第51話 帰還


 シーとクラークによるちょっとした騒動がありつつも、港での社会見学は順調に、問題なく進んでいった。


 港を出入りする船の国籍を知り、積荷を知り、世界の広さと数多くの国を知り、行き交う船をどう管理するのか、数多の積荷をどう管理するのか、それらを運ぶ船員達が何か事件を起こした際にどう処理していくのかを、話を聞くだけでなく実際にその現場を目にすることで、着実に学んでいくソフィアとマリィ。


 ソフィアにとっては自らの将来に関わることで、マリィにとっては故郷の森ではまず見られない光景で。


 終始熱心に、飽きることなく見学が続けられて……そうして日が沈み始めた夕方頃、ソフィアとマリィの体力が尽き始めたことにより、ようやく見学は終了となった。


 すぐさま宿に戻り、髪や服にまとわりついた潮をキャロラディッシュの魔術でもって払ってもらい……夕食を済ませ風呂を済ませ、心地よい疲労感と共に眠りに就く。


 ソフィア達がそうやって眠りに就いたのを確認したキャロラディッシュは、後のことをヘンリー達に任せ、彼女達の寝室を後にし、ビルの待つリビングへと足を向ける。


 質素な見た目ながらしっかりとした造りの、高級家具が並ぶリビングには、難しい顔をしたビルが待機していて……キャロラディッシュはため息を吐き出してから声をかける。


「件の男の不正はそんなに大きな問題だったのか?」


「いえ……その、それ程では無かったのですが、まさかあんな馬鹿な真似を見逃してしまっていたとは……と、恥じ入っていた所です」


 そう言ってビルは本当に申し訳なさそうに顔を歪めるが……キャロラディッシュは気にした様子もなく、ひらひらと手を振りながら言葉を返す。


「大した話でないなら、気にすることでもあるまい。

 不正は確かに無いほうが良いがな、人が関わる以上は完全に無くすというのは難しい話で……発覚する度に正しく処理していくしか無いことでもある。

 適切に処理し、法に則って処罰し、不正したらこうなると広く報せることで抑止していくしかあるまい。

 ……間違っても職員同士を監視させるなどといった手には出るなよ、そんな息苦しい社会は、儂が最も嫌うところだ。

 厳しく律することも時には必要だろうが、そうするまでもなく自らで律してこその理性、知性の美徳というものだ」


 キャロラディッシュのその言葉に、密告制度か連帯責任制度を導入してはどうかと悩んでいたビルは、目を丸くして驚き……何も言わずに静かに目礼する。


 それを受けて再度手を振ったキャロラディッシュは、これ以上何かを言う必要もないだろうと自室に向かい……寝支度を整えベッドへと潜り込む。


 そうして翌日も観光と見学、翌々日も観光と見学とフェリークスの日々を堪能した一行は……そろそろ屋敷に、皆の下に帰ろうかとのキャロラッディッシュの一声を受けて、帰り支度を整えていく。


 宿のそこら中に広げて散りばめた荷物を片付け、買ったお土産をどうにか馬車へと詰め込んで……そうしてから別れの挨拶の為にクラークの下へ。


 港へ向かい、今日も今日とて甲斐甲斐しく港の管理を手伝っていたクラークに、キャロラディッシュが一行を代表して声をかける。


「クラーク、屋敷に帰ることになったのでな、挨拶にきた」


 するとクラークは、その足でもって荷降ろしを手伝いながら声を返してくる。


『おや、もうおかえりッスか? 寂しくなるッスねー』


「シーが分体をここに残していくと決めたそうなのでな、何かあればシーの分体に伝えれば良い。そうしたならすぐさま儂等に伝わることだろう」


『ははぁー、シーちゃんにはそんな力があったんスねぇ……。

 了解了解、分かったッスよ!』


「逆に言えばお前が何かをやらかしてもすぐに儂等に伝わるということだ。

 そのことを常に心がけ理性ある行動をするようにな。

 それとその身体に飽いたなら魔力の吸収を止めれば元に戻れるのでな……そのことも心の片隅に置いておくが良い」


『アイアイ、了解ッス。

 悪さをするつもりはねーですし、例の邪教でしたっけ? 連中が何かやってきたら即対処するんで、そこら辺のことも任せてくださいッス!』


「……お前の言葉はどうにも軽くて信用が置けんのだが……まぁ、今はその言葉を信頼しておくとしよう。

 もし邪教連中を相手にして何らかの戦果を上げたなら、それ相応の報酬を用意してやるからな、励むと良い」


『おお! マジっすか! 了解ッス、了解ッス!

 こんだけの積み荷が行き交う港の主なら、たんまりと金持ってそうッスからねー、ご褒美も期待しちゃいますねぇ!』


「……流通経済だの金だの、いつのまにそんなことを学んだのだ?」


『そりゃぁもちろんソフィアちゃん達のお勉強タイムのおこぼれッスよ!

 こう見えてタコは賢いッスからねー、このままこの港で学び続ければ学者さんも夢じゃないッスねー!』


「そうか……ならば今度、論文の書き方でも教えてやるとしよう」


『はっはー、冗談ッス、冗談ッス。

 論文とか堅苦しいのはマジで勘弁ッス……冗談ッスからね? マジで勘弁してくださいよ?』


 と、そんな会話をし別れの挨拶を交わし……続く形でソフィア達もクラークとの別れを惜しむ挨拶を交わし……慌てて駆けつけてきた役所の面々、ビートを始めとした港の面々とも挨拶を交わし……そうして一行は準備が済んだ馬車へと乗り込み、フェリークスの町を後にしていく。


 そうして馬車はゴトゴトと音を立てながら街道を行き……来た時とほぼ同じ行程を経て、キャロラディッシュの屋敷へと到着するのだった。

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