第258話 禁忌

 バイゼン共和国首脳部の予想に反して、キルナール王国もトラファルガー帝国もバイゼン共和国に対して侵略の手を伸ばさなかった。

トラファルガー帝国は、バイゼン共和国が陸路で行っている侵略戦争には対抗して来るが、それに対して海から艦隊を派遣して反撃するということはしていなかった。

明らかに優位な艦隊を未だ所持しているにも関わらずにだ。


 それはキルナール王国からバイゼン共和国を侵略する気があるかと、厳しく問いただされたからだった。

キルナール王国と和平を結ばなければ、国の将来はない。

そう判断したトラファルガー帝国は、バイゼン共和国の侵略には対抗するが、占領する気はないと明言。

それに対してキルナール王国は、バイゼン共和国のゲートを使えなくすることで、海上戦力を二度と整えられないようにし、トラファルガー帝国の安全を保障した。


 その仮初の平和期間が不幸を招いた。

バイゼン共和国は、トラファルガー帝国の2基目のゲートの秘密を入手した。

所謂ニコイチでゲートを修理したという秘密だ。目から鱗だった。

バイゼン共和国には、壊れたゲートが3つあった。

そのゲートを調べた結果、破壊箇所が被っているが余剰部品を組み合わせれば、直るのではないかと予測された。

既にバイゼン共和国は大切なたった1つのゲートを失っていたことから、そのゲート修復計画は強行されることとなった。



「本当に、これで良いのでしょうか?」


 修理に関わった技術者は、形だけ修理の終わったゲートを見上げて不安の声をあげた。


「我が国にはこれしかないのだ。

大丈夫だ、ここの部品は同一のもののはずだ。

配線も繋がった。後は起動実験だけだ」


 それは違うゲートから移植した、隣の部位の部品だった。

部品の規格も形も同じ、ならばそこに使っても問題ないという判断だった。

そして、運命の日が訪れる。


「トラファルガー帝国が攻めて来る前にゲートが修理出来たことは僥倖である。

この起動実験が、我が国の未来に栄光を齎すこととなるだろう」


 バイゼン共和国大統領をはじめ、この国の要人が見守る中、起動実験が開始された。

繋げる先は戦艦を得られるはずの座標だった。


「回路開け、エネルギー順調に蓄積中」


「ゲートに不具合なし」


「エネルギー蓄積完了」


「よし、ゲート起動!」


 スイッチが入ると、ゲートが青白く光り、その円形のリングの内側に水面のような幕が現れた。

それこそゲートの境界面だ。

座標によると、その境界面を潜った先は海となっており、そこに戦艦が浮かんでいるはずだった。


「運河、注水!」


 ゲートのリングは半分が地下に埋まっており、こちら側の半分に海水を注水する。

これにより、向こう側と水位が同じになり、戦艦を引き出すことが出来るようになる。


「注水完了。回収部隊、ゲートを潜れ!」


 座標は正しく設定出来ている。

この先は戦艦が浮かんでいる空間のはず。

そう思ってボートに乗りゲートを潜る回収部隊。


 だが、その先は目的の空間ではなかった。


「うぎゃー! 助けてくれ!」


 突如、ボートによりゲートを潜ったはずの回収部隊の者たちが戻って来た。

それも何かに追われたかのように恐怖の表情を浮かべて。

その姿は、走って逃げて来たかのようで、そのまま運河に落ちて行った。

その運河の水が赤く染まる。


「何があった? なぜ走って戻って来る?」


 それはボートから降りて陸上を走って来たかのようだった。

まさか、ゲートの先は海ではなく陸なのだろうか?

そして、赤く染まった水は、回収部隊が傷を負っていることを意味していた。


「緊急事態だ! イレギュラー発生!」


「救出部隊を派遣しろ! 中に敵がいることを想定し武装して事にあたれ!」


 その時、回収部隊の人間ではない何かがゲートを飛び出して来た。

そのまま運河の水面に落ちて行く。


ドボーン!


「何が落ちた!?」


ギャオ―――ン!


 それは四つ足の竜だった。

どうやら、ゲートは違う空間に繋がってしまったようだ。

水に落ちた竜は、そのまま岸から陸上に上がって来た。


ドーン!


 突如、その竜の背中から大砲が発射された。

それはバイゼン共和国にとって制御不能な兵器だった。


「ゲートを閉鎖せよ! エネルギーを切れ!」


 慌てて作業をする技術者たち、しかしゲートは動きを止めなかった。


「どうなっている? なぜ止まらない!」


「だから、あの部品は拙いって……」


 技術者が不安に思った部品は、座標のアドレスを読み込み制御するためのものだった。

そしてもう一つ、エネルギー伝送系の部品にも違う部品が紛れ込んでいた。

これがゲートの先が違っていて動作を止められなかった原因だった。


「エネルギーそのものの電送を物理的に切れ!」


「駄目です。ゲートの向こう側からエネルギーが供給されています!」


 つまり、この危険な生物が存在する空間と繋がりっぱなしになったということだった。


ドーン!


「うわーー!」


 バイゼン共和国の首脳陣が陣取る観覧席に砲弾が直撃する。

この時、バイゼン共和国は、その政治中枢の人材を多数失うこととなった。

しかも上から数えて十数人だ。

そして、ゲートから出て来た竜は……MAOシステムによる武装魔物だった。 

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