エスメラルダ



柔らかな日差し。暖かな午後。とろりと甘いホットミルクと、紅茶の香るシフォンケーキ。

今日の15時はいつもより豪華だ。一年に一回の特別な日だから、一日中存分に自分を甘やかす。


傍らには柔らかな毛並みを優雅に繕う、私のパートナー。白猫のエスメラルダ。彼女は滅多に声を出さない。ただ私の近くにいて、ほんのりとした温もりとたくさんの癒しをくれる、そんな存在。


彼女は私のティータイムが始まると、隣の椅子に座って丁寧に毛繕いをするのがお約束だ。長毛種ほど時間はかからないはずなのだが、彼女は綺麗好きらしい。いつも私がポットを空にするまでずっと手と顔を動かしている。


まるで動くインテリア。優美で愛らしい彼女に微笑みかけた後、私はシフォンに切れ目を入れた。


ふんわりと焼き上がった紅茶のシフォンは、蜂蜜入りのホットミルクととても相性が良い。自然と綻ぶ頬をほんの少し抑えて、一口大になったそれを口へと運ぶ。


その瞬間、口の中いっぱいに広がる幸せ。恐らく表情筋が緩みきっているのだろう私の顔をちらりと見やる彼女の視線は、妙に涼やかだ。恥ずかしくなってそそくさと口角を正した。


しかし、それでもフォークを持つ手は止まらない。ワンホールあったシフォンが、あぁ、もう無くなってしまった。こくり。ミルクを飲むと、残っていた紅茶の香りがするりとミルクに溶け込んで、一層甘くなった。


「ご馳走様でした。」


私がそういうと、エスメラルダはひらりと椅子から降りて、どこかへ行ってしまった。多分寝室だろう、彼女は昼寝が大好きだから。


さて、何をしよう?あまりに早く終わってしまったものだから、午後の予定に隙間が出来た。でも、決めている時間以外に仕事はしたくないし。


そこまで考えて、ふとエスメラルダの行動を思い出す。そうだ、昼寝しよう。彼女のあの柔らかさを感じながらふわふわ眠ろう。


そうと決まれば早い、私は彼女の足取りを追って寝室へ向かった。





突き抜けるような青い空は綺麗だ。雲一つない晴天に、その白は駆けていた。


瞳にあの遠く高い空を映した彼女は、風を遊ぶように靱やかに舞っている。時に蝶が、時に鳥が、交ぜてほしいと言わんばかりに飛んで踊る。


彼女はそんな可愛い乱入者たちに、傷一つ付けず小さく鳴いた。彼女の声は生憎聴こえなかったが、周りではひらひらと楽しそうだから、きっと是と応えたのだろう。


彼女の瞳が太陽を反射してきらきらと輝る。その奥は決して澄んではいない。深く強く、彼女の中には傷が埋め込まれている。


しかし、彼女は美しい。その傷を持ってして、彼女が彼女たる美しさを引き出すのだろう。深い悲しみを背負った彼女だからこそ、強く優しい彼女でいられるのだろう。


だから私は、彼女をエスメラルダと呼ぶ。





気づけば、そこそこに眠ってしまっていたらしい。時計を見れば、短針は5の少し手前。これは寝過ごした。


隣で丸まっていたはずの彼女は、随分前に起きていたらしい。ぽっかりと空いた布団の中は冷えている。なんとも自由だ。


目が覚めたからには起きなければ。早くしないとディナーが間に合わない。今日は私の誕生日だ、友人が家に来てくれる。せっかくだから美味しいものを食べてもらいたい。


髪を結わうのもそこそこにキッチンに足を運ぶと、彼女が一足先に着いていた。彼女は目を瞑りながら水を飲んでいる。


いつも先を越されちゃうな。私がそう独り言ちて笑うと、彼女は私を流し目で見つめた後、にゃ、と呟くように返した。早く夕飯の支度をしなさいと叱られているようで、私はまた笑った。


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