれまでの日々を真面目に懸命に生きたなら、またこういう機会を作ってやることを約束しよう。

 だから今はそれぞれがすべきことをするように。

 儂は怠け者には相応の態度で接するぞ」


 そんな言葉に対し、足元を確かめながら床に立ち……自らの脚で浮かずに歩くという、当たり前の感覚をどうにか取り戻そうとしていた一同はなんとも言えない顔をする。


 怠けている猫を叱ったことなんてないくせに。

 ソフィアやマリィが一日中を遊び呆けたとしてもそれはそれで良いと思っているくせに。


 言葉にはせず浮かべた表情でそう語った一同は……キャロラディッシュを本当に怒らせてしまう前にと表情を引き締め、


『はい!』 


 と、異口同音の返事をする。


 それを受けて満足そうに頷いたキャロラディッシュは、杖を振るい食堂中に舞った糸くずと埃をかき集め……それを食堂の隅に寄せ固める。


 十分に楽しんだのだから、そのくらいの片付けはしろと、そういうことなのだろう……一同がタタタッと駆け出し、それを片付けるために動き出すとキャロラディッシュはもう一度頷き、そうしてから立ち上がる。


 これから夕食の準備をするのだから、それが完成するまでにはまだまだ、かなりの時間がある。


 その間ずっとここに居ても良いのだが……目の前の者達に怠けるなと言った手前、そうするのはどうにも憚られる。


 そんな事を考えてキャロラディッシュは、食堂を後にし、書庫へと向かい……特にする予定もなかった、無理にする必要のない魔術の研究をするかと、頭の中でその理論を組み立てていく。


 論文一本をかき上げるのは難しいだろうが、その下準備は出来るだろう。


 あるいは全く未知の、新しい魔術を産み出して猫達を喜ばせてやるのも良いかもしれない。


 そんなことを考えながらキャロラディッシュが足を進めていると、その足元を何匹かの猫達がツンと顎を上げて、マントを手に持ち、優雅に振り回しながらとてとてと歩き始める。


 マントをそうしながら歩きたいのだろう。

 キャロラディッシュのことを手伝いたいのだろう。


 自分は怠け者ではないですよ、というアピールもあるのかもしれない。


 そうやって自らの側に付き従う猫達を見やったキャロラディッシュは、その髭の中で蠢く口元でもって、笑顔を作り出すのだった。

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