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「トミー、誕生日パーティーは楽しかったか?」

 父さんは優しい声でそう言った。

「うん、楽しかったよ。みんなで歌ったり遊んだり。コーラもマイケルも同じ誕生日だから、三人で簡単な劇を演じたんだ。マリア様に扮したコーラ、可愛かったな」

「そうか。父さんは行けなくて悪かったな。だが、おまえもこれで十二歳。十二というのは大変な数字だぞ。六かけるニだ。六と六。あとひとつ六が加われば、おまえは無敵だ。長く険しい大人の道のりへと、おまえは足をかけたところなんだ」

「大げさだなあ、父さんは」

「大げさなものか。今日は大切な日なんだ。おまえが一番わかっていない。今夜は神聖な夜なんだぞ。誕生日パーティーで終わらせたりはしない。うちでもささやかに祝おうじゃないか」

 父さんはそう言って、キッチンに向かって手招きするような合図を送った。それに応じるように、母さんが出てきた。おいしそうな、特大のケーキをワゴンに載せて運んできた。

「おめでとう、トミー。この日が来るのを、夢にまで見たわ。ジョージの年齢に、ついに追いついたのね」

 母さんはそう言って涙ぐんだ。死んだジョージ兄さんのことを思い出したのだろうか。それはぼくにとっても灰色の記憶だ。ジョージ兄さんのぶんも、ぼくは生きなくちゃならないんだ。

「ほらほら、何を泣いてるんだ、母さん。まったく、脆いものだな。十二を迎えたたくましいトミーに、キスしてあげなさい。これからトミーは、立派な男になるんだからな」

 母さんはぽろぽろ泣きながら、ぼくの頬にキスをした。くすぐったいような感触。そして強く抱きしめられた。母さんはとめどなく泣きつづけていた。

「さあさあ、気は済んだか? トミー、今夜は長い夜だぞ。ケーキを食べるのは後だ。プレゼントがあるんだ。父さんと一緒にガレージに来なさい」

「うん、わかったよ」

 父さんの背中を追って、ぼくは母さんから離れた。母さんは、ジョージ兄さんの写真を手に取り、泣きつづけていた。


 夜のガレージは薄暗く、影が深く、少しだけ不気味だった。壁に工具がぶら下がり、油の臭いが漂っている。ここは父さんの城だ。父さんは休日にいつもここでくつろぎ、椅子に座って聖書を読んだり、コーヒーを飲んだりしているのだ。男の秘密基地のようなその佇まいが、ぼくを昔からわくわくさせたものだった。

「さあ、トミー、これが父さんからのプレゼントだ。手に取ってみなさい」

 車の傍らの作業台に、それはあった。

「これって……銃?」

 映画なんかで見たことがある、無骨でつやつやとした拳銃だ。弾倉が回転式になっている、西部劇にでも出てきそうな武器。

「リボルバー。装弾数が六発の、神聖な道具だ。触ってみろ」

 言われるがまま、ぼくは手に取ってみた。固く、重い、ずっしりとした感触。おそろしく、それでいてかっこいい。男の憧れだ。

「すごいや、父さん。これがぼくのものになるの?」

「そうだよ、トミー。それはおまえのものだ。おまえの銃だ。今夜のおまえを左右するものだ。こころして扱えよ」

「弾は入ってるの?」

「いいや。これから込める。貸しなさい」

 父さんはぼくの手から拳銃を取り上げ、手慣れた様子でそれを扱い、薬室に弾の入っていない、空っぽのシリンダーをぼくに示してみせた。

「ほらな、なにも入っていない。いまのこの銃は、弾なしだ。男ではない。見せかけだけの、フニャチン野郎だ。だがそこに、俺が弾を込めてやるわけだ」

 ぼくの目の前で、父さんはリボルバーに一発だけ弾を込めた。そして、弾倉を指で素早く回転させた。軽快な回転音が、夜のガレージにそらぞらしく響いた。

「さあ、これでリボルバーはいのちを得た。牙を隠した凶暴な獣だ。しっかり持てよ」

 父さんは優しい手つきで、ぼくの手に拳銃を握らせた。緊張しながら、ぼくは銃の感触を確かめる。そこでふと疑問に思った。ぼくは、誕生日になにをしているのだろう?

「さあ、トミー。儀式の時間だ。その銃で、自分の頭を撃ってみろ。込められた弾は一発だけ。五発、無事に生き残るんだ。簡単な話だろ?」

 父さんは優しい声で、諭すように言った。意味がよくわからなかった。

「…………え?」

 父さんは椅子を持ってきて、どっかりと座った。品定めするように、試すように、銃を手にしたぼくを見つめている。

「ロシアンルーレット。三代に渡る、神聖な儀式だ。おまえのおじいちゃんも、十二のときにそれをやった。俺もやった。そして、生き延びた。トミー、おまえもできるよな? なんてったって、俺の子だからな」

「……父さん、なにを言ってるの?」

「六発だ。リボルバーの装弾数が六発になったとき、そこには神の意志が宿り、悪魔の加護を得た。おまえも少しくらいは、聖書を読んだことがあるだろう? 獣の数字は人の数字にして、その数字は六百六十六なり。六六六さ。六発、六発、六発。おじいちゃん、俺、そしておまえ。それによって、悪魔の儀式は完成する」

 父さんが、言葉を喋っているが、意味が全然わからない。これは夢なのだろうか? 目の前にいるのは本当に父さんなのだろうか?

「さあ、トミー、撃てよ。自分のこめかみにしっかり銃口を向けて。男だろ? おまえは玉なしなんかじゃないよな?」

「父さん、ぼく、母さんのところに戻って、ケーキを食べるよ」

 なにかが破裂したような、大きな音がガレージに響いた。右の太ももが急に熱くなった。ぼくは倒れていた。

「……え、ええっ?」

 椅子に座ったまま、父さんは銃をこちらに向けている。銃口からは煙が昇っている。ぼくの足からは血が流れている。頭が真っ白になる。撃たれた、のか? ぼくは。父さんに?

「おまえがやらないなら、俺が殺すぞ。逃げようなんて考えるな。これは儀式だ。父から俺は受け継いだんだ。トミー、おまえはやり遂げなければならないんだ」

 ぼくはなにかを言おうとしたが、父さんが銃でそれを制した。リボルバー。ぼくの手にある銃と同じだ。

「まだ無駄口をたたくなら、今度は頭を狙う。おまえは賢い子だろ、トミー。さあ、やるんだ」

 ぼくはなにも考えられず、震えながら、自分の頭に銃を向けた。こめかみに冷たい感触。弾の込められた、獣の牙。

「しっかり狙えよ。下手に外して、中途半端に生き延びても辛いぞ。そのときも俺が殺すがな」

 かちりと、ぼくは引き金を引いた。いつのまにか引いていた。まだ生きている。死ぬかもしれなかった。まだ実感がわかない。死にかけていることにも、まだ生きていることにも。

「よし、一発だ。まだまだ先は長いぞ。だが、幸先のいいスタートだ」

 父さんは手にした銃で、優しい目つきで、ぼくを促す。そのまま続けるように催促する。

 かちり。二発目。弾は発射されなかった。ぼくはふとまた我に返る。ぼくは、誕生日になにをやっているのだ?

「いいぞ、その調子だ。こういうのは勢いだからな。さあさあ、ツキがあるうちに続けろよ。時間が経つごとに、覚悟は鈍る」

 かちり。三発目。まだ自分が生きていることに驚く。引き金を引いている自分にも驚く。

「すごいぞトミー、三発だ! 折り返し地点だ。正念場だぞ。ジョージはここを乗り越えられなかった」

 背筋が凍りつき、こころがざわめく。まさか、ジョージ兄さんが死んだのって……。

 かちり。四発目。

「なんて子だ。おまえはやはり逸材だよ。手はもう震えてなんかいない。わかるだろう、死なないことが? その確信が第六感なんだ。運を引き寄せる俺たちの特殊能力だ。ジョージとは違う。あいつは玉なし野郎だった。おまえのおじいちゃんも、俺も、人生はすべて順風満帆だった。仕事は順調、仲間からは慕われ、伴侶も得た。それもすべて、悪魔の加護さ。乗り越えた俺たちへのご褒美だ。俺は自分の父親に感謝したよ。こんな素敵な世界に招き入れてくれたことにな。なんて美しい世界だろう。おまえもそうなるよな、トミー? わかってくれるよな?」

 かちり。五発目。生きている。ぼくは、生きている。やり遂げたのだ。

「……父さん。やったよ。五発、生き延びた……」

「ああ、そうだな。誕生日おめでとう、トミー。おまえはやっぱり男だったな」

 父さんは椅子から立ち上がった。そして、ぼくの目を見て、ぼくの額に銃口を向けた。

「だが、おまえは三代つづいた儀式の締めくくりだ。おまえこそが器なんだ。儀式は成功だ。さあ、トミー、最後の一発で自分の頭を撃ち抜け。そうすればおまえは、無敵になれる。おそれるものなどなにもなくなるんだ」

「……父さん」

「俺を信じろ。悪魔を信じろ。悪魔を許した神を信じろ。やれ!」

 こころが引き裂かれる音がした。ガレージにこだまするうつろな音色。転がる椅子。流れる血。父さんは、赤い血だまりに倒れていた。

「……ジョージ兄さんの仇だ」

 ぼくは、空っぽの銃を捨てた。とんだ誕生日プレゼントだ。ぼくはまだ、十二になったばかりだというのに。

 だが、父親を殺したぼくは、これからどうすればいいのだろう。いつも優しく、みんなに慕われていた父。その父を殺したぼくは、なんと呼ばれるのだろう。悪魔、か?

 頭を撃ち抜かれた父さんの顔は、笑っていた。これも、すべて悪魔の目論見どおり? 儀式は成功したということ?

 父が持っていた銃をぼくは拾いあげた。まだ弾は残っている。さて、これからどうしよう。とりあえずは、母さんに報告だ。ジョージとぼくを見捨てた母さんに。

 それから、ゆっくりとケーキを食べよう。

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