第54話 琥珀
ヘルガから渡された王様からの贈り物……それは琥珀だった。
大陸の名産品、魔女達のお守り、魔術の発動を助ける太陽の雫。
指輪にするのにちょうどよい大きさで、その程度の大きさであれば大した価値は無いのだが……琥珀は大陸の王族が贈るとなると特別な意味が発生するもので、非凡な魔術師であることを認めるという意味や、魔術師として歴史に名を残すに値すると評する意味があり……それは金銭よりも何よりもキャロラディッシュにとって喜ばしい贈り物であった。
あくまで個人的に、とのことなので、公的に認めるという訳ではないのだろうが……それでも王族からの……大陸の王族からの琥珀だ、決して軽々しいものではなく……キャロラディッシュは自分でも驚く程にそのことを喜び、それなりに素直にその琥珀を受け取ったのだった。
ヘルガは、
『指輪でもブローチでも、アンタなら加工は簡単だろう?
好きに削って身につけておけば良い』
なんてことを言っていたが、加工なんてとんでもない。
受け取った時の状態で、このままの状態で、執務机の上にでも飾っておこうなんてことを思った訳だが……結局、何処かに飾ることさえも惜しくてキャロラディッシュは、夕食を終えても風呂を終えても尚も手放せず……ベッドの中に入り込んだ今も尚、手に持ち見つめ続けていた。
夕方になっても夜になっても手放せず……そろそろ深夜に至ろうかという頃、屋敷の外からリィンと、静かな音が響いてくる。
それは空気の振動による音ではなく、魔力の鳴動によって起こる音で……一瞬キャロラディッシュは、何某かの攻撃かと身を固くするが……すぐに自らが張った結界が正常に作動していることを察知し、敵意あるものの魔力では無いようだと安堵する。
とは言え無視して良いものではない。
敵意のない、身内の魔力だとして一体誰の魔力なのか。
ソフィアやマリィの仕業であれば、一体何をしているのだと、さっさと寝なさいと叱る必要があり……ゆっくりとナイトウェアに手を伸ばしたキャロラディッシュは、それを羽織って窓へと足を向ける。
窓を静かに開き外の空気と魔力を感じ取り……その軌跡を懸命にたどる。
どうやらその魔力は僅かな魔力を放ちながらぐるぐると、屋敷の周囲や、この辺り一帯を定期的に周回しているようで……名目し、己の中の大樹に語りかけ、見えない枝を窓から外へと伸ばし、そこから網のように張り巡らせたキャロラディッシュは……そのまま息を殺し、魔力が揺らがないように落ち着かせて、その網に周囲をウロウロとしている何者かがかかる時を静かに待ち続ける。
「う、うわっ、なんだこれ!?」
それからすぐにそんな声が響いてきて、聞き慣れたその声にため息を吐き出したキャロラディッシュは、静かに魔力の網をたぐる。
「お前は一体何をしておるんだ……」
網を手元まで引き寄せたキャロラディッシュが、それに語りかけると、そろそろ季節外れになりつつあるブルーベルの茎を手に持ち、光を放つ蕾を揺らして屋敷の周囲の宙をカツコツと歩いていた……魔力の主、シーが苦い表情を向けてくる。
「い、いやぁ、オイラはほら、別に寝なくても良い存在だからさ、夜の見回りでもしようかと思って」
「寝なくても良いとはいえ、寝ることは出来るのだろう?
ならば大人しくあの家で……わざわざベッドまで用意してやったあの家で眠ると良い。
それかソフィアの部屋やマリィの部屋に作った寝床で寝るか……何にせよ夜なのだから、妖精であっても眠るのが礼儀というものだろう」
「れ、礼儀と来たか……。
いや、うん、まぁほら……普段屋敷の周囲を見回っている猫達も夜深くは眠っているだろう?
そもそも魔力の感知は得意ではないようだし……アンタの結界があるとはいえ、少し不安でさ、ならオイラが見回りくらいはして良いかなって……」
網に絡まったまま、視線を反らしながらそう言うシーに……キャロラディッシュはため息まじりの言葉を返す。
「不安なのか。
連中に気分よく仕返ししたまでは良かったが、思った以上に効果を上げてしまって、連中が恨みを持って報復してくるのではないかと、そう思っているのだな?
全くこの愚か者め……」
そう言ってシーのことをぎょろりと睨むキャロラディッシュ。
その瞳には怒りの色が浮かんでいて……シーは思わず苦い顔をして身をすくめる。
それを見て再度のため息を吐き出したキャロラディッシュは……見えない魔力の枝を屋敷の周囲に伸ばしながら言葉を続ける。
「……儂が怒っているのは、何よりもこの儂の魔術を見くびったことだ。
邪教の連中なんぞが儂の結界を破って、この屋敷まで近づけるなどという見くびり……それが許せん。
だからそこで見ているが良い、この儂が描く新たな結界でもってその不安を消し飛ばしてくれるわ」
そう言ってキャロラディッシュは杖代わりに手にした琥珀を振るって……大樹に溜め込んだ魔力を一気に放出させる。
最近色々とあって魔力を使ってばかりで、あまり量も質も良くないものだったが……そこはこの大陸産の琥珀でカバーしてやれば良いとばかりにキャロラディッシュは、魔力を取り込み光を放つ琥珀を何度も何度も振るい、空中に文字のようなもの描き……見えない枝を次々と、屋敷の周囲に縦横無尽に張り巡らせる。
それはもはや網と言うよりも、強固な檻のようですらあり……檻のような結界が出来上がっていく光景を眺めて唖然としていたシーは、琥珀を振るうキャロラディッシュの顔を静かに見上げる。
その瞳に宿っていた怒りの色はすっかりと消え失せていて、琥珀で魔術を使うのが余程に楽しいのか、子供のような輝きを抱かせていて……その瞳をじぃっと見やったシーは、くすりと笑い、声を上げる。
「思えばその琥珀も、オイラの活躍があったからこそ貰えたんだよね。
ならまぁ……この檻みたいな結界もオイラの成果といえる訳……か」
その声を受けてキャロラディッシュは憤怒の表情を浮かべるが、シーは全く怯みもせずすくみもせず、光を放つブルーベルの花を揺らしながらくすくすと笑い続けるのだった。
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