第73話 外交交渉

 俺達はリーンクロス公爵を屋敷の応接室に招き入れた。

万一の時のためと応接室を作ったが、まさかの使用二回目がやって来るとは……。

ちなみに使用一回目は冒険者のケイトだった。


 テーブルを間にはさみ、俺の正面にリーンクロス公爵を招き、座るように促す。

俺も対面のソファーに座る。すると社交用のドレスを身に纏ったアイリーンが俺の右に、サラーナが左に座った。

俺が作って贈った宝石を身に着けているため、いかにも良いところの姫に見える。

いや、本物か。

そういや、あの宝石って地球でもかなりの価値があるものだったな……。

この世界にないカットを施しているから、この世界の価値で言うと……。

俺が作ったことは黙っておくことにしよう。


 二人は対外的に威を示すための姫嫁だと言っていたので、それを実践しているのだろう。

俺の後ろにはターニャとリーゼが護衛騎士として騎士鎧姿で立つ。

俺はこれまで意識していなかったが、まるで俺を王とした独立国家の様相だ。


「なるほど。なるほど」


 リーンクロス公爵が一人納得がいったという表情で頷いている。

俺には何が「なるほど」なのかわからなかったが……。

メイド服――ちなみに俺が地球知識で作ったメイド喫茶タイプ――で着飾ったアリマが全員に紅茶を給し下がるとリーンクロス公爵が口を開いた。


「改めて自己紹介いたそう。

儂はリーンワース王国外交特使セオドル=ワイズ=リーンクロス公爵じゃ。

この度の交渉の全権を委ねられておる」


 リーンクロス公爵は、続けて俺に自己紹介を促す。


「俺はクランド・ササキ。この農園のあるじ以外の何者でもない」


 俺の自己紹介を受け、リーンクロス公爵は俺の隣の嫁達にも自己紹介を促した。


わたくしは、ルナトーク王国第一王女アイリーン=ルナトーク=ササキ、クランド様の第一夫人です」


「わらわは、キルト王国第一王女サラーナ=キルト=ササキ、クランド様の第二夫人だ」


 え? 二人とも、素性をバラしちゃっていいの?

それに自称嫁であって、王女として名乗ってしまうと意味が違って来るぞ?

二人が突然、リーンクロス公爵に王女であることを告白したことに俺は動転した。


「やはりそうであったか。お二人には社交の場でお会いしたことがあったのう」


 ああ、初対面じゃないのね。


「お国は残念じゃった。王家の方々も……。

我が国に北の帝国を抑える力が無く、すまなかったのう」


 リーンクロス公爵が頭を下げた。

貴族たるもの、軽々に頭を下げてはいけないそうなので異例のことなのだろう。


「いえ、それは全て彼の帝国が悪逆非道だっただけのこと。

おそらく援軍を差し向けていただいたとしても間に合わなかったことでしょう」


「そう言っていただけると助かるわい」


 俺を無視するかのように話が進んでいく。

アイリーン達を止めようにも、先日奴隷からは解放していたため強制命令も出来ない。

ネックレスの話、あれはこういった事態に対する布石だったのか!

あれにそんな意図があったとは……。


「して、そなた達が正式に家名を名に残すということは、そういうことで良いのじゃな?」


「ええ、もちろんですわ」


 何を言っているのかわかりません。


「ならば、リーンワース王国外交全権特使である儂が認めよう。

クランド=ササキをルナトーク、キルト両王国の正当後継者であると。

この農園をルナトーク、キルト両王国の臨時政府と認める」


「ええと、それはつまり?」


 俺の疑問にアイリーンが嬉しそうに耳元で囁く。


「あなた様が、ルナトーク、キルト両王国の王と認められたということです」


「どこかリーンワース王国で気に入った土地があるのなら、租借し治外法権を認めようぞ。

尤も人が住んでいない土地に限るがの」


「ではズイオウ山周辺の地を」


 アイリーンが勝手に話を進めて行く。

確かにズイオウ山周辺は良い土地だった。

楽しかった思い出がいくらでも脳裏に蘇る。

あそこでずっと生活出来たらどれだけ良いか夢想したこともある。

そこが俺たちの国土として租借される?


 俺はその成り行きに戸惑いしかなかった。

いや、リーンクロス公爵に嵌められた感が半端ない。

北の帝国に滅ぼされた王国の王を俺が名乗るということは、俺が国王として北の帝国との戦争を継続中だということになる。

俺は否が応でも北の帝国と戦わざるを得ないということになるのだ。

この爺さん曲者だな。嫁達の気持ちを利用して、俺をリーンワース王国の味方に引きずり込みやがった。


「我がリーンワース王国は現在、北の帝国の脅威に晒されておるのじゃ。

勝手に領土侵犯し、勝手に返り討ちにあったアホを口実に、宣戦布告一歩手前の状況に陥っておる。

クランド王は、北の王国の陸上戦艦について何かご存じないか?」


 はい。知ってます。俺が撃沈しました。

この騒乱の責任の一端は俺にもあると言いたいのですね。


「北の帝国の切り札があの陸上戦艦よ。

古代遺跡から発掘した古代兵器、それを彼奴等は復活させ他国を攻め始めたのじゃ」


 あれでも全能力を使用できていない劣化版なんだよね。

ここは修理さえすればそれ以上の性能の陸上戦艦の上なんですけどね。


「このままでは、世界が滅ぼされてしまうじゃろう。

彼奴等は自らの勇者・・の血筋を尊いと錯覚し純血主義に走っておる」


「勇者の血筋か……」


 たしかダンキンからも聞いたことがある。


「そうじゃ。ガイアベザル帝国は勇者の末裔を自称する侵略国家なのじゃ。

このままでは勇者の血を持たぬものは全て劣等市民か奴隷とされてしまうであろう」


 勇者の血か。そこにはおそらく俺と同じ転生者がいる。

いや、いた・・と表現するべきか。

古代ガイア帝国。それこそが勇者が起こした帝国なのだろう。

その末裔が中二病を拗らせて世界征服に打って出たのがガイアベザル帝国ということだろうか。

なるほど、それで陸上戦艦のシステムが俺にとってしっくりくるわけだ。

タッチパネルや音声入力、モバイル端末なんてどう見ても地球由来だわ。


「だからこそ、我々は力を合わせ戦わねばならね。

我がリーンワース王国は、クランド王に同盟をお願いしたい」


 うーん。このまま帝国に負けて軍門に下れば、嫁を含めて俺の子も穢れた血の奴隷階級決定か。

そんな世界をまだ見ぬ子供たちに残すわけにはいかないな。

お父さんは未来のお前達のために戦う運命だったのかもしれない。

いや、まだつくる行為もしてないんだからね?


「わかりました。協力しましょう」


「我が国も北の帝国打倒の折には、ルナトーク、キルト両王国の復活復興に協力いたしましょうぞ」


 その言葉にアイリーンとサラーナ、護衛のターニャ、リーゼ達の目がキラキラしている。

リーンクロス公爵の言葉にすっかり乗せられている雰囲気だ。


「わかりました。同盟に応じます」


 自称嫁だが、失望させるわけにはいかない。

このまま良い関係が続けば彼女たちとの間に子を生すこともあるだろう。

将来生まれて来るだろう子供たちのためにも、ここは戦うべきだろう。


「それは良かった。正式な調印はこれからにするとして、国境の守りのためにゴーレム並びに城壁の兵器を供与願えぬか?」


 爺さん、早速交渉に入る気か。

全権特使を任されているのは伊達ではないな。


「ゴーレムは遺跡の出土品だから渡せない。

蒸気砲は俺の手作りだから都合しよう。ただし、条件がある」


 俺の提案を聞く価値があると判断したのか、爺さんが前のめりになる。


「なんじゃの」


「ルナトーク、キルトの国民の多くが奴隷落ちさせられ、この国で売られて・・・・・・・・いる。

国の復興に協力してくれるなら、国民を救うためにも協力してもらいたい」


 爺さんは俺の提案を頭の中で損得勘定でもしたのだろう、暫く黙考するとおもむろに頷いた。


「良いじゃろう。国民50人につき、その蒸気砲とやらを1台で手を打とうぞ」


「いや、国民250人につき1台だ。

あれは制御系に魔宝石を組み込んである。

魔宝石の価値は理解できるだろ?」


「魔宝石じゃと! それだけで1千万Gはしますな。

ならば150人につき1台じゃな。

奴隷として取引されたとなると一般奴隷で10万G程度じゃからな。

1千5百万Gということでどうじゃ?」


 この爺さん値切りやがった。

いいだろう。こっちもまだ奥の手がある。


「いや、蒸気砲は簡易ゴーレムなんだよ。

200人につき1台だな。それ以上はないぞ」


「わかったわ。その条件を呑むとしようぞ」


 爺さんは勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「ところで、撃ち出す砲弾の値段はどうする?」


 俺の言葉に爺さんは「しまった」という顔をする。

蒸気砲という兵器が高性能であろうことは理解していたが、砲弾がどのようなものだとは理解していなかったのだ。

この世界には北の帝国や遺跡の遺物以外には銃や大砲に類するものは存在していない。

武器の仕組みを知らないから、弓矢の矢程度の認識しか持っていない。

だが砲弾は爆裂弾だ。高価でリーンワース王国が自力で用意できる簡単なものではなかった。


「砲弾には1発につき火の属性石が1個使われている。

材質も結構高価だぞ? アダマンタイトを使用している」


「火の属性石! そうなるとそれだけで30万Gはするのう……。

アダマンタイトなど、高価すぎて査定もできん。

一般奴隷1人が10万Gとして、1発10人ということでどうじゃろうか?」


 妥当な評価だ。

俺が材料を気にせず火の属性石を製造出来ることを除けばだが。


「わかった。それでいいだろう」


 たぶん爺さんは、属性石を使っただけの砲弾なら自前で作れると思っているのだろう。

そんな甘いものじゃないんだけどな。

付与している魔法術式が王国の魔導士に理解出来ればいいけど。


 この後、正式な外交文書が纏められ、正式調印に至った。

玉璽ぎょくじはアイが持っていた。

玉璽はルナトークとキルトの正当な後継者の証だ。

ダンキンが最初から持たせていたようだ。何者なんだダンキン。

その二つの玉璽を俺が調印文書に押し、リーンワース王国とルナトーク・キルト王国との国際条約がここに締結した。


「これで両国は同盟国となりましたな」


「両国の同盟を祝して蒸気砲を試射してご覧に入れましょう」


 俺は母国の復興へと向けて歩みだし上機嫌なアイリーンとサラーナのために祝砲を撃つことにした。

屋敷を出てリーンクロス公爵を艦首方向へと案内する。


「目標はあの丘の頂上です。蒸気砲1番、弾種爆裂弾、射撃準備!」


 目標はポイント11が埋まっている裏の丘の頂上だ。

艦首右舷に装備された蒸気砲を試射して見せる。


 ゴーレムの腕が蒸気砲の装填口に砲弾を込める。


「照準合わせ、3時方向丘頂上!」


 俺の命令で砲が自動的に旋回し、丘の頂上に照準を付ける。


「発射!」


 発射の合図でゴーレムから魔力が流れ、火と水の属性石が圧力容器に蒸気を発生させ続ける。

その蒸気の圧が射出機を押し出す。

その射出機に押され砲弾がライフリングされた砲身の中を回転しながら飛び出していく。


ポン!


 空気が膨張し弾けるような音がする。

ポン菓子機の音を大きくしたものと言ってもわからないか……。


ドーーーーン!


 続けて砲弾が直撃した丘の頂上から爆発の爆炎が上がる。

それを目撃し呆気にとられるリーンクロス公爵。


「こ、これほどの威力とは……」


 リーンクロス公爵は安い買い物をしたとほくそ笑んだ。

俺はそこらへんで採取できる材料とMPがあればこんなものは生産の極によっていくらでも作ることが出来る。

ほぼタダでルナトーク、キルトの民が救えることに俺はほくそ笑んだ。


 この夜、両国の民を救う提案をした俺の行為に感動した嫁達が俺の寝室に侵入して来て困ったのは別の話。

いや、手を出してないんだからね。

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