他領料理の出店屋さん

「なぁ、一度軽くやってみねぇか?」


 ヤロさんとアヌさんが、この前の話の続きをしにやって来た。


「え? クレープ?」

「ああ。アキんとこでクレープの生地だけ売ってもらって、オレらはそれにちょうどいい量の肉を売るんだ」

「うーん……、クレープに入れるなら、量だけじゃなくて味付けも変えた方がいいと思うんだよね……」


 肉の串焼きは美味しいが、クレープに包んでしまうとやはり味付けが塩だけでは全体的にぼんやりしてしまう。何か、濃い味付けが必要だ。


「味かぁ」

「うちも、果物と砂糖くらいしかないんだよねぇ」

「元の方がうめぇんじゃ、客もわざわざやる必要もねぇもんなぁ」

「うーん……、あ、じゃあ、リアドさんとこにソースだけお願いしてみるっていうのは?」

「リアド?」


 リアドさんは去年はいなかった人で、不思議な料理を出している。他にお店は特に持っていないようで出店だけなのだが、他領の調味料なども使うらしく、焼いて塩やハーブをパラパラ振る森林領の料理とは違う様相を見せている。


「うん。リアドさんのところのソースをヤロさんの所で焼いたお肉にかけてクレープに包んで食べるって、ちょっと普段はできないでしょう?」

「なるほどなぁ~」


 味に好みがあるせいか大盛況とまではいかないが、試しに食べてみようという人が一定数いるようで、お昼時には結構列ができている。


「肉はそれでいいだろうけど、うちの果物はねぇ」

「それも、リアドさんに相談してみたらいいんじゃない? 意外と他領の食べ方とか、あるかも」

「ああ、なるほどねぇ」

「わたし、ちょっと聞いて来るよ」

「おう、じゃあ後の2の鐘の後にまた集まろうぜ」

「はいよ」


 お昼になるとどの店も混んで来るので、今すぐ聞きに行った方がいいだろう。


「ヒューベルトさん、コスティ、ちょっとリアドさんのところに行ってくるね」

「いや、私も付いて行こう」

「だって、ヒューベルトさん連れて行ったら相手が戸惑っちゃうよ。ここは避難所で、何かあったとしてもヒューベルトさんならここからでもすぐ対処できるでしょ? だから、リニュスさんだけで大丈夫じゃない?」

「む……」

「今はお客さんいないから、ヒューベルトさんはお店の前にいていいよ。そしたらすぐに駆け付けられるでしょ?」


 そう言って、テーブルを挟んだ対面を指す。

 うちから見て、リアドさんの出店は斜め向かいにある。わたしは当然リアドさんの正面に立って話すわけだから。出店の向こうから何かされても、ヒューベルトさんが出店の前に出ていればすぐに動けると思う。


「お城と違って特殊な動具とかないんだし」

「まぁ、そうだね。ヒューベルトさん、オレもそれでいいと思うんですけど」

「……分かった。リニュス、任せたぞ」

「了解」


 強さで言うと、ヒューベルトさんの方が強いそうなので、基本的に1人しか付き添えないときにはヒューベルトさんが付き添ってくれる。だが、ヒューベルトさんはお城では普通に見えるのだが、町中にいるとやっぱり浮いて見えるのだ。表情も乏しいので、普通の庶民はヒューベルトさんにはなかなか馴染めない。出店の店主たちは、さすがに見慣れたようで気さくに声をかけてくれるのだが、リアドさんはまだ日が浅いので、お話しするなら庶民派のリニュスさんの方がいいと思う。


「リアドさん、こんにちは」

「おっ、アキさん。こんにちは」


 リアドさんは、20代前半くらいで、日焼けした肌と濃い茶色のクネクネした髪をしている。服も黒っぽいから全体的に黒とか茶色のイメージの中、濃い黄色の瞳が大きくて、なんだか猫みたいだ。図鑑でしか見たことがないが、体の大きさもたしかこれくらいのはずだ。


「ちょっと相談があるんだけど……」

「うん? なになに?」


 アヌさんやヤロさんと話していたことを相談すると、目をキラキラさせて賛同してくれた。


「いいね! オレ、故郷の味を広めたくてさ、こうして出店出してるんだけど、繰り返し来てくれるお客さんってあんまりいなくって、オレこそ相談させてもらいたかったんだよ」

「そっか。味って、慣れも大事だもんね。こういう時に出して慣れてもらうとそのうち馴染み客とかもできるかもしれないもんね」

「そうそう。オレにとっても大チャンス!」


 思った以上にノリ良く引き受けてくれた。こういうイベントがあると、きっと他領の人っていう壁も薄れてみんなの距離が縮まるんじゃないかな。店主同士も、お客さんも。


「なんか、デザートに使えそうなものってある? 果物と合いそうなの」

「ああ。木の実のクリームがあるよ。普通のクリームにさ、砕いた木の実を入れるから香ばしいんだ」

「へぇ。うちの木の実のハチミツ漬けと違うのかな? それはそれで、なんかおもしろそうだね。後の2の鐘で2人が集まるって言ってるから、リアドさんも手が空いたら来てくれる?」

「行く行く! ありがと!」


 見るからに他領の人という感じで、話しかける時には少し緊張があったのだが、リアドさんの方は堅苦しさもなくとても親しみやすい人だった。やっぱり、実際に話してみないと人の印象って分かんないなと思う。


「ただいま」

「どうだった?」


 コスティに聞かれてリニュスさんを振り返る。


「うん、ちょっと文官っぽかったよね?」

「はぁ!?」

「は!?」

「え!?」

「え? あれ? わたしだけ?」


 コスティとヒューベルトさんはともかく、リニュスさんにまで驚かれてわたしも驚く。


「えっと、なんか、なんとなく所作がキレイだったなって……」

「え……いや、普通だったと思うけど……」


 思い返すように視線を揺らすリニュスさんの横で、ヒューベルトさんも頷く。初めて見る顔だったので、さりげなく接触したことがあったようだ。本当にさりげなかったかどうかは、本人談なので分からないが。


「うーん……語尾は庶民っぽかったけど……、でも、料理の説明に出て来る単語はなんか丁寧だったよね?」

「……そう……かな?」


 リニュスさんが首を捻るが、わたしもこれといった決定的な何かがあったわけではない。ただ、なんとなく、お城の文官を思い出したという程度のことだ。


「うーん……、なんか説明が難しいんだけど……なんとなく、お城の文官を思い出したんだよね……」


 そもそも、2人が警戒しているのはわたしを攫ったり傷つけたりできるような強い相手だ。文官のような動きは最初から警戒対象になっていないので、違和感を感じなかったのかも知れない。


 ……武官と文官だと所作も違うだろうしね。


「あ、お野菜を落としちゃった時とかもさ、なんか慌てないっていうか、反応がゆっくりだったでしょ?」

「……ああ……」


 リニュスさんが思い出すように視線を揺らす。

 リアドさんは、野菜が落ちて転がるのを目をぱちくりしながらボケッと目で追って、転がり終えて動きを止めた野菜を残念そうに拾っていた。普通、出店で商売をしている人だとそういう時、できるだけ地面に着かないように素早く拾おうとアタフタする。


「でも言葉遣いは庶民だから、もしかしたら親が官僚だったとかかもしれないね」


 例えばリアドさんが元々文官だったことがあったとしても、長く庶民の中にいなければあんな風にはできないと思う。それこそ、小さい頃は庶民の中で育ったというリニュスさんよりも余程庶民的な言葉遣いだった。


「故郷の味を広めたいって言ってたから、あんまり気にし過ぎなくてもいいかもしれないけど、機会があったら聞いてみるよ」

「いや、あまり突っ込んで聞くと危険かもしれん」

「うん。無茶はしないようにするよ。怖いのは嫌だしね」


 隣で聞いてるコスティが不審気な顔をしてくるが、詳細はまた今度にしよう。コスティには、これ以上官僚に嫌なイメージを持ってほしくない。


「じゃあ、そろそろお昼だし、クレープ焼き始めよっか」

「……ああ」


 とりあえず返事はしてくれたので、コスティのちょっと不服そうな顔は見なかったフリして、新メニューの準備を始めた。






「トマトとオリーブ油とニンニクと唐辛子があれば、美味しいソースができますよ。焼き魚にかけても旨いし、もちろん肉にかけても合いますよ」

「トマトと唐辛子はなんとかなるが……」

「オリーブ油とニンニクは火山領でしょ? この辺りにはないねぇ」


 アヌさんの言葉に、リアドさんがガッカリした顔をする。


「そうですか……オレも一応持って来てはいるんですけど、あれがなくなったらどうしようもないんだなぁ」

「リアドさんは、それを使い切ったらどうするつもりだったの?」

「普通に買うつもりだったよ」

「え? 普通に?」


 でも、にんにくとかおりーぶあぶらとか、少なくともわたしは聞いたことがない調味料だった。その辺に普通に売ってある気はしない。


「うん……。だって、他の領にないなんて思いもしなかったんだよ……」


 リアドさんがしょんぼりと視線を落とす。


 ……ああ、でもたしかに、わたしも最初の頃は味噌が全然なくて困ったしなぁ。


「……火山領ではそんなに一般的なの?」

「うん。ていうか、オリーブ油とニンニクを使わない料理の方が珍しいくらいだもん」

「へぇ~」


 火山領は、間にジュダ湖と草原領を挟んでいるので、穀倉領や森林領からは少し遠い。宝石が採れるらしいというくらいしか話にも出て来ない。


「うーん……、とりあえずは1日分あればいいんでしょ?」

「そうだけど、オレが持ってる分はそんなにはないよ? オレも商売しなきゃいけないし」

「じゃあ、ちょっと他の料理人に聞いてみるよ」

「いやぁ、リッキ・グランゼルムでも、ニンニクなんて使ってないと思うぜ?」


 ヤロさんが難しい顔で唸る。


「うん。でも料理人の知り合いは他にもいるし、行商さんに聞いてみてもいいし」


 お城の料理長なんて、話せば絶対嬉々として協力してくれると思う。


「へぇ。アキさんて顔が広いんだね」


 リアドさんが感心したように言う。


「まぁね。アキちゃんは誰とでもすぐ仲良くなっちまうから人気者なんだよ」

「おうよ。領都の宿や食事処にも商品卸してんだもんなぁ。商人も真っ青なやり手なんだぞ」

「へ、へぇ~……」


 みんな褒めてくれるのはうれしいけど、リアドさんがなんか引きつり笑いしてるよ。絶対信じてくれてないから、これ。


「じゃあ、うちの果物はどうだい? 何かいいアイディアはあるかい?」

「あ、はい。さっきアキさんにも話したんですけど、木の実を砕いてまぜるクリームがあるんですよ。普通のクリームより香ばしくて美味しいんです」

「ああっ、クリームはいいねぇ。でも、木の実かぁ。アキちゃんのとこで木の実のハチミツ漬けを入れたやつを売ってるからねぇ」

「そうですね……、あとはバニラをクリームに混ぜるとかすれば味の違いがハッキリすると思うけど……」

「ばにら?」


 リアドさんの口からは聞いたことのない食材が次々出てくる。さすがは他領の出身だ。そして、何気にそれにちゃんと付いて行けてるヤロさんとアヌさんもさすがだと思う。


「うん。バニラって木から抽出するものなんだけどね。すっごく甘い匂いがするから、クリームの甘さがもっと強く感じられるんだ」

「へぇ~。じゃあ、それもちょっと聞いてみるよ」

「アキちゃん、よろしくお願いね」

「じゃあ、結果は来週でいい?」

「ああ。オレらの方でも心当たりは当たっとくよ」


 明後日の夕方にはトピアスさんがお城に商品を取りに来てくれるはずだし、トピアスさんがダメでも料理長に聞いてみればなんとかなるかもしれない。


「楽しくなってきたね! コスティ」

「……ハァ。オレは久しぶりに会うお前のパワフルさに驚きっ放しだ。お前ってこういう奴だったよなぁ」


 なんかコスティが向こう向いて肩を落として哀愁を漂わせているが、この話が進めばコスティだってそんなこと言ってる暇がないくらい忙しくなるはずだ。


「コスティ、ハチミツ嘗めて元気を貯えといてね!」

「ハァ」

「ハァ」

「ハァ」


 なんだか知らないけど、3人分のため息が聞こえた。

 ヒューベルトさんとリニュスさんが大変なのは、わたしの護衛だけだと思うのだが、それはいつもの仕事だ。ため息を吐く理由がよく分からない。 


「アキちゃんって、ホント巻き込み系だよね……」

「また報告書が…………」


 リニュスさんとヒューベルトさんが小声で何か言ってたけど、小さすぎて良く聞こえなかったのでそのまま放っとくことにした。


 ……まぁ、大事なことならまた言うよね。





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