第58話 世話焼きロミィ
幼少の頃からの森の暮らしがそうさせるのか、物を扱うことを主としているその魔術の在り方がそうさせるのか……驚く程の器用さを発揮してみせたマリィは、何匹かの猫達の手を借りながら、小フクロウのロミィの為の止り木と巣箱を、ロミィが望む通りの形に……見事な完成度でもって作り上げた。
屋敷の所々に何本もの止り木を立てて、自らの部屋に寝床や宝物入れ、水飲み場などを設置した巣箱をおいて……そうやってマリィは、ロミィとの絆を紡いでいった。
献身的とも言えるマリィのそんな態度に対し、ロミィは全力での親愛でもって応えることにしたようで……そうしてマリィとロミィは姉妹のような家族のような、ソフィアとアルバートの関係とはまた違う、独特の関係を持つようになっていった。
そんなマリィ達の在り方をキャロラディッシュは静かに見守り、ソフィアは微笑ましげに見守り……猫達を含めた屋敷の誰もがロミィの存在を当たり前のものとして受け入れていた。
「ほらほらマリィ、目を覚ましたならしっかり髪を整えなきゃダメよ。
ただでさえアンタ達は羽毛が無いんだから、せめて髪の毛を整えなきゃ美しく見えないじゃないか」
「ソフィアはちゃんと髪を整えてるんだけど、どうにも食が細くて良くないねぇ。
もっともっと食べなきゃダメだよ、何ならアタシが良さそうなお肉を取ってきてあげようか?」
「キャロットはアレだねぇ……良い巣は持っているけど、つがいを持てない甲斐性無しなんだねぇ。
……十分な財産はある? ならどうしてメスが寄ってこないのさ」
と、毎日の暮らしの中で、そんな言葉を臆面もなく吐き出し続けるロミィは、少しばかりおせっかいというか世話焼きというか……キャロラディッシュが苦手とする『余計なお喋り』をしてしまうような性格だったのだが……それでもキャロラディッシュはどうにかこうにか、鳥のすることだから、小フクロウのすることだからと、限界まで引き出した忍耐力でもって、そんなロミィの存在を受け入れていた。
目ざとく、賢く、勘が良いロミィが、キャロラディッシュのそうした忍耐に気付けなかったのは、ロミィはロミィで慣れない新生活に戸惑っている部分があったからだった。
今までは森の中で捕らえた獲物を食べていればそれで良かったのだが、この屋敷でそれは好まれないことだった。
ネズミを捕ること、それ自体は猫達もやっていて、よくやったと褒められる行為だったのだが……それは食べるとなると別問題で、良い顔はされず、それどころか病気の心配をされる始末。
食事はあくまでテーブルの上で、猫達が加工した肉を食べて欲しいとのことで、ロミィはそんな野生の日々とは全く違う日々を、なんとも複雑な思いで過ごしていたのだった。
三日後の朝食の時間。
「ま、美味しいは美味しんだけどねぇ……。
そのうち慣れるのかねぇ……」
と、そんな事を言いながらマリィの目の前のテーブルの上に鎮座し、用意された朝食を咥え込むロミィ。
ロミィ用ということで、特別に用意されたその腸詰め肉の香りとクチバシから伝わってくる味を堪能したロミィは……それを一気に飲み込んで、そのつるりとした喉越しを存分に味わう。
野生の獣を食べて居た時には味わえない独特の喉越し。
加工された腸詰めだからこその独特の風味。
それを二本、三本を飲み込んだロミィは、小さな器にたっぷりと入れられた水にクチバシを差し込み、こっくこっくと水を飲んでいく。
そうして一心地ついたロミィは、翼の毛繕いをし、腹羽毛の毛繕いをし……トトトッとテーブルの上を駆けてから、キャロラディッシュに声をかける。
「ところでキャロット、お願いがあるんだけどね。
アタシのクチバシかツメを、もっと鋭く、大きくして欲しいんだけど、出来るかい?」
その言葉を受けてキャロラディッシュは、食事の手を一旦止めて、言葉を返す。
「出来ないこともないが……理由は何だ?
あまり体を変化させすぎると、己が何者であったのかを見失い、魔物と化してしまうこともあるのでな、相応の理由がなければ出来んことだぞ」
「……んん。
まぁ、アレだよ。アタシもアルバートみたいにさ、マリィを守る為の鍛錬をしたいんだよ。
アルバートは毎日毎日、ソフィアを守る為にって駆け回ったり、狩りの練習をしたりしているだろう?
アレを見てたらね、アタシもうかうかしてられないっていうかね……マリィの為に何かしてやりたいのさ」
切れ悪くそう言うロミィを見やったキャロラディッシュは、髭を撫で回しながら考え込んで……考えて考えて、そうしてから言葉を返す。
「ロミィ、お前の気持ちはよく分かった。
マリィを守る為というのであれば、いずれはそのための鋭い爪を用意してやるとしよう。
だが今はまずマリィと絆を紡ぐことと、ここでの生活に慣れることを優先すると良い。
……そうしているうちにマリィも一人前の魔術師となることだろうし、そうなればわざわざ儂に頼まんでも爪の一つや二つ、容易に鋭くして貰えることだろう。
……ただし、クチバシに関しては変にいじらない方が良いだろうな。
お前達鳥はクチバシにて味を感じると言うからな……下手にいじって味の感じ方まで変化してしまうと、食事を楽しめなくなってしまうかもしれんぞ」
その言葉を受けてロミィはぎょっとし……落ち着かない様子で首をくいくいと動かしてから……こくりと頷いて、マリィの側へと駆け寄っていく。
それを受けてマリィが、ロミィの翼を優しく撫でてやると、ロミィは目を細めて……その手の温かさを堪能する。
そんなマリィとロミィの様子を見て……何をそんなに焦っていたのかは知らないが、とにかく落ち着いてくれて良かったとキャロラディッシュが頷いていると……テーブルの下からひょっこりと、はちみつの入ったカップを抱えながら顔を出したシーが、こそりと声をかけてくる。
「……オイラ、分かっちゃったよ。
ロミィはどうにかここでの居場所を作ろうと、マリィ『達』の良き母、姉であろうと焦っちゃってるんだよ。
女神の使いとも言われる小フクロウはなんだかんだ愛情深いからねぇ、知恵を持っちゃったことで、その母性が爆発しちゃってるんだろうね。
しかもその対象がマリィだけじゃなくて、ソフィアや猫達、キャロットにまで向いているってんだから笑っちゃうよね。
この巣を……お屋敷全部を守りたいからその為の力が欲しい、切れの悪い言葉の中に潜んでいた真意は、そんな所なんじゃないかな」
その言葉を受けてキャロラディッシュは、なんとも苦い顔をし、なんとも言えず複雑な気持ちを懐き……そうして「ふんっ」と強く鼻息を吐き出してから食事を再開させるのだった。
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