第45話 厳しい現実
陸上戦艦を停泊させた俺は、不足した物資を補充するため買い出しに出ることにした。
農園と屋敷は俺の魔法でなんとか復旧出来たが、生活物資だけは買いにいかなければならなかったからだ。
特に屋敷が半壊したため、それに巻き込まれたベッドや衣服は買わなければならなかった。
洋服の買い出しといえばミンストルの洋品店だった。
あそこは嫁達のサイズに合わせた新品の服を定期的に仕入れてくれている。
【転移】を使えば、離れていても一瞬で買い物に行けるので、いつまでも贔屓にしたい店だ。
「サラーナは留守番だ。
世話係としてナラン、護衛としてティアも残ってくれ。
アリマに任せればサラーナとナランの服のサイズや好みもわかるだろう。
ティアの分はリーゼに任せる」
「主君、
ティアに行ってもらってもかまわないだろうか?」
リーゼが恥ずかし気に訴えて来る。
完璧に見えるリーゼにそんな意外な欠点があったのか。
いつもは元将軍としてテキパキと物事を熟していくから、そんなイメージが無かった。
そういえば、以前買い物に行ったときは、リーゼとティアと俺は別行動だったな。
まあ、女性が服を選んでいるところなんて、ほとんど見てないんだけどな。
「そうか。それならリーゼが留守番の護衛だ。
ティア、リーゼの服は任せる」
「はい。
ティアがちらりとリーゼの胸を見る。
俺もつられて胸を見てしまう。確かにリーゼの方が豊満な胸だ。
いかん、彼女たち二人は嫁じゃないんだ。セクハラにならないように気を付けよう。
こうして俺達買い出し組はミンストルへと向かうことにした。
「転移が使えることは隠蔽したいので、ワイバーンごと転移する。
今回はブルー、レッド、オレンジ、パープルで行く。
俺とプチとアイリーンがブルー、ターニャとアリマがレッド、ミーナとシャーロがオレンジ、ニルとティアがパープルだ」
ワイバーン厩舎の前でワイバーンを引き出しながら指示を出す。
手綱をつけ、タンデムの鞍と鐙をワイバーンの背に括り付けると全員が騎乗する。
「みんな乗ったな。空に上がったら俺の周囲を飛んでくれ。転移する」
そう。いろいろ実験することで【転移】スキルの仕組みがわかった。
転移の条件は俺に触れるということではなく、俺の周囲の有効範囲に入っていれば転移出来るのだ。
その有効範囲は任意に広げられる。発動時に転移魔法陣が出るので、その中に入っていれば転移できる。
なので、ワイバーンに乗ったまま空中で転移することも可能なのだ。
「よし、集まったな。【転移】!」
俺が【転移】を唱えると、俺がイメージした通り、ミンストルの街の西側街道上空に全員が転移した。
ここからは隠蔽工作だ。いかにも西から飛んできましたというように行動する。
街道を進み、ミンストル城塞都市に接近すると、城壁が崩れているのが見えた。
あの例の陸上戦艦が破壊した城壁だ。
西門横のワイバーン厩舎に降り銀貨4枚で4頭のワイバーンを預ける。
皆で城門に向かい、見知った衛兵と話す。
「あの城壁はどうしたんだ?」
「ああ、いや。銅貨8枚だ」
衛兵は言葉を濁した。様子がおかしい。
俺達はそのまま街に入った。
とりあえず、洋品店に向かう。
「いらっしゃ……」
洋品店に入ると店主の様子がおかしかった。
挙動不審な店主に違和感しかない。
「よし好きな服を選べ。余分に買っておけ。下着を忘れるなよ」
一斉に服に群がる嫁達。
いつものように嫁達向けのサイズがきちんと揃っている。
ほとんど掻っ攫うように買う。
ギルドカードで会計を済ますと店主が申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません。仕入れルートの問題で次からは新品の服が手に入りそうにありません」
「そうか。いい店なのに残念だ。
おい、買えるだけ買っておけ」
店主の言葉で次は無いかもと察し追加購入しておく。
残りの会計を済ますと、店主が心底残念そうに話す。
「お客様はお得意様だったのに残念です」
店主は深々と頭を下げた。
何か変だが仕方がない。入荷しないのなら諦めるしかない。
俺達はそのまま市場に向かった。
賑わっていた市場が俺達の登場で一瞬にして静まった。
「何か変ね」
いつも市場に買い出しに来ていて常連となっていたアリマでさえ様子が変だと訝しがる。
いつものように店を回るも空気がおかしい。
「物価が上がっているわね」
残念そうに言うアリマ。
そこへミーナがそっと俺に耳打ちした。
「クランド、うちらだけ高くされてるにゃ」
「え?」
「さっきの店、他の客に同じものを安く売ったにゃ」
ミーナの【聞き耳】スキルだろう。
俺はやはりなと思った。どうやら俺達が歓迎されていないようだ。
「まあ。いい。金はあるんだ」
だが、ちょっと嫌な感じだ。
ここはダンキンに事情を聴きに行くか。
必要なものを多めに買って市場を後にした。
俺達はダンキンの奴隷商館にやって来た。
番頭が素早く手配をし、応接間に通される。
さほど時間も経たずにダンキンがやって来る。
「これはこれはクランド様。今日は町の様子についてですな?」
ダンキンは出来る男だ。
俺達の顔色を見て直ぐに察したようだ。
「城壁の破壊は北の帝国の艦にやられたんだろ? なぜ隠す?」
「はい。リーンワース王国が騎士団をワイバーンで緊急派遣し調査を開始したのが事件の翌日のことでした。
どうやら領主のミンストル子爵も含めて厳しい事情聴取を行ったようです。
それと北の魔の森を熱心に調査した様子です。
数日後、領主からかん口令が出ました。
”ここに北の帝国の艦は来なかった”と皆に言い含めるように言い、事件は無かったことにされています」
「なんでまた……」
俺にはそうする意味がわからなかった。
「戦にしないためですな。
あの艦が行方不明になった責任を王国はとりたくないのです」
ダンキンが俺の方をじっと見つめ、意を決したように訊く。
「あの艦は、クランド様が……?」
どうする? 答えるべきか?
いや、ダンキンもかん口令が出ているのに喋っているんだ。
危ない橋を渡らせているからには、こちらも誠意を見せるべきだな。
「奴は俺の農園を襲ったのでな……」
「やはり……」
ダンキンが納得する。
俺も納得した。街の住人のあの変な態度の数々の理由に。
「それで街の様子がおかしいのか。
どうして俺達が疑われているんだ?」
「それは領主が北の帝国の暴挙に屈服して、黒髪黒目の男の情報を誰彼構わず調べさせたからです。
ここらへんで黒髪黒目というと、失礼ながらクランド様しか居りませぬので」
「俺は黒髪黒目というわけでもないんだがな」
俺はこの奴隷商でも黒に近い茶だと印象操作していた。
今は髪を染めていて明らかに違うと理解できるだろうに。
他人の印象では俺は黒髪黒目で通っていたんだな。
「この街は危険です。領主から王へ報告が上がっております。
領主も我が身可愛さで何を伝えたのかもわかりません。
北の帝国の動き次第ではクランド様達に害が及ぶやもしれません」
だろうな。北の帝国の人間が調べに来たり、俺を引き渡せと言ってきたら、この国が俺を守る謂われはない。
領主が俺を捕まえて密かに処刑、遺体を帝国に渡して終了なんてこともあり得る。
まあ、そんなに簡単にやられはしないけど、そうなると国に逆らった俺達は王国のお尋ね者になってしまうだろう。
嫁の誰かを人質になんて手段に出る可能性もある。
それも拙い。変な奴に絡まれたせいで面倒ごとが増えてしまった。
「わかった。気を付けよう」
「わたくし共は、クランド様の味方のつもりでおります。
領主の調査にも一斉協力しておりません。
他の国、他の街にも我が商会の系列店がございます。
そちらに寄っていただければ、便宜をはかれるように手配いたします」
「すまないな」
「それと」
そう言うとダンキンは番頭に合図を送った。
裏から連れて来られる奴隷が二人。
「この者達をお側にお連れ下さい。きっとお役に立つでしょう」
その時店先が騒がしくなった。
「旦那様、領兵がやって来たようです」
今まで見たことのない男が報告に来る。
立ち居振る舞い、筋肉質な体つき、どうやらダンキンの専属護衛のようだ。
「それでは、わたくしも退散せねばならないようです」
俺は奴隷二人をダンキンに押し付けられて、そのまま全員で西門横のワイバーン厩舎まで転移した。
「ニル。ワイバーンを引き取れ」
「ん」
「全員俺の側に寄れ。ニル、いいか?」
「ん。連れて来た」
「よし【転移】」
西門を閉じて待ち構えていた領兵が、俺達が街に居ないことに気付いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
俺達は【転移】で農園に帰って来た。全員が暗い表情だった。
特に彼女達は北の帝国に捕まり奴隷として売られた経緯がある。
この王国まで敵に回ったら、それこそ居場所がなくなる。
農園で自給自足とはいえ、不足する物資は多々ある。
もう自由に買い物も出来ないのかもしれない。
ああ、そのためにダンキンは身元バレのしていない二人の奴隷を寄こしてくれたのか。
「君達は奴隷契約を結んでいないね?」
そうなのだ。あの状態で持ち主を書き換えないで渡すなど有り得ないのだ。
ダンキンは出来る男だ。奴隷に偽装して連絡員を寄越したのだろう。
「はい。しかしクランド様を
夜伽でも何でもご命じください♡」
いや、それは……鈍感系主人公は冗談だと受け取らせてもらいます!
しかし、北の帝国の艦を撃退した影響がここまで大きくなるとは思っていなかった。
俺のミスだ。だが、あの場で反撃しないという選択肢は無かった。
今は魔導砲も使えない。嫁と仲間を守れる手段を探さないとならない。
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