第304話 帝都訪問

 トラファルガー帝国の帝都上空に2艦の陸上艦が現れたことで、帝都住民はパニック状態となった。

本来ならば先触れを出して訪問の意図を説明しておくのがマナーだろうが、この世界の交通手段でそれを行なった場合、西大陸の端にある第6ドックからならば、たぶん年単位の時間がかかる。

ならば、このようなことになるのを覚悟で直接訪問するしかないのだ。


 幸い、陸上艦の武装は艦の上面にあり、真下への攻撃は艦を90度傾けなければ出来ない仕様だ。(タカオは下方に向けるために側面に砲塔がついているがそれは例外)

停滞装置という慣性や重力を無視出来る装置が作動していれば、そのようなアクロバットも可能だが、停滞装置の無い艦内に、いろいろな備品を積んでいる状態では、それはしない方が良いのはご理解いただけることだろう。


 俺は以前に艦を上空に上げて長距離魔導砲を撃ったこともあるが、その時は下方に向けるために陸上艦は艦首を下げて前のめりになっていたのだ。

高度を上げれば上げるほど、その角度は急にならざるを得ない。

それが実用高度限界となっているのは余談か。

つまり、この上空に停止するという行動は、武装を向けられないので、こちらに攻撃の意志が無いという表れでもある。

武器を向けられていなければ、それなりに恐怖感も薄れることだろう。


「あーあー、聞こえるか?

こちらはキルナール王国のクランドだ。

攻撃の意志はない。繰り返す、攻撃の意志はない。

転移門ゲートに関して話しがしたい。

皇帝陛下に取り次いでもらいたい」


 俺は外部スピーカーでトラファルガー帝国とコンタクトをとった。

トラファルガー帝国側が魔導通信を使えないのだから仕方がないのだ。

もしかすると前弩級戦艦由来の電信は使えるかもしれないが、ここで不確かなことをしても仕方ないので、それはしない。


 あと、タカトウの紹介は省略した。

息子さんを殺した国の責任者ですとは、この場では言えない。

皇帝に会えることになったならば、後でしっかり伝えよう。


「艦体側面の国旗を確認しました。

クランド王陛下を歓迎いたします。

皇帝より面会を楽しみにしていると伝えるように申し付かっております」


 トラファルガー帝国側は声の大きな人物が怒鳴ることで返答して来た。

魔法が使えれば【拡声魔法】などを使うのだろうが、この国で魔法が使える存在は稀有であり、そのような無駄遣いをする立場でもなかった。

たぶん少しの魔法の才能でも宮廷魔術師に収まっているはずだ。


「今から数名が離艦し訪問する」


『タカトウ、キサラギと数名でフリードリヒを連れて艦首で待っていてくれ。

俺が転移で降ろす』


 トラファルガー帝国に外部スピーカーで答えた後に、タカトウに魔導通信を送る。

これがタカトウ艦に通じることは確認済みだ。


『了解した。俺とキサラギ、そしてフリードリヒを運ぶ兵が4人で待つ。

全員武装はしない』


 タカトウ艦の艦首甲板に人が出て来たのが見えたところで、俺は【転移】でそこへと移動した。


「うお! 相変わらず一瞬だな」


 【転移】を見慣れていないタカトウがいちいち驚く。

そして、そこに転がされているフリードリヒは、口枷を嵌められていた。

タカトウを始め、タカトウの部下たちもゾンビが傷口から感染すると思っているようで、口枷は噛まれないための措置なのだという。


「皇帝の前では外してやれよ。

ゾンビでも息子だからな」


 不幸な対面に胃が痛いが致し方ない。

転移門ゲートの破壊を承諾してもらわなければならないのだ。

通過儀礼として耐えるしかない。


 俺はタカトウたち6人とフリードリヒを纏めて皇帝の居城正門内の広場に【転移】した。

兵たちが俺たちを待ち構えて門の方を向いていたが、後ろに突然現れた俺たちに慌てて槍を向けて来る。


「槍を降ろせ。キルナール王だ」


 隊長格の騎士が兵を諫める。


「申し訳ございません、皇帝陛下から案内を申し付けられております」


「よろしく頼む」


 騎士隊長が先導し、謁見の間に向かう。

俺以外は誰も武装していないので検査が楽だ。

まあ俺の武装も腰に下げた武器に見えない魔銃だけなんだけどね。


 そんなこともありつつ、俺たちはそのまま謁見の間に連れられて行った。

王の訪問なので俺が武器を取り上げられるということもない。

タカトウの兵がフリードリヒの簀巻きを4人で運んでいるが、口枷により顔が良く判らないおかげかそれも気にされていない。


「キルナール王のご来援です」


 扉の前の儀仗騎士が声を上げる。

それと同時に大扉が左右に開く。

見れば皇帝が玉座から降りて1段低い場所に立っていた。

これはトラファルガー帝国皇帝とキルナール王が同格だと示す儀礼であり、俺のことを下に見ていないというアピールだった。


「突然訪問して申し訳ない。

2点ほど問題が発生しましてな。

陛下に相談しに参った次第だ」


「おお、そうであったか。

ところで、その簀巻きは何かな?」


 皇帝は相談に関しては好意的な感触だったが、簀巻きには眉間に皺を寄せた。

おそらく、その服装に見覚えがあったのだろう。

まずい。こちらを先に片付けないとならないか……。

反応如何では、転移門ゲートの破壊は勝手にするしかならなくなるぞ。

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