皇子と原住民

 それから二人は洞窟の外に出て、小屋へと向かっていた。

 ジョセフィーヌは小柄な女性だが、アースと歩く速度は余り変わらない。

 やはり、歩いているだけでも何か力強さのようなモノを感じてしまう。

 ちなみに倒したトリプルヘッドスネークは、捌ける技術が無いので気絶したまま放っておかれた。


「何ですの……?」


 アースは興味津々で、横を歩く女性をチラチラと見る。

 どうやらそれを気付かれたらしい。


「ははは、俺のモノになれ、お前!」


「いきなり出会ったばかりで〝お前〟って……。そもそも、あなたは誰なんですの?」


「俺か? 聞いて驚くな、俺は大帝国の第一皇子アースだ!」


 アースは名乗りを上げるも、酷く胡散臭そうな目で見られていた。

 ショックで頭がおかしくなって、自称で第一皇子を名乗っているのだと思われているのだろう。


「はいはい、アースさんね。仕方がないからわたくしも自己紹介――ジョセフィーヌですわ」


「ジョセフィーヌか、良い名前だな! 原住民!」


「原住民って……」


「ははは! お前と呼ばれるのが嫌そうだったからな!」


 笑っていたアースだが内心、その名前に聞き覚えがあった。

 死刑同然に追放された悪役令嬢ジョセフィーヌ。

 同名だが……どう考えても、素手でトリプルヘッドスネークを倒す女が同一人物とは思えない。

 名前が一緒なだけだろう。

 そう判断した。


(それにもし悪役令嬢と呼ばれるような心の醜い女なら、俺を助けずに見殺しにするはずだしな)


 目の前のジョセフィーヌは、アースに対して興味なさげだが、善人だということはわかる。

 そして、凄まじく強い。

 引き入れることができれば、帝国の戦力として心強いだろう。


「ということで、俺のモノになれ!」


「何この人、壊れた蓄音機みたいに同じことしか喋れないのかしら……」


 ジョセフィーヌは金髪ドリルを揺らしながら、やれやれと首を左右に振って諦め気味だ。

 アースはコミュケーションの分厚い壁に阻まれながら、山小屋に到着した。


「今から山を下りると夜になりそうですから、山小屋に泊めてあげますが……」


「ほほぅ、やはりこの山小屋に住んでいたのだな。すごいぞ、原住民!」


「原住民原住民って……わたくしも数ヶ月前にやってきたばかりですわ」


「ははは、今来たばかりの俺からしたら立派な名誉原住民だ」


「コイツ、絶対にモテないですわね……」


 アースにジト眼を向けてから、ジョセフィーヌはいつものように鉄球を取りだした。

 強く握りしめて、腕を上下させて筋トレを始める。


「ふむ、女の身でありながら身体を鍛えるのか」


「最近出来た趣味ですの」


「趣味? 真の筋トレとは苦痛に耐えながら強くなる鍛錬だ。それを趣味と……。どれ、この俺が筋トレ暦の違いを見せてやるか」


 アースは余裕の表情を見せて、ジョセフィーヌと共に筋トレをすることにした。

 しかし、一時間――二時間――三時間――

 徐々にアースから余裕の表情は消えてきていた。

 ジョセフィーヌとしては室内の軽い筋トレのつもりなのだが、普段から身体を鍛え上げているはずのアースが付いていけないのだ。


(お、おかしい……。外見は程々の筋肉しか付いていない女だ……何か強さの秘密があるのか……)


 それからアースは、ジョセフィーヌの強さを探りつつ、帝国にスカウトするために『俺のモノになれ!』と度々、山小屋を訪れるようになっていったのだ。




 ――それからしばらくの日数が経過した。

 暇を見つけては通い詰めていくアースだったが、自らの身体の変化に気づき始めていた。


「物凄く気分が晴れやかで体調が良いな……。それに、さらに俺の筋肉にも磨きがかかっている」


 それは勇者の修行場としての効果と、ジョセフィーヌの効果的なトレーニングが組み合わさった結果なのだが、アースは違う感想を持っていた。


「……たしか、恋は肌つやを良くするという話を聞いたことがあるな。もしかして……俺はジョセフィーヌに恋をしているのか!?」


 アースはここ数ヶ月のことを思い出していた。

 筋トレは辛い、鍛錬のために仕方なくするモノ――という固定観念を持っていたのだが、ジョセフィーヌは妙に楽しそうに筋トレをするのだ。

 自分とは違うその姿に、何か惹かれるものがあった。

 引き締まった身体の美しさだけではなく、その心持ちすら愛おしく感じてしまう。


「つまり、あいつ――ジョセフィーヌと一緒にいれば、俺は恋し続けられて、どこまでも強くなれるのでは……?」


 恋をすると強くなると思い込む→それならずっと一緒にいられる妃にすれば強くなり続けられる。

 そんな馬鹿げた発想がアースから浮かんできた。

 たしかに馬鹿げているが、直感的な恋と実益を兼ねた強固なモノだ。

 その決心は固く、プロポーズとしての意味で『俺のモノになれ』と告げようと思ったのだが――……それはできなかった。


「……いや、将来の皇帝となる俺は、本当の愛を手に入れることができるのか……?」


 母親から受けた呪いが、まだ心の奥底にヘドロのようにこびりついているのだ。

 拭っても拭っても取れない。

 魂の黒い染み。

 自らの手で心臓を抉ってしまいたくなるような衝動が襲いかかる。

 それを抑え、己が心を強引に納得させるために――ジョセフィーヌに対していつものアレをセッティングすることにしたのだ。


「まずはグランツを差し向けてみるか……。あいつは良い男だからな。あとは二人ほど……」


 それと同時にジョセフィーヌの素性の調査を帝国の総力を以て行った。

 あそこまでの逸材がノーマークだったのはおかしい。

 しかし、意外なことが判明した。


「……なに? 少し前まではただの令嬢……いや、悪役令嬢と呼ばれていた公爵家のジョセフィーヌと同一人物だというのか……?」


 そこから次々と判明していく王国による、ジョセフィーヌへの所業。

 アースは王国へ制裁を加える計画を立てることとなる。

 もちろん、一方的にダメージを与えるだけではなく、狡猾に帝国の利益になるように。




 それらは実行され、すべてが上手くいっていた――……カロリーヌと直接対決するまでは。

 ジョセフィーヌに本当の気持ちを伝える前に、アースはまたしても呪いを身に受ける事となった。

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