第206話 宣戦布告
「エリュシオン単艦で行っても良いのだが、ミーナはどうする?」
「にゃらば、補助艦艇の軽空母を出撃させるにゃ。
元輸送艦だから、陸戦隊としてガルフ傭兵を1000人乗せられるにゃ」
ミーナは
たしかに、敵の戦力として考えられるのは魔法兵と火薬砲とワイバーンとなるのだろう。
ワイバーン相手ならば、
だが、
そのための輸送艦改造の軽空母――アメリカだと強襲揚陸艦と呼ぶ――だった。
ザーラシアには垂直離着陸の出来る
魔法兵に対してならばガルフ傭兵で制圧できそうだ。
魔法さえ防いでしまえば、彼らに白兵戦で勝てるわけがないのだ。
「まあ、その方が第3戦隊を残せるからザール王国とガルフ国の守りになるか」
ザール連合国を構成していた国や、その周辺の小国は未だに他国の情勢を伺っているようだ。
大人しくしていると思っていたドナクルム王国も、欺瞞された平和な姿の裏側には好戦的な素顔があった。
このまま第3戦隊が移動してしまえば、その隙を突いて来る国が他にも出かねなかった。
俺はミーナの申し出を快く受けることにした。
「よし、ドナクルム王国に向け出撃する。
キルナール王国とザール連合国の旗を挙げよ!」
◇
俺たちは陸上重巡洋艦と軽空母で国境を越えた。
そこには魔法による偽の風景が張り付けられており、軍の移動や戦闘行為が行われていても、平和な農業地帯といった見た目にしか見えないようになっていた。
その風景がある一点を突破した瞬間に変わった。
「畑も何も荒れ果てているではないか。
この穴埋めを他国に求めたということだろうか?」
ここで畑を耕していた者たちはいったい何処へと言ったのだろうか。
偽の風景とのギャップに俺はこの国の為政者が、どれほど無能だったのかと考えざるを得なかった。
本来ならば、国境警備隊によって、国境越えは監視管理されているはずだった。
街道上ならば、止めて臨検も有り得た。それはザール王国やガルフ国でも同様だ。
だが、空を飛び、街道も無視して侵入して来る陸上艦など止められるものではない。
遠くから監視し、国に報告を上げる程度のことしか出来ないだろう。
だが、そんな国境の監視も、どうやら人員すら配置されていないようだ。
こちらが魔法によって騙されていると嘗め切っているのだろうか。
国境警備隊に止められたならば、現ドナクルム王に対して面会の親書でも渡すところだったのだが残念だ。
まあ、もし国境に警備がいたとして、そこから王都まで情報が伝わる前に、俺たちの陸上艦は王都に辿り着いているだろうけどな。
◇
しばらくそのまま進んだのだが、何の妨害もないままドナクルム王国の王都が見えて来た。
おそらくザール王国やガルフ国が魔法で騙されているままだと思っているために、それに対する備えを放棄し、全力で他国の侵略に勤しんでいるのだろう。
ザール王国とガルフ国の両国からは奴隷として連れて行かれた国民の返還も要求していたのだが、空返事だけでその対応も履行されていない。
嘗められたものだ。そのおかげで非人道的な侵略行為を行えていたのだから。
ドナクルム王国王都は他国の王都と同様に城塞で周りを囲まれ、堅牢な要塞に見えた。
だが、その設計思想は対地上戦力のものであり、陸上艦の敵ではなかった。
そのためドナクルム王国は、クーデターにより王家が倒されて、いち早くザール連合を裏切りガイアベザル帝国についたと言われている。
だが、このクーデターも疑わしいところがあった。
一介の魔術師がその魔力だけで王家を打倒、そのままガイアベザル帝国に下るとは、行動が怪しすぎた。
それだけの実力があり、今のように侵略に明け暮れるような人物ならば、ガイアベザル帝国に盾突いていただろうからだ。
つまり、クーデターもガイアベザル帝国の支援で行った可能性が高かった。
『そ、そこの陸上戦艦止まれ! いや、止まってくれ! 頼む!』
城壁に囲まれた王都のさらに内側にはもう一つの城壁がある。
その内側はこの国も王城だ。
その声は王城から拡声の魔法によって届けられた。
俺はエリュシオンと軽空母を王都の城壁の外に泊めると、同様に拡声の魔法を使った。
『我が艦はキルナール王国旗艦エリュシオンである。
貴国が我が国の国民を奴隷として使役しているとの情報を得た。
速やかな開放が無き場合は、我が国は国民保護のためにドナクルム王国に対して宣戦を布告せざるを得ない。
1時間待つ、返答を期待する』
そう俺が伝えると、相手の拡声魔法からは『ひーーーっ!』という悲鳴が聞こえた後に音信不通となった。
◇
1時間経った。拡声魔法での返答は何もなく、待たされているままだった。
「無視なのか、どうするか決まらないのかどちらだと思う?」
「おそらく、現王が外征していて決められないのでしょう」
こっちもそうだろうことは解っていて要求しているからな。
なぜならこれを以って宣戦布告を正当化するためのものなのだから。
俺も政治に毒されたものだ。
「魔導砲、光収束熱戦発射準備。目標ドナクルム王国王城……右空間。威嚇発射!」
俺の号令でエリュシオンの第一魔導砲塔が光魔法を発射する。
その光条はドナクルム王国王城の一際高い塔の右側を掠めて空に消えた。
さすがに返答時間が過ぎているのだ。まだ時間が欲しいならば、頼み込んでくるべきだろう。
『調べたが、そのような奴隷は存在していない!』
すると、先ほどの声の主から慌てた様子で返答があった。
俺は驚いた。まさかこの期に及んで嘘とは……。
その厚顔無恥な対応に開いた口が塞がらなかった。
ドナクルム王国がガイアベザル帝国の手下としてザール王国やガルフ国の国民を奴隷として攫ったことは調べでわかっていた。
俺が開放したザールの民にも、それを証言している者は多い。
リーンワース王国に輸出された奴隷たちは開放出来たが、まだドナクルム王国に残っている奴隷がいても不思議ではなかった。
むしろ居ないと言われる方が不自然だった。
俺はその稚拙な嘘に怒りを覚えたが、それはそれで好都合だった。
これで心置きなく宣戦布告出来るのだ。
『了解した。ならば戦争だ』
俺はそう拡声魔法でドナクルム王国側に伝えると、それを切って艦の電脳に告げた。
「一番、構わん当てろ」
俺の命令で第一魔導砲塔が光魔法を発射した。
その光条はドナクルム王国の象徴である王城の塔に直撃し破壊した。
こうしてドナクルム王国との戦争に、我が国は突入した。
これによりこれ以上不幸な女子供が出ないようにしなければならないのだ。
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