第174話 生き残り

 キルト王国の民は、ほとんどが北の帝国に捕まってしまったらしい。

北の帝国では勇者の血族第一の所謂選民主義が横行していて、人種的に特徴のあるキルトの民は穢れた劣等種と位置付けられ迫害されたのだ。


 男性は戦争奴隷として他国を攻める矢面に立たされたり、女性は性奴隷として売られてしまったという。

キルナール王国に女性のキルトの民ばかりいるのは、そういった事情によるものらしい。

ここにも、あの商国が関わっていたようだ。

戦争犯罪としていつか懲らしめる必要があるな。


 そのような状況にあって、キルトの王都に残るキルトの民など居ないかと思われていた。

だが、そんな矢先、嬉しい報告が上がった。


「生き残りを発見しました!」


 俺の艦隊が旧キルト王国を制圧したという報告がズイオウ領に齎されると、キルト王都奪還を聞いた者たちがこぞってキルト王国への帰還を望んだ。

王国奪還はキルト族の悲願だったわけで、誰もが戻りたがって困った。

まだここは安全ではないし、食料もズイオウ領から持って来なければならない。

そんな場所に大人数を連れてくるわけにはいかなかった。

連れて来ても生活が成り立たないのだ。


 なので、王都で公的な仕事をしていた人物を選抜して連れて来ることにした。

王都を復旧する下準備が必要だったので、それを理由に人を減らしたのだ。

そういった事情で苦労して選びに選んだ者たちを俺は転移でここまで連れて来た。


 早速復興準備作業に入った彼らに随行して来たキルト族の兵が、王都に残っていた生き残りを発見したとの報告を上げたのだった。

旧キルト王国の王都には奴隷として帝国に捕らわれていたキルトの民。

そして、帝国と共に従軍して来た第三国出身の帝国兵が生き残っていた。


 復興準備作業で役人が動き出すと、彼らの肌の色を見て、隠れていたキルトの民が隠れ家から出て来たのだ。

キルト族は肌の色が褐色なので、仲間が助けに来てくれたと思ったらしい。

もしルナトークやザールの兵だったら、帝国の手先と誤認されて出て来てくれなかったかもしれない。

たまには国民の我儘もきいてみるもんだ。


「キルトの民を連れて来てくれ。

事情が聴きたい」


 俺はキルトの民に何があったのか事情聴取することにした。


「彼女が生き残りの代表だそうです」


 キルト族の兵が連れて来たのは、30代と思しきキルトの女性だった。

ちょっと高貴な雰囲気を纏っている。

何者なのだろうか?


『こちらは現キルト王であらせられるクランド様である。

クランド様はキルト王家正当後継者であるサラーナ姫の伴侶となった尊きお方である』


 キルト族の兵が俺の素性を大げさな言葉で伝えた。

言っていることは正しいが、もう少し言いようがある気がする。

ちなみに言語は王国公用語では伝わらない可能性があるのでキルト語だった。


『叔母様!』


 キルトの選抜メンバーの1人としてこにの地にやって来た女性が声を上げる。

彼女は砂漠用のフードを目部下に被っており、その顔は見えなかった。

だが、おい、なんだか聞き覚えのある声だぞ?

その女性がフードをとって叔母と呼ばれた女性に顔を見せる。


『サラーナ!』


 なんとサラーナの奴だった。

まさかこっちキルト王都に来ていたなんて……。

転移の時に上手く群集に紛れていたようだ。

密航とはやりやがったな。


 生き残り代表の女性とサラーナが抱きしめあう。

オバ様ということは、キルト王かキルト王妃の関係者ということか?


「サラーナ?」


 俺が声をかけると、サラーナは怒られると思ったのか首を竦めた。


「こうなったら怒りはしない。それより、こちらの方を紹介してくれないか?」


 サラーナはホッとした表情をすると、コロっと笑顔になって生き残り代表の女性を紹介した。


「わらわの母上の妹のカリーナ叔母様だ。

シルト氏族に嫁いでいたはずなのに、どうしてここに?」


 最後は俺への説明というよりカリーナへの質問だった。

カリーナさんは俺の方をちらりと見ると、王国公用語で話しだした。


「シルト氏族は山岳部に籠って西のガイアベザル帝国と戦っていたのだよ。

その戦いも陸上戦艦によって分が悪く、負けて捕虜となり奴隷とされ出荷寸前だったのさ」


 俺たちが北の帝国と言っているガイアベザル帝国も、キルト族の国からは西の方向にある。

なのでキルト族のローカルな呼称では西の帝国と言われている。

サラーナ達が俺のもとに来てくれた後は、その西の国がリーンワース王国にあたることもあり、俺たちに合わせて北の帝国と言ってくれていたらしい。


 彼女がサラーナの叔母ならば、俺は義理の甥ということになる。

これは正式に挨拶せねばならない。


「初めまして。サラーナと婚姻しましたクランドと申します。

現在、キルナール王国の国王をやらせてもらっています。

キルナール王国は、キルト王国、ルナトーク王国、ザール連合国三国の正当後継国家となります。

叔母上は、我が国の王家の人間として首都で保護させていただきます」


「これはご丁寧に、ありがとうございます」


 あ、なんか堅苦しい感じになってしまった。

カリーナさんも三国の正統後継国家と言われて頭に?が出ている。


「主様は、ルナトークとザールの姫も嫁にしてるんだよ」


 サラーナがぶっちゃけた。

そこはおいおいオブラートに包んで伝えようと思ったのに。

だが、カリーナさんもそれで腑に落ちたらしい。

カリーナさんの視線がちょっと痛い。

姫三人だなんて、とんだ好き者だと思われていそう。

実はエルフ族の姫とリーンワース王国の姫もいるから五人なんだけどね。


「なるほど、他にも妻がいるのですね?」


 カリーナさんが食いついた。

拙い。たしかキルト族は一夫多妻OKだったはず。違うのか?


「サラーナは19歳のはず。他の方は?」


 19歳になったサラーナだが、この世界では15で成人だから十代で結婚なんて何の問題もない。はずだ。

何か拙い風習でもあったのか?


「アイリーンとクラリスは16歳。シンシアは17歳で、シャーロは18?」


 サラーナ、追い打ちするな。

アイリーンとクラリスは確かに16だが……。

シャーロはエルフなんで実際の年齢はよくわからない。見た目が18歳なだけで……。

そもそもシャーロがなぜ嫁に入っている?

いつそんなことになった。

え? エルフ族の姫ってシンシアの事ではなくてシャーロなの?

ということはシンシアはリーンワースの姫扱い?


「あはは……」


 俺は笑って誤魔化した。


「主君たる者、世継ぎをもうけるのは義務。妻が多い事を気にすることはない」


 カリーナさんは言葉ではそう言っているが、俺を見る目が厳しい。

そういや忘れがちだけど、俺ってここでは16(誕生日迎えました)なんだよな。


「でも、主様は一向にわらわを抱いてくれないんだ」


 サラーナがとどめを刺して来た。

天然おそるべし。また俺に対する子作り圧力が増してしまう。

俺は地球での価値観によって淫行となる行為をするわけにはいかないのだ。

カリーナさんの俺に対する印象が悪くなったのではないだろうか。



 サラーナのせいで脱線していた話を戻し、やっと事情聴取に入ることが出来た。

サラーナのおかげでカリーナさんの警戒も解けてくれたのは幸いだった。

実は俺たちが陸上戦艦を運用していることで、ガイアベザル帝国の者かという不信感が拭えなかったらしい。

サラーナ、そこは後で褒めてやろう。説教の後でだがな。


「すると、カリーナさんは帝国の捕虜となって奴隷として売られてしまうところだったんですね?」


「ああ、捕らえられていたおかげで魔物からの襲撃を逃れることが出来た。

しばらくして、どうも帝国の奴らがいなくなったようなので、仲間と共に収容所から脱走出して今まで生き延びてきた」


「それでは食事もままならなかったのでは?

おい、皆さんに食事を提供してやってくれ。

エリュシオンの中の風呂や医療施設にも案内してやれ」


「すまんな。頼む」


 お、やっとカリーナさんも俺を見直してくれたかな?


「帝国の兵がどうなったかや、魔物の動向はわかりますか?」


「いや、私たちが外に出た時には魔物はもう居なかった。

あるのは魔物の死骸と帝国兵の痕跡・・だけだ」


 カリーナさんは痕跡という言い方で言葉を濁した。

だがそれだけで悲惨な状況を察することが出来た。

魔物の死骸と帝国兵の武器や防具、血の跡は俺たちもみつけていた。

おそらく帝国兵は殺され魔物に食われた。

残ったのは身に纏っていた防具や持っていた武器のみ。

他は全て魔物の腹の中だったのだ。


「うちの兵が帝国兵の生き残りも発見したそうだが?」


「あいつらは正規の帝国兵ではない。

第三国から連れて来られた、帝国に恭順した雑兵だ。

我らに手を出そうとした連中は排除した。

その後はお互い干渉せず助けを待っていた」


 なるほど。

魔物が何故襲って来たかとか、帝国がどう動いたかはそいつらに聞くべきか。


「ありがとうございます。

長く引き留めてしまってすみません。

この後は存分に休んでください。

我々が帝国からも魔物からも守ってみせます。

サラーナ、カリーナさんをエリュシオンに案内してやってくれ」


「わかった。叔母様、こちらへ」


「クランド殿感謝する。

サラーナ、いろいろ聞かせてもらうわよ?」


 うわー。後が怖そうだ。

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