第146話 占領軍主力艦隊

「10時の方向、黒煙です!」


 見張り員が叫んだ方を向くと、黒々としたキノコ雲が上っていた。

それは分遣艦隊が先行しているはずの方角だった。


「敵艦隊が転進したのか?」


 旧ルナトーク王国占領軍主力艦隊司令のゲーベックはキルナール王国の艦隊が分遣艦隊に釣られて転進したのではないかと思った。

ゲーベックは、イスダル要塞に向かう分遣艦隊をキルナール王国の艦隊が無視するだろうと思っていた。

キルナール王国の陸上戦艦は甘い所があり、折角殲滅のチャンスがあっても追撃をかけないことが多々あった。

これは乗組員の人命を尊重しているからだと推察され、そこが付け入る隙だと分析されていた。

今回も商国の市街地の上空を蹂躙する形での転進は出来ないし、しないというのが大方の予想だったのだ。

市民に被害が出ないようにという甘い対応をするだろうということだ。

そして最大戦力である占領軍主力艦隊を無視することも出来ないだろう。


 戦力の集中を謳っていたゲーベックがなぜ艦隊を二分したのか?

それは、分遣艦隊の行動が見せかけだったからだ。

占領軍主力艦隊がキルナール王国の艦隊と交戦状態に入ったところで、イスダル要塞に向かうと見せた分遣艦隊が西に進路を変え、キルナール王国の艦隊の横腹を突くことになっていた。

つまりタイトなタイムスケジュールの中で、ある一点に対して全戦力が集結するように画策していたのだ。


「拙いぞ。分遣艦隊が撃破されたら、無駄に5艦を失うだけになってしまう」


 ゲーベックは焦ったが、逆にこれを好機ととらえ、命令を下した。


「我が艦隊が吶喊し、キルナール艦隊の背後を突いてやろう。

全艦突撃だ!」


 この命令により占領軍主力艦隊は、リミッターを外して加速するのだった。

陸上戦艦は、本来とんでもない速度が出せる。

クランドが実験した時などは音速を越える速度が出せた。

なぜガイアベザル帝国の陸上戦艦がリミッターをかけているのかというと、音速を出してしまうとその加速によるGで乗組員が持たないからだ。

そのリミッターを解除してでも作戦を成功させる。

ゲーベックの作戦成功への執念が、乗組員の損耗も辞さない行動に出た。


 キルナール艦隊との距離を急速に詰めていた占領軍主力艦隊に異変が起きたのは暫く経った時だった。


「正面0時に敵艦! 高度を上げているもよう。

距離、40km」


 魔導アクティブレーダーを見ていたレーダー員が叫んだ。

その報告にゲーベックは混乱した。

キルナール艦隊は正面にいないはずだった。

なぜなら、キルナール艦隊は東進していて分遣艦隊と交戦中のはずだからだ。


「正面から東50kmの艦隊をどうやって攻撃する?」


 ゲーベックの頭には長距離魔導砲のことが抜け落ちていた。


「敵艦発砲! 魔導砲です!」


 見張り員が肉眼で魔導砲の発射を捉えた。

しかし、魔導砲といえども距離40kmでは威力を維持出来ないはずだった。


「いったい、何をしたいのだ?」


 ゲーベックはその疑問に捕らわれて指示を出すのを忘れていた。

その一瞬のうちに光魔法の光条が占領軍主力艦隊の陸上戦艦に突き刺さる。


ド―――――――――――ン!


 一瞬のうちに陸上戦艦1艦が行動不能となった。


「敵艦、連射しています!」


 見張り員がなおも叫ぶ。


「拙い。

司令! 防御魔法陣を!」


「はっ、そうだな全艦防御魔法陣を起動せよ」


 ゲーベックの指示が通信員による光魔法通信で各艦に伝達される。

この光魔法通信は、モールス信号のように点滅の長さと回数によって文章を送ることが出来るのだ。

しかし、それは光信号を目視しているからこそ行える通信なのだ。

いま、艦隊のうちの1艦が魔導砲の直撃を受けたことで、そこから立ち上った煙によって視界は大きく損なわれていた。

そのため、ゲーベックの指示が届いた陸上戦艦は思った以上に少なかった。


「シャウラに直撃! 沈みます!」


 そうこうするうちに魔導砲が散々撃ち込まれることになった。

陸上戦艦の中には独自に防御魔法陣を起動する艦もあったが、長距離魔導砲の威力により魔法陣を貫かれ損害が出ていた。

しかし、防御魔法陣を起動した艦の中には、改造により強化された防御魔法陣を展開できる艦がおり、その直撃を耐えて見せていた。


「よし、強化防護魔法陣ならば耐えられる。

このまま吶喊せよ!」


 しかし、占領軍主力艦隊は、その間に5艦もの僚艦を失っていた。

その5艦を追い抜き、占領軍主力艦隊残り13艦は黒煙のカーテンを抜け視界が良くなった。

その見張り員の視界に噴煙が映る。


「敵艦隊の推定位置より噴煙7!」


「なんだ? 分遣艦隊の攻撃か?」


 見張り員の報告に艦長が的外れた事を言う。

しかし、誰もその正体を理解することは出来ていなかった。


「どうやら飛翔体のようです!

東に3、こちらに4向かって来ます!」


 何が何だかわからないうちに占領軍主力艦隊の陸上戦艦にその飛翔体が迫る。

飛翔体は地上30mを飛んで来ると陸上戦艦の前方で急上昇した。

そしてそのまま陸上戦艦の中央に突き刺さり大爆発を起こした。

それは前方に展開していた防御魔法陣を飛び越え、自動展開するはずの防御魔法陣の展開速度を越えて突き刺さっていた。


「い、一瞬で4艦もやられたのか……」


 ゲーベックは呆然とするしかなかった。

占領軍主力艦隊は、もう9艦しか残っていなかった。

分遣艦隊にも3発の飛翔体が飛んで行った。

つまり分遣艦隊も3艦失ったのだろう。

その時ゲーベックはその数字に意味に気付いた。


「わざわざ3発ということは、分遣艦隊の残存艦数が3だったということか……」


 ゲーベックは分遣艦隊の全滅を確信した。


「戦いが始まって既に13艦失った。

このような敵とたった9艦で戦うだと?

冗談じゃない」


 ゲーベックの脳裏に全軍撤退の文字が浮かんだ。

しかし、ガイアベザル帝国皇帝は失敗を許さない。

あの調査兵団団長のイオリも帝国主力艦隊司令のヴェルナーツも更迭されたらしい。

今も生きているかどうか不明だ。

自分もそうなるだけの失態を侵した。


「逃げるか……」


 ゲーベックは帝国を捨てて逃亡することを考えるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お知らせ


 139、142、145話に、主に人名と所属部署の記述の部分に修正を入れました。

話の筋には関わりませんので、読み直す必要はないかと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る