黒騎士ドレッド・モーレは二度死ぬ
ずっと変な呼吸音を発している黒鎧から現実逃避したいので一眠りしようとしたが、さすがに気になって眠れない。
アースに文句を言うために彼を探したが、すでにその姿はなかった。
「チッ、いつものように逃げやがりましたわね……」
山小屋に残ったのはジョセフィーヌと、突っ立って無言の黒鎧だけだ。
まずはコミュニケーションが取れるかどうか確認することにした。
「は、ハロー……こんにちはですわ……」
黒鎧はコクリと会釈をした。
どうやら喋れないらしいが、言葉は通じているようだ。
「騎士のドレッドさん……でしたわね。ええと、一緒に筋トレをしたい……ですの?」
コクリと頷く黒鎧――ドレッド。
何者なのかが全くわからない。
本当にドレッド・モーレという名前なのかすらも怪しい。
もしかしたら、実は知っている人間がからかってきているという可能性もある。
とりあえず、顔を確認しておきたいが、兜を取って顔を見せろというのも失礼すぎる。
(ここは自然に……そうですわ!)
頭の中に詰まっている筋肉を働かせて、ジョセフィーヌはナイスアイディアをひねり出す。
「筋トレには充分な水分補給が必要ですわ! 先ほど汗をかかれていたので、お水をどうぞ!」
ジョセフィーヌは水の入ったコップを持ってきて、ドレッドの前に差し出した。
これを飲むためには兜を取って顔を見せなければならない。
つまり、失礼ではなく自然な形で顔を拝むことができるのだ。
「さぁ、お飲みになって!」
ドレッドはコップを受け取ると、コクリと頷く。
ジョセフィーヌは今か今かと凝視する。
「さぁ、さぁ!」
ドレッドはコップを口に近づけ、もう片手で腰の革袋からスッとストローを取り出す。
「なん……ですの……!?」
兜の隙間からストローで器用に水を飲む黒鎧。
その姿はかなりシュールである。
しかし、本人はかなり喉が渇いていたようで、コップの水量がみるみるうちに減っていく。
「……コーホヴァァッ」
急ぎすぎたのか、むせて、兜から盛大に水が吹き出てしまう。
ジョセフィーヌは釣られて笑いそうになってしまったが、それを堪えて水のお代わりを用意するのであった。
しばらくして、ジョセフィーヌは冷静になった。
(このドレッドさんと一緒に筋トレは大変なんじゃ……)
いくらなんでも怪しすぎるというか、コミュニケーションが難しいというか、そもそも物理的に全身鎧で動きにくく、重くて歩いただけで死にそうになっているのを最初に見ている。
「うーん……せめて喋れればどんな筋トレが希望なのかもわかるのですが……」
「ジョセと同じメニューで頼む」
「シャベッタデスワアアアアア!?」
たしかに聞こえた黒鎧からの低く落ち着いた声。
さすがのジョセフィーヌも衝撃を受けて、尻餅をついて背後の壁に激突して家の一部を壊してしまった。
幾人もの兵士が攻撃しても地に尻を着けさせるなど不可能だったのに、それを一言で成し遂げてしまったのだ。
(って、モンスターでもあるまいし、普通に喋りますわよね……)
乱されてしまった心を落ち着かせ、時間をかけて冷静さを取り戻していく。
大きく深呼吸したあとに立ち上がり、ドレッドに質問をした。
「ど、どうしてわたくしのことをジョセとお呼びに?」
「戦場だと、名前が長いと呼んでいる内に隙が出来る」
「な、なるほど……さすが騎士さんですわ」
外見や行動はともかく、意外とまともな考えを持っている人間のようだ。
きっと、全身鎧で蒸されて倒れていたのも適切な理由があるのだろう。
そういうことは信頼関係を築いてから追々聞いていけば良いと割り切ることにした。
「さてと、わたくしと同じメニューがいいということでしたわね。そんな特別なことはしていませんが、きつかったら仰ってくださいませ」
「騎士を舐めるな、余裕だ」
ジョセフィーヌとしては、息苦しくて重い鎧を纏ってはきついのではと思う気遣いだったのだが、余裕と言い切るドレッドはさすがだと感心した。
――一時間後、ドレッドは死んでいた。
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