第92話 家畜の特売
ダンキンが俺に家畜追加購入の意思の有無を確認しに来た。
リーンワース王国の商人組合が家畜を安く大量に放出したらしい。
俺が先日購入して召喚で大量入手したのと同じマチュラとホルホル牛だという。
その家畜が既に陸上輸送艦でズイオウ領に持ち込まれていて、商人たちがダンキンに泣きついているのだという。
「ふーん。マチュラとホルホル牛は北の地の固有種だと聞いていたけど、いるところにはいるんだな」
既に召喚で大量入手していたうちでは家畜の追加は特に必要ない。
ダンキンも牧場の様子を知っているので、こちらが買うとは思っていないようだ。
いや、まさか俺が買うと思ってダンキンが仕入れたりしてないよな?
「ダンキン、まさか……」
「申し訳ございません。
どうやらこちらの情報が漏れていたようでして、私共とは関係のない商人組合が動いたようで……。
在庫を抱えて困っているようでしてな。
生き物なので在庫を抱えると飼育費が嵩み、死なれると大損するため損切で大放出となったようです」
「そうか。ダンキンの所が損をしたのでなくて良かったよ」
「ははは。私共はクランド様から警告を受けておりましたからな」
さすがダンキン。あのメッセージをしっかり受け取ったか。
それにしても見込みのみで持ち込まれた家畜をここで死なすのも嫌だな。
「持ち込んだ商人はここでの販売許可を受けておりませんので、購入の意思が御有りなら私共が仲介しようかという次第です」
「うーん。うちはもう大量にいるから「お待ちを!」」
俺が断ろうとすると、側に控えていたターニャが俺の台詞を遮った。
「キルトの民が購入したいと申しております」
「ん? 家畜は充分にいるだろ? これ以上は過剰在庫ではないか?
それに必要なら買わなくても。な」
どうやら街の外に運び込まれた家畜とその値段をキルトの民が目撃して既に噂になっているようだ。
召喚した家畜は配ったつもりだし、買うとしても俺が召喚すればもっと安く出来るのだが?
それと召喚出来ることはダンキンには内緒だ。
まあ気付かれているだろうけど、わざわざ疑惑レベルの話を確定させてやる必要もない。
「キルトの民は、主君から賜った家畜は預かり物だと思っております。
なので個人財産としての家畜を持ちたいと望んでいるのです」
「いや、あの家畜を個人の持ち物にしていいんだぞ?」
「それは不公平を生むのでいかがなものかと」
給与算定や税制を司っているアイが困った顔をして進言する。
「家畜を財産として与えると、それを売ることも可能となります。
牧畜従事者だけがそのような財産を無償で受けたとなると、他の国民に不公平感が増します。
特に我が国は三か国を併合した国ですので、民族の違いによる差というものに敏感です。
キルトの民が家畜を預かり物と判断するのは理にかなっています」
「主君。購入資金は個人が得た給与からになる。
そうなれば堂々と個人財産だと言える。
それに今回の売値は破格でとても魅力的なのだ。
このチャンスに個人財産の家畜を持ちたいというキルトの民の気持ちを汲んでやって欲しい」
「別に俺が格安で家畜を売ってもいいんだが……」
「それも他の国民に不公平感を与えます」
「だよね。
よし、家畜の購入を許可しよう。
お金が足りない者には貸し出しもしよう」
「主君に感謝を」
ターニャが会心の笑みを浮かべ礼を言う。
普段笑わない娘の笑顔は破壊力がある。
なんか動悸が止まらない。
ターニャは嫁じゃないんだ。ときめいてどうする。
「それでは私共が仲介し家畜の販売を行いましょう」
まさか、ダンキンはここまでのことを見込んで情報をわざと流したんじゃないだろうな?
ダンキンならやりそうだが、キルト族が購入するとは予測できないはず。
いや、もしかするとキルト族の国民性まで読んでいたのかも。
当然仲介料が発生するのだが、事前チェックやアフターサービスを考えるならダンキンを通した方がお得だ。
売れるかわからないのに博打でここまで家畜を運んで来た商人が、家畜の状態を完璧に維持しているとは思えないからね。
放牧民のキルト族なら家畜を見る目はあるだろうが、金銭取引で優位な交渉が出来るかと言うと微妙だ。
ダンキンを通すことでぼったくり被害を防ぐことが出来るだろう。
「アイ、借金の上限を設けて月々の返済を分割で払えるように手配してやってくれ。
生活が破綻しないように額を注意してやってくれ。
生活が出来ないようなら一定額に抑えて残りを翌月に回してもいい。
独身と家族持ちでは急な入用もあって懐事情が違うだろうからな」
「畏まりました。
そのような制度をお考えになるとは流石です」
借金は今回だけだからね。
所謂リボ払いだが、アイには衝撃だったらしい。
これも知識チートってやつか?
「それとターニャ、個人の畜産による成果物の買い上げの仕組みを作ってやってくれ。
個人で売るもよし国に売るもよし。そこは自由度を設けてくれ」
「承知」
後は……。
個人の家畜舎をどうするかか。
衛生面でも住宅地や繁華街に畜舎は拙い。
それは規制しないと。
「アイ、牧畜従事者の家は家畜が飼える環境なのか?」
「ほとんどの者は利便性から牧場に隣接する家に住んでおります」
「となると衛生面も問題ないし各家に個人用の畜舎を併設することは可能だな?」
「はい。牧場側の土地を供出可能です」
「なら、その土地を
賃料はタダだ。建築には補助金を出そう。
俺が造ると大工の仕事を奪うことになるから資金援助だけな。
あくまでも金は貸してるだけで、土地も国のものであって、あげてないからな?」
これも不公平感対策だ。
本当なら土地もあげていいし、畜舎を作ってあげてもいい。
しかし、それをやってしまうとキルト族優遇ととられかねない。
なのでこのような形を取らざるを得ない。
でも少しでも負担は少なくしてあげたいというギリギリの優遇策なのだ。
それと国の家畜――キルトの民がそう思っているから仕方ない――と個人の家畜を区別する仕組みを作らないと。
混ざったら判別できないよね?
地球では牛の耳にタグをつけたり、羊の尻に塗料で色分けやマークを書くんだっけ?
「うーん。個人の家畜を識別する仕組みを考えないとな」
「それはキルト族にはお手の物です。
ずっと昔からやって来たことですから」
「それもそうか」
餅は餅屋。専門家に何を提案しようとしていたのか……。
「よし。この件はこれでいいな。
他に懸案事項はあるか?」
何気なく聞いたのが悪かった。
この後、とんでもない仕事が俺を待っていた。
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