第98話 女スパイ潜入

 私、クラリス様付き侍女タバサこと諜報員57号は、クラリス様の里帰りに便乗して王城へと戻っていた。

そこでかしらにお目通りを願ったところ、国王陛下直々に呼ばれてしまい、これまでに収集した情報を報告することになってしまった。

どうして下っ端である私が王族に直報告しなければならないのだろう。

かしらを恨まずにはいられなかった。


「つまり、王都直前になってから転移で連れて来られたので、あの艦の詳細はわからないと」


 国王陛下は箱入り娘のクラリス様が長旅を経て王都に戻ったのではないことを安堵していたが、情報が得られなかったことについては落胆していた。


「はい。乗艦してから部屋を出ることもありませんでした」


「だが、あのルナワルドと呼ばれている艦は元はニムルドで間違いないのだな?」


「はい。クランド王や奥方様たちは隠すことなくニムルドと呼ばれておられました。

その事実は国民にも広く伝わっており、憎っくき北の帝国の陸上戦艦を落とした事実は、クランド王への国民支持率を上げる結果となっております。

後にそのままの名前はいかがなものかとルナワルドと改名されたのです」


 私は国王陛下と公爵閣下に呼ばれ、陸上戦艦が王都を訪問した意図を問われていた。

元々王都には寄らないと仰られていたクランド王が、急遽王都に寄った理由など、私もクラリス様も王都に寄る予定すら把握していなかった。


「やはり、北の帝国の第5皇子アギトはクランド殿に討たれていたのだな」


「これでクランド殿がこちら側だと確定したわけじゃのう」


 この事実だけでクランド王はリーンワース王国と共に戦わざるを得ないのだ。

この件が知れたことを国王陛下は殊の外喜ばれた。


「しかし、何故南の蛮族の地へ向かうのだ?」


 国王陛下と公爵閣下が私に何か知らないのかと問いかけて来た。

残念なことに、そのような会話は家庭には持ち込まれず、私の把握するところではなかった。

クランド王は、そういったことは自分で決めて自分で処理してしまうのだ。

それが出来てしまう能力があること自体、稀有な人物だと言えた。


「その詳細は把握しておりません」


 公爵閣下がしばし思案したあと、私に命じる。


「ならば、あの艦に潜入し情報を得るのじゃ」


 潜入と仰られても、クラリス様付きの侍女が、クラリス様抜きで陸上戦艦に乗艦するのは不自然極まりない。

となると密航ということになる。

誰にも気付かれず、情報を探るようなことが可能なのだろうか?

しかし、公爵閣下、いや、その後ろにいる国王陛下直々の命令とあらば、私には断るという選択肢は最初から存在していない。

私は命令を受けるしかなかった。


「かしこまりました」



 というのが昨夜のことだ。

私は今、クラリス様の忘れ物を探しに来てうっかり降り損ねたというていで、ルナワルドに潜入中だ。

この陸上戦艦には使われていない個室が沢山あり、身を隠すのに不自由はしなかった。

幸いな事に調理室には食料が大量に貯蔵されており、私の食料を確保するのは簡単だった。

一応冒険者用の保存食は持ち込んであるが、それを何日も食べ続けるのは結構きつかった。

警備は外に向けて行われており、夜間に行動すれば誰とも遭遇することなく食料が確保できた。


 私の目的はこのルナワルドの行先の情報収集だ。

クランド王が何を目的として地上戦艦を修復し、何をしに何処へ向かうのか。

その理由の全てが行先の目的地にあるはずだった。


 ルナワルドの修理は突然行われた。

クランド王がズイオウ山の一部を削り整地を始めたと思ったら、突然ニムルドという陸上戦艦の残骸がそこに鎮座していた。

クランド王のインベントリに仕舞われていたと、後からクラリス様に聞いたのだが、それはクランド王のインベントリが信じられないほどの大容量だということを意味していた。

ズイオウ領の住民は、北の帝国に攻められ故国を失った難民たちの寄り集まりだ。

北の帝国の象徴である陸上戦艦が、クランド王により撃破されていたという事実に、住民は大いに盛り上がった。

ニムルドはその後いつのまにか修理され名をルナワルドと改めた。

どのように修理したのかは誰にも知らされていない。

奥方様達は、クランド王の錬金術の賜物だと口々に仰っていた。


 このニムルドの存在は、私にとっても大きな収穫だった。

ニムルドとは北の帝国の第5皇子の座乗艦であり、勝手にリーンワース王国の領土へと侵入し行方不明になっていた艦だった。

この艦が行方不明になったことで北の帝国が我が国に攻め込む口実にもなっている。

自分から勝手に領土を侵犯し、行方不明になったからと他国に攻め込む。

北の帝国にとっては理由があれば良いだけで、我が国との不可侵条約など元々守るつもりなど無かったということだろう。

その行方不明の艦をクランド王が撃破していたという事実、それはリーンワース王国にとって初めて得た確定情報だった。


 クランド王は不思議なお方だ。

リーンクロス公爵が予測していた通り、陸上戦艦を撃破する実力と技術を持つ人物だった。

旧ガイア帝国の時代を超越した技術を所持していることから、リーンワース王国ではクランド王を北の帝国に与しない勇者の血筋と推定している。

その人物が、秘匿していたニムルドを修理してまで向かう先、そこに何があるのか興味がわかない国の指導者などいないだろう。


 私は諜報員のJOBを持っているため【隠密】のスキルが使える。

ルナワルドに乗っている騎士や調理士に気配を消して近づき、会話を探ることで目的地の情報を得ようと試みた。

ところが、誰もが目的地を知らなかった。

進路がずっと南西だということ以外は何も知らないようだった。


「これは目的地に着かないとわからないということですかね?」


 私はつい呟いてしまった。

【隠密】のスキルを使いクラリス様に従っていると、たまに私の存在を把握出来なかったクランド王を驚かすことがあった。

そのため【隠密】のスキルはクランド王にも有効だとの過信が私にはあったのだろう。

だが、この日だけは違った。

私の背後にはクランド王がいたのだ。

逆に私がクランド王の気配を察知出来ていなかった。

さすが勇者の血筋と目されるお方、そう思った時には手遅れだった。


「あれ? タバサじゃないか。どうして乗ってるんだ?」


 私は先の台本通りに降り損ねた演技をすることにした。


「これはクランド王、やっと会えました。

実はクラリス様のお忘れ物を取りに戻ったところ、降り損ねてしまいましたの」


「そうなんだ。じゃあ送っていくよ」


「え?」


 クランド王はそう言うと私の手を掴み魔法を使った。

目の前が一瞬で転換して、私は王城の中にいた。


「ほら、そこがクラリスの部屋だ。それじゃ」


 クランド王はしゅたっと手を挙げると一瞬で消えてしまった。

そういえばクランド王は【転移】の魔法が使えるのだった。

私はクランド王が魔法陣から魔法陣への転移を使ったところしか見たことがなかったので、まさかこんなに簡単に【転移】を使えるのだとは思ってもいなかった。

その想定の範囲を遥かに超えた能力に、私の任務はあっさりと失敗に終わってしまったのだ。

それでもクランド王に私が諜報員スパイだという事が露呈しなかったことが唯一の収穫かもしれない。



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



 俺はリーンワース王国の王城からルナワルド艦内に【転移】で戻って来た。

まさかタバサスパイが密航しているなんて思いもよらなかった。

第13ドックの詳細位置を調べようと、たまたま探査をかけなければ気付かない所だった。

タバサがクラリスと共にズイオウ領まで来た時に、彼女が諜報員スパイだと気付いてマーキングしておいて良かった。


 彼女の目的はルナワルドの行先なんだろうな。

第13ドックの存在がリーンワース王国に漏れたら、遺跡調査と称して色々持っていかれるところだった。

危ない危ない。


『第13ドックからのビーコン確認』


『よし、第13ドックに向かえ』


『進路微調整。第13ドック入り口に向かいます』


 ルナワルドの電脳には現在の公用語である王国標準語がインストールされていない。

なので、システムコンソールを通した会話も旧ガイア帝国語を使っている。

この会話の内容を理解出来るものはここには居なかった。


「よし、誰も付いて来ていないよな?」


 俺は外にも諜報員がいる可能性を考えて確認をした。

さすがに時速40kmを出せるような追手はいなかった。

そして、タバサが密航していた事実は乗組員にも隠しておくことにした。

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