メガネは死にいたる病である

 放課後、宇佐木眠兎うさぎ みんとが帰り支度じたくをしていると、クラス委員長の鴫崎祭流しぎさき まつるが、メガネのメタルフレームを光らせながら近づいてきた。


「おい、宇佐木」


「なに、鴫崎?」


「ずんたったーをやめろ」


「は?」


「お前のずんたったーはこの世に災厄さいやくまねく。もうそれを口ずさむのはやめろ。ずんたったー禁止令だ」


「出し抜けに何さ? なんでずったったーがサイヤクだっていうの?」


「わからないのか? この世界のありさまを見ろ。破滅へ向かって行進しているだろう? このままでは人類の危機だ。よって、ずったったーは禁止する」


「ぷぷっ、鴫崎! マーラーの聴きすぎなんじゃないの? ずったったーが原因だなんて、何か証拠でもあるのかい?」


「わかる、俺にはわかる。そのフレーズが、世界をゆがませているビジョンが見えるのだ」


「鴫崎がそういう系に興味があるとか、意外だね。知ってるかい? 科学的に、スピリチュアルや占いにのめり込むタイプは、知能レベルが低いというレポートがあるんだよ? 君は学年トップの成績なのにね。ああ、それとも、知能と知性は違うということなのかな」


「知能と知性の違いについてはまた別な議論だが……とにかく、ずんたったーはやめろ」


「い、や、だ、よー。君にはこのリズムの楽しさがわからないのかい? 天国に結ぶ恋、自由人の音楽なんだよ?」


「そんなことはどうでもいい。大切なのは人類の存亡だ」


「ああ、ダメだね、この人……」


了承りょうしょうするか?」


「ねえ、鴫崎さあ」


「なんだ?」


「キルケゴールいわく、絶望は死にいたるやまいだそうだ。僕にとっての絶望とは、君のつけている、そのいまいましいメガネのことだよ」


「それで反論しているつもりか? 不服だというならこちらにも考えがあるぞ」


「なにそれ?」


「給食の牛乳の味を、イチゴからバナナに変えてやる」


「ひっ――」


「クラス委員長の俺ならば容易だ。さっそく次回のクラス会で提案させてもらう。覚悟しておけ」


「あわわ、そんな……僕の、イチゴ牛乳が……」


「どうだ、手も足も出んだろう? わかったらクラス会までに身の振り方を考えておくんだな」


「イチゴ牛乳が、イチゴ牛乳が……」


 鴫崎はきびすを返して教室を退場した。


 残された宇佐木は頭をかかえ、もだえ苦しんだ。


「ああ、運命の女神よ……こんな仕打ちは、あんまりです……」


 夕日のスポットに照らし出された彼は、どんな悲劇役者よりも輝いていた。


 そしてここから、宇佐木の胃袋をかけた戦いは始まったのである。

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