第59話 ロミィから見たソフィアとマリィ
ロミィから見てソフィアはとても良い子だった。
マリィのよき友達で、自分にも優しくしてくれて、猫達にも優しくしていて。
あれこれと考えすぎて……自分の言いたいことだけでなく、相手がどう受け取るかも考えすぎて中々言葉が出てこないマリィに対し、何も言わず、静かに微笑んで言葉が出てくるのを待ってくれる良い子。
そこに侮りや蔑みの感情は一切なく、マリィがどうしてそうしているのか、その内心を察した上で、マリィの気持ちを真っ直ぐに受け取って、そんなマリィのことが好きだと、友達になれて良かったと微笑むことの出来る良い子。
一つのことに興味を持ったらひたすら真っ直ぐにそのことを突き詰めて、次々と本を読み知識を深めていく勤勉さも、ソフィアの良い所だと言えた。
マリィは逆に何でもかんでも、色々なことが気になってしまって、気になること全てのことを知りたがる性格であるようだ。
あれも知りたいこれも知りたい、目に映るもの全てに興味があるという、そういう子。
傍目に大人しいと思われがちであるが実のところはそれも違っていて、マリィの内心で巻き起こる欲求と興味に幼い体がついていけてないだけで、相応に成長したなら、大人の体を手に入れたなら、思う存分に駆け回り、興味あること全てを調べて回るのだろう。
経験が足りない、体が足りない、一歩踏み出す勇気が足りないだけで、一度その知識欲に火がついたなら、ロミィであってもソフィアであっても、キャロラディッシュや祖母であっても、マリィの足を止めることは出来ないのかもしれない。
(アタシも知恵というものを手に入れてみて、新しいことを知るという喜びがどんなものであるかを知ったけれども……マリィのそれはアタシのとは全くの別物、きっとその魂が尽き果てるまで知識を溜め込み続けるに違いないわ)
と、そんなことを考えながらロミィは、庭に立てて貰った止り木の上で、自らの翼の手入れをしていく。
クチバシでちょいちょいと羽を整え、くいくいと汚れを落とし……わざわざ自分でしなくとも、マリィが毎日のように手入れしてくれるのだが、それはそれ、こればっかりは抗いがたい本能なのだと、忙しなくクチバシを動かしていく。
そうしながらロミィはその大きな両目でもって……庭の中に生えている様々な草を手に取り、それが何であるかを本で調べ、そうしながら笑い合うソフィアとマリィのことをじぃっと見つめる。
(マリィは大人になったらどんな子になるのかしら。
……研究者? いや、キャロットのようになっちゃうのはごめんだね。
研究者よりも、その知識を他所の人間に振る舞う……教師? になるほうがきっとマリィにとっても幸せに違いないよ。
ソフィアは……ソフィアは、うん、きっと良い後継者になるんだろうね)
ロミィは常にソフィアの側に居る訳ではなかったが、それでもソフィアの側にいることが多く、ソフィアのことを……その表情の変化を、その鋭い目でもって見逃すことなく観察していた。
いつも笑顔で、柔らかに微笑んでいるソフィア。
だが時折……その表情を大人びさせて、何処か遠くへと視線を向けて、瞳を力強く輝かせることがあった。
確かな意思を感じるその表情は、猫達や屋敷や、周囲の牧場や、キャロラディッシュに向けられていることが多く……ソフィアはそうやってキャロラディッシュが守っているものを見つめながら、いつか自分がそれを守る立場になるということを、再確認しているのだろう。
ロミィにはまだ貴族が何であるのか、どういう生き方をする存在なのかがよく分かっていない。
だがソフィアを見ていれば、それが生半可な生き方ではないことは嫌でも伝わってきていて……ロミィは庭の外に広がる平原で「うぉぉぉぉ!」と声を上げながら駆け回るアルバートのことを見やる。
(アルバートがああやって自分を鍛えているのも納得だね。
ソフィアの顔を見ていたら……あの笑顔を守ってやりたいと、あの子の進む道を綺麗なものにしてあげたいと思うのは普通のこと。
その上アルバートはソフィアと幼い頃から一緒だった訳だし……ソフィアは命の恩人でもある訳だし……アタシだってアルバートの立場だったらああしていただろうねぇ。
……木で作った槍を振り回しているのはよく分からないけど……。
……その方が騎士っぽいからって木の兜を被ってるのもよく分からないけど……アンタにはその牙と爪があるだろうって言いたくなっちゃうけど、まぁうん……気持ちは分かるよ、アルバート)
自らはソフィアを守る騎士である。
そういう思いでもって、木製突撃槍を構えて、庭の周囲を駆け回るアルバート。
その姿をじぃっと見ていたロミィは……唐突にばさりと翼を振るい、止り木から飛び立ち……庭に入り込もうとしていた毒虫をその足でもってがしりと掴まえて……そのまま地面へと叩きつける。
「ダメだよ、あの子達の楽しい時間は邪魔させないからね。
……アンタにその木はなくても、あの子達にとってアンタは恐怖の対象なんだ。
……ま、アタシの縄張りに入ったのが運の尽きと思って諦めておくれ」
そう呟いたロミィは、そのクチバシでもって毒虫にトドメをさし……毒虫の一部、その毒を溜め込んでいる部分を器用に取り除き、その残りをパクリと食べる。
「……あ、だ、ダメだよ、ロミィ。
そんな訳分からない虫なんか食べちゃ……。
美味しいご飯は皆がちゃんと用意してくれるんだし……」
突然飛び立ったことに驚いたのか、その理由が気になったのか、近くに駆け寄ってきたマリィがそんな言葉をかけてくる。
「……ごめんよ、マリィ。
野生だったときの癖でね、こういう派手な虫を見るとついついクチバシが出ちゃうんだよ。
これからは気をつけるようにするよ」
君達を守る為にやったんだよとはあえて言わずに、そんな言葉を返すロミィ。
それを受けてマリィは頬をぷくうっと膨れさせて「もう! しょうがない子なんだから!」なんてことを言って、ロミィのことをそっと抱き上げてくれる。
そうしてその翼についた草の破片なんかをそっと取り払いながらマリィは、その温かな手でもってロミィの頬を撫でてくれて……ロミィは目を細めながらその温かさを堪能するのだった。
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