第181話 クーデター2(表)

 魔物との消耗戦を続ける峡谷要塞に一時の平和が訪れた。

魔物の侵攻がまばらになったのだ。

俺は旗艦エリュシオンに陸上艦の各艦長を集めて今後の対応を会議していた。


「そろそろ魔物の湧き点も魔力切れかな?」


 魔物の召喚にも魔力を必要とする。

魔物の出現地点である湧き点がどのような仕組みなのかわからないが、もし食肉工場と同様の魔法陣による召喚だとすると魔力切れは有り得る。

第13ドックは、その魔力を龍脈という魔力の奔流から得ているが、ポイント11では、その龍脈の位置が変わり魔力不足となり滅んでいた。

仮に魔物の湧き点もそうだとしたら、いつかは終わりが見えて来るはずだ。


「こればかりは、北西部にある魔物の拠点を調べなければわかりませんね」


 遺跡の能力を把握しつつある第6戦隊司令のチェイサー男爵が、他の可能性もあることに釘を刺す。


「確かに、不確かな情報や思い込みで、ここの戦力を割くのは問題があるな」


 実は、リーンワース王国との通信が途絶えて既に10日になる。

これを俺たちはクーデターが発生したものと疑っていた。

もし、クーデターならば、次に狙われるのは第13ドックかズイオウ領になるだろう。

両拠点とも防衛戦力が整っているので、リーンワース王国にある陸上駆逐艦4艦――2艦は修理中で第13ドックにあることを把握済み――では占領されることもないだろう。

問題は人的被害だ。

味方のふりをして陸上駆逐艦で近づき、陸上兵力を投入されたら、負けはしなくとも被害者が出るだろう。

一刻も早く助けに向かいたい。

しかし、対魔物の戦いは人類のための戦いだ。

峡谷要塞を抜かれたら南の大地が魔物に蹂躙される。

それだけは避けなければならなかった。


「偵察艦隊を出しましょう。

魔物の動向を確認し、ここを離れられる日数を計算するのです。

その日数に限り、ここを離れる艦隊を選抜すれば良いのです」


「それしかないだろうな」


 弾着観測機VA52での高高度パッシブレーダーによる魔力探知ならば、大陸の魔物の分布程度ならわかる。

それによりズイオウ領までなら援軍を出せる。

クーデターの首謀者も、王都を掌握し補給や陸上兵力の準備を終えるには時間がかかるだろう。

そいつらの勢力が動く前にズイオウ領まで辿り着かなければならない。


「よし、第5戦隊には北の大地への偵察任務を命じる。

ティアンナいけるな?

第6戦隊には峡谷要塞の守備を任せる。

チェイサー男爵頼むぞ。

第1戦隊はズイオウ領への援軍の準備にかかれ」


「「「はっ!」」」


 第5戦隊司令であるティアンナが旗艦アークツルスを先頭に偵察艦隊を率いて峡谷要塞から北の大地へと出撃した。

あとは報告を待つのみだ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『こちらズイオウ領、アイです。

クランド殿下にご報告いたします』


 ズイオウ領で領主代行をしてもらっているアイから魔導通信が入った。


『こちらクランド、どうぞ』


『アイです。

たった今、リーンワース王国国王陛下とリーンクロス公爵、並びに王族の方5名がズイオウ領に保護を求めて参られました。

リーンワース王国でクーデターが発生、謀反の首謀者はリルケイン伯爵。

王都は陸上駆逐艦2艦の火力により制圧されたもようです』


 うわ。やはりクーデターか。

だからリーンワース王国には、陸上駆逐艦の艦長や乗組員の人選は気を付けるように言っておいたのに。

魔物に対抗させるために陸上駆逐艦の武装強化をしたのが悪い方に出てしまったのか……。


『王城を防衛していた陸上駆逐艦は?』


『火力が違い過ぎて沈められたそうです』


 リーンワース王国に残っていた陸上駆逐艦は、3ローテ改装前の艦だったか。

それでは新型には太刀打ちできなかっただろうな。

旧型は対北の帝国の魔導砲も使えない火薬砲搭載陸上艦を想定した武装しか持っていなかったはずだ。

対して新型は対ベヒモスの重力加速砲と対火竜の対空重力加速砲を装備している。

対空重力加速砲でさえ旧型相手になら使えてしまう。

この戦力差が謀反の切っ掛けになってしまったのか。


 それにしても、王国にとって陸上駆逐艦は有限の戦力なのになぜ落とした?

直せなければ、後々自分たちの首を絞めることになるだろうに。

ああ、そうか。手が足りなくて陸上駆逐艦の運搬をリーンワース王国に任せていたな。

彼らは第13ドックまで陸上駆逐艦を運び、改装済みの陸上駆逐艦を受領した。

そのためには第13ドックの中に彼らを入れる必要があった。

迂闊だった。つまり、第13ドックの生産力を彼らは見てしまったわけだ。

あそこを制圧すれ陸上駆逐艦ならばいくらでも手に入るとトラタヌしたのか。

そんなの俺が許すわけがないのに。

後先考えずにクーデターを起こすような貴族は、さすがに欲望にしか頭が回らなかったようだ。


『ならば敵は2艦か。ズイオウ領だけで対処出来るな。

そうだ、王族は全員脱出できたのだな?』


 俺はある点が気になって質問した。


『はい。王城にいらした方々は全員脱出したとのことです』


 俺が危惧したのは王族が敵の人質になっていることだった。

王族を盾にされたら面倒だと思ったのだ。

人質がいないなら例え陸上兵力を満載していようが、敵艦として長距離魔導砲で排除できる。

わざわざ別の領地にまで行って王族を人質にとることもないだろう。


『それなら、明らかに敵として処して構わない。

敵艦が領地を侵犯した時点で長距離魔導砲で排除しろ。

ああ、リーンワース王国にも話を通しておくか。

陸上兵力で攻められたら厄介だから陸上駆逐艦ごと討ち取ると』


『了解しました』


 これでズイオウ領への救援は急がなくても済みそうだな。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『偵察艦隊旗艦アークツルスのティアンナです。

弾着観測機VA52による高高度偵察を敢行いたしました』


 お待ちかねの偵察結果がティアにより報告された。


『魔物の主力は西に転進、峡谷要塞には全体の1/5ほどしか侵攻して来ていません』


 どうして魔物が西へ?

西といえば中央山脈が途切れた西の海岸線があるところか。

まさか魔物が迂回した? そんな知恵がどこに?

いや、魔物を統べる者の仕業か。

拙いぞ。


『第1戦隊ラーケン、弾着観測機VA52を出撃させろ。

高高度偵察で南の大地、大陸の西部を探知せよ!』


 俺は嫌な予感を払拭するために弾着観測機VA52を飛ばした。


『こちら弾着観測機VA521号、探知結果を転送します』


 その言葉と同時に魔導レーダーのコンソールに探知データが表示された。

小さくて見えない。


「システムコンソール、拡大表示できないか?」


 その問いかけで天井の巨大スクリーンが点灯し、レーダー画面が表示された。

右側が大峡谷の南側出口で、左側が大陸の西になる。


「くっ! 魔物の南の大地への侵入を許してしまったのか……」


 そこに映っていたのは、南の大地を東進する魔物の大群だった。


「この先頭はなんだ?」


 スクリーンに映る光点は赤だが、魔物の先頭の1つだけが青い光点だった。


「識別信号によるとリーンワース王国所属メギルドです。

どうやら魔物をトレインして来たようです」


 ああ、あのクーデターを起こしたなんとか伯爵の乗艦か。

奴が西の海岸線に進出して魔物を連れて来たのか……。

まさかと思うが、滅んだガイアベザル帝国を先に手に入れようとして、魔物に襲われたのか?

余計なことを。

陸上艦の魔導機関が魔物を引き付けている可能性があるのに、わざわざ陸上駆逐艦で西の海岸線に行って魔物を引き付けたというのか。

これで遠回りだが、魔物が南の大地に侵入する経路が出来てしまった。

ズイオウ領を防衛するには、もっと戦力がいる。

アホな貴族のせいで平和が壊されていく。

俺はどうすればいいのだろうか?


「いっそ家族や国民と共に他の大陸に移住するか?」


 そうすれば今度こそ毎日スローライフをして過ごせるだろう。


「あっ。メギルドが魔物の群れに飲まれた」


 損傷して速度が出せなかったのだろう。

メギルドの青い光点が赤い光点に飲まれて消えた。

謀反人の最後はあっけなかった。

おそらくクーデターに参加した僚艦ロワルドも既に同じ運命を辿ったのだろう。

リーンワース王国方面にも青い光点は無かった。

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