第190話 対ボルテア公国2

 ボルテア公国公王ボルテア七世は苛立っていた。

キルナール王国なる国の使者が、呼んでもいないのに王都にやって来るという知らせを受けたからだ。

バロルトに駐留しているゲイナード将軍が送って来たワイバーン便によると、奴らはキルト王国の正当後継国家を名乗っていて陸上戦艦を使うらしい。

ガイアベザル帝国が陸上戦艦を使い世界征服を行っていたことは良く知られていた。

その脅威を目の当たりにしてボルテア公国も属国として下ったのだから。

しかし、何もガイアベザル帝国だけが陸上艦を使っていたわけではない。

陸上輸送艦を動かすことが出来た国ならば、帝国の他にもわずかばかりではあるがあったのだ。


 では、何がガイアベザル帝国の躍進に繋がったのか?

それは火薬砲の製造であった。

それを陸上戦艦に搭載し運用したがための躍進だったのだ。

火薬砲を搭載した陸上戦艦は無敵。

だが、他の国は陸上輸送艦を動かすこと程度しか出来はしない。

それが、ガイアベザル帝国周辺国の認識だった。


 ゲイナード将軍は、キルナール王国を舐めていた。

火薬砲を装備していればそんな動くだけの陸上輸送艦など脅威ではないと。

その結果、城郭に配備した火薬砲は悉く撃破されてしまった。

しかも、キルナール王国は陸上戦艦の魔導砲を使ったという、その緊急伝がワイバーン便により公王ボルテア七世へと齎されたのだ。

魔導砲とはガイアベザル帝国でも滅多に使用できない古代兵器だ。

その魔導砲が使用できる艦は、かの帝国にも滅多にはなく、決戦用の正に秘密兵器だったはずだった。

なので公王ボルテア七世にとって陸上戦艦の魔導砲といえばダミーのハリボテだという認識だった。

それが使え、火薬砲よりも優れた砲も装備しているとは……。

ボルテア七世は頭を抱えるしかなかった。

もし、使者を殺したらキルナール王国から報復を受けるだろう。

ここはガイアベザル帝国にしたように恭順のふりをして時間を稼ぎ、奴らの技術を盗むべきだ。

ボルテア七世の腹は決まった。


「なに? 使者ではなく王が直々に交渉に来ただと?

しかも王は陸上戦艦を降りた?」


 これはチャンスだ。

王を殺せば城壁外の陸上戦艦は我が国のものだ。

生身の人間など、罠に誘い込み魔法攻撃で先制すれば簡単に殺せる。

それでも生きていれば斬り殺せばいい。

陸上戦艦を降りた人間などいくらでも殺す手立てはある。

そうボルテア七世は思った。


「魔法師団と近衛騎士を集めろ。

後悔の間を使う。あとはわかるな?」


 ボルテア七世は嫌らしい笑みを浮かべた。

ここでボルテア七世がキルナール王国の戦力を読み間違えているのには理由がある。

ガイアベザル帝国がキルナール王国に負け続けた事実は隠蔽されていたのだ。

この世界の情報伝達は遅れている。

クランド達が使っている魔導通信はロストテクノロジーで、存在すら知られていない。

これはガイアベザル帝国ですら使ってはいない技術だったので当然といえば当然だ。

次に伝達速度が速いのがワイバーン便だ。

これはワイバーン騎士が物理的に手紙を運ぶという手段を使う。

つまり情報伝達は遅く、正確な情報をワイバーン便に託さなければ真実を知りようがないということになる。

ガイアベザル帝国は、負け続けていることが知られれば属国化した国々が反旗を翻すことになると理解していた。

だから負けているなどという話もキルナール王国という陸上戦艦を巧みに使う脅威の存在なども属国に対して伝えるわけがなかったのだ。

なのでガイアベザル帝国が滅んだのは、ただただ魔物のスタンピードのせいだと思われていた。

なけなしの陸上輸送艦戦力でノコノコやって来た田舎国家、それがボルテア七世によるキルナール王国評だったのだ。

どちらが田舎国家なのかは外部からは明白なのだが……。


「後悔の間での配置準備完了しました」


「よし、我も後悔の間に向かう。奴らを誘導しろ」


 バカめ。陸上戦艦を降りれば只の人だろうに。


「後悔の間の名を知らなければ気付かないだろうが、己の迂闊さをせいぜい後悔するがいい」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ボルテア公国に来た俺たちが、案内された部屋に入った途端、周囲が光りに包まれた。

どうやら魔法攻撃を受けたらしい。


 俺の周囲には魔導の極が自動的に魔法障壁を展開した。

その魔法障壁の広さは随伴している護衛騎士たちをもカバーする広範囲だ。


 光が収まると周囲の壁が開き、抜剣した騎士たちが飛び出して来た。

拙い、俺は限界突破の上でレベルカンストしてはいるが、体術や剣術のような戦闘用スキルが全くない。

さてどうしたものか。


「主君、お下がりを」


 ターニャが俺の前に出ると抜剣した。

そういえば、ターニャも肉ダンジョンや陸上巡洋艦勤務で経験値を溜めていたな。

陸上艦はベヒモスなどのランクの高い魔物を倒しまくったので、さぞや経験値を得ただろうと思われがちだが、陸上艦は俺からの権限移譲という認識であり、使ってもほとんどの経験値が俺に入って来てしまう。

しかし、俺はレベルカンストしているので、それ以上レベルが上がるわけではなく、その得た経験値は全て無駄になっていたのだ。

乗り組んでいた者たちには僅かばかりのお零れが行っただけという状況だったのだ。

むしろ自分の機体を得たミーナたち戦闘機乗りのレベルの上がり方が凄かった。

ただし空戦スキルという他では応用の効かない無駄な能力を開花させただけだったが……。

尤も、今回の魔物討伐でその僅かばかりの経験値に暴力的な数が乗算された。

元々のレベルとスキルにその経験値を得たターニャは、そこらの騎士を遥かに凌駕するレベルに到達していた。


 ターニャの他の女性護衛騎士たちも手練ればかりだ。

あっと言う間にボルテアの騎士を斬り捨ててしまった。

慌てて魔法攻撃を再開した魔道士には魔導の極が【魔法反射×2】というスキルを使い、自らの攻撃魔法で自滅させていった。

これは相手の攻撃魔法を倍の威力にして返すという迎撃魔法だ。

一応、俺のJOBは大賢者なので魔法に関してはエキスパートなのだ。

いや、自分でもログを見なければ何をしたのかわからなかったんだけどね。

しかもファーストJOBが変わってるし……。


「さて、これはどういうことなのかな?」


 俺はボルテア公王を睨みつけて問いただした。

まあ言い逃れも出来ない敵対行為なんだけどね。


「どうして?」


 公王は陸上艦に頼り切ったと見えた俺たちが、なぜ強いのかが理解出来なかったのだろう。

おそらく北の帝国では陸上戦乗りに経験値がほとんど入らないという情報を得ていたのだろう。 

北の帝国が陸上艦を運用している権限レベルと、俺が与えている権限レベルの差なんて頭にもないに違いない。


 しかし、北の帝国のことは恐れるのに、どうして俺たちが陸上艦を持ち出しているのに恐れないんだ?

その答えが、公王が発した疑問の言葉だった。


「どうして勇者でもない者が、そのような力を!」


 陸上艦を動かす能力、高い戦闘能力、それ兼ね備えているのは勇者だけだってことか?

つまり公王が恐れるのは勇者だけということか。

俺が一般人だから嘗められた? となると、これが一番効果的か?

俺はある魔法を解いた。


「実は俺はこういう者です」


 俺は魔法で茶髪にしていた髪と茶目にしていた目を黒に戻した。


「ひいっ! 勇者!」


 公王は腰を抜かして驚いた。

やっぱり黒髪黒目を恐れていたのか。

つまり陸上戦艦を動かし特殊能力を持つ力の象徴が黒髪黒目ってことなんだな。


「最初から、これを見せていたら話を聞いてもらえたのかな?」


 俺の問いかけに公王はブンブンと首を縦に振った。

さて、どうするか。

俺の希望は北の帝国に責められる以前の国境線の回復なんだが、俺たちを殺そうとした落とし前はつけないとならないよね?




あとがき

 ボルテア国が陸上戦艦呼びでクランド側が陸上艦呼びなのは、クランドが陸上戦艦の名前の呼び方を変更したからです。

艦の大きさにより陸上重巡洋艦から陸上駆逐艦まで、呼び名を変えることにしたため、総称を陸上戦艦ではなく陸上艦に変更したのです。

その運用はキルナール王国でしか通用しないため、ボルテア国では未だに陸上戦艦呼びなのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る