第56話 ハーブ摘み
雨が散々に降った日の翌日。
初夏らしく晴れ渡り、爽やかな風が吹き、昨日とは違って快適な一日を過ごせそうだと、そんなことを考えながらキャロラディッシュが食堂での朝食を進めていると、誰よりも早く朝食を終わらせたらしいマリィが、キャロラディッシュの前に立って……何か言いたいことでもあるのかおずおずとした態度で、もごもごと口ごもる。
「……どうした? 何かあったのか?」
口ごもったまま何も言えないでいるマリィを、変に威圧してしまわないように出来得る限り柔らかく……ゆっくりとキャロラディッシュが問いかけると、マリィはようやく口を開いて……短い言葉を口にする。
「……は、ハーブ摘みにいきたいです……」
マリィにそう言われて咄嗟に「何じゃと?」とそんな声を上げそうになったキャロラディッシュは、ぐっとその言葉を飲み込んで……そうしてからその内心で様々なことを考える。
ハーブ摘みくらい好きに行ったら良いではないか。
わざわざ許可を取るようなことなのか。
どうしてこんな態度で許可を取ろうと思ったのか……もしかして皆で一緒に行きたいのか?
……と、そんなことを。
マリィは大陸の森生まれの魔女であり……ハーブや薬草を使った魔術を得意としている。
魔術以外の部分でも、調味料として、薬として、化粧品として、お茶として、加工品や保存食に欠かせない薬味としての役割もあり……特にハーブの扱いに長けた魔女達にとって、ハーブは生活に密着した……生活そのものであると言っても過言ではないものである。
そんなマリィにとって今くらいの季節は、様々なハーブが手に入る大切な時期であるのだろう。
昨日の雨を受けて、今頃は様々なハーブが伸び伸びと葉を伸ばしているのだろうし……ハーブ摘みに行くのであれば、確かに今日をおいて他にはないといっても良いくらいのタイミングではある。
初夏という良い時期のハーブ摘みとは、魔女達にとって恐らくは、ピクニックのように楽しいものであり……きっとマリィはその楽しさをキャロラディッシュやソフィアと共有したくてそうしているのだろうと、そこまで考えてキャロラディッシュは「よし、行くとしようか」と短い言葉を口にし、こくりと頷く。
するとマリィは満面の笑みを浮かべて、魔力を弾けさせてふわりと髪の毛を揺らして……そのままタタタッと食堂を駆け出ていく。
その姿を何も言わずに見送ったキャロラディッシュは……食事を再開させ、気持ちいつもよりも早めに食事を済ませるのだった。
朝食を終えて身支度を整えて……そうしてキャロラディッシュ一行は、いつもの散歩の代わりという形で、屋敷の周囲を散策しながらのハーブ摘みを行っていた。
スキップを交えながらの軽い足取りで前へと進み、何らかのハーブを見つけてはしゃがみ込み、その名前と特徴と薬効を確認してから、その薬効を失わないよう定められた手順で摘み取って、腕にかけたバスケットにそっとしまう。
そんな風にハーブを次々と摘み取っていくソフィアとマリィは、いつもよりも気持ち薄手の、日光を弾く白のドレスに身を包み、日光避けの大きな帽子をかぶっており……その周囲を日傘を持ったヘンリーとアルバートがうろちょろうろちょろと、二人の邪魔にならないように気遣いながら駆け回っている。
あれだけ大きな帽子を被っているのだから、日傘など必要ないだろうと彼女達の後方をゆっくりと歩くキャロラディッシュは呆れるが、そんなことに気付きもせずにヘンリー達はソフィアとマリィの為にと懸命に日傘を振り回す。
そんな風に一行が進む屋敷の周辺は自然の技と、屋敷の周囲に住む動物達の働きのおかげで、様々なハーブが繁茂する独特の空間となっている。
屋敷の庭園には猫達が好むハーブが。
牧場の周囲には家畜達が好むハーブが。
なんでもない、ただの平原に見えるような一帯にも、キャロラディッシュが薬になるからと植えたものや、工房の猫達がソーセージ造りに必要だからと植えたものや、ロビン達が美しいからと種を運んできたものなどがあり……結果としてハーブの楽園といっても良い空間が構築されていたのだ。
ハーブの生育を阻む植物や、虫などは毎日のように猫達が、あるいは気まぐれにキャロラディッシュが駆除しているために、その量、種類は本当に豊富で……ハーブの本場である大陸生まれのマリィであっても驚かずにはいられず「凄い! 凄い!」と、そんな声を上げながら、夢中でハーブを摘み歩いている。
そんなにもハーブが好きなのであれば、ハーブ摘みが楽しいのであれば、もっと前から……許可など取らずにハーブ詰みをしていたら良かっただろうにと、キャロラディッシュはそんなことを思う。
だがマリィからしてみると、それだけ手間暇をかけた管理されたハーブ園を勝手に、ただ楽しみたいからという自分勝手な理由で荒らすことなど出来ようはずもなく、今朝の一言を発するだけでもかなりの勇気が必要だったりしたのだが……そこまでは思い至らずキャロラディッシュは大きなため息を吐き出す。
ソフィアは魔術師的にも、一人のレディとしても順調な成長を見せている。
このまま順調に成長していけば……キャロラディッシュの後継として不足のない人物となることだろう。
だと言うのにマリィはあいも変わらず人見知りのもままで、ある程度の成長はしているものの、まだまだ満足とは言い難く……キャロラディッシュはどうしたものだろうかと、小さく唸る。
……人見知りとは時に一生付き合っていかなければならないような、その人物の魂に根ざしたものであることもあり……もしマリィの人見知りがそういった類のものであるならば、人見知りを治すことよりも、人見知りでも問題なく生きていけるような、そういう術を授けるべきなのではないだろうか……。
と、そんなことを考えたキャロラディッシュは、歩幅を大きくしてソフィア達の側へと近づき……そうしてからマリィに真剣な表情をしながら声をかける。
「……マリィ、好きな動物はおるか?」
その突然の一言にマリィは、訳が分からず、ただその小首を傾げることしかできないのだった。
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